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 ではどうするかって言うと、外と協力するか内から崩すかって戦闘以外の面で努力するわけだ。


 少し根を詰めて考える時間が必要だな。


2-5/6/7/8/9


 長安城の私邸、出入り自由にさせている密偵が夜半、寝室傍にやって来た。李項の親衛隊が厳重に警備しているので、常に二人以上の警備に監視されながらではあるが報告を上げて来る。


「将軍、不穏な動きが御座います」


「どうした」

 

 確かこいつは首都に放ってある奴だな。


 年齢が高く体力的に不足があったのと、それなりに身分があるので国内での方が活動しやすかったのが理由だ。


「李厳鎮西将軍が丞相と関係が悪い者を集めて密会をしているようで」


「あいつか……」

 

 孔明先生が俺や南蛮を優遇するものだから不満が募っているわけだ。ボイコットされるだけでもだいぶ参るが、裏付けを得ておく必要があるな。


 東西南北の将軍、北は馬岱でこれといって軋轢も無い。南は寥だ、こいつも孔明先生の手勢の一人で文句はなかろう。


 鎮東将軍は趙雲が就いた、これについては意見が分かれるところがある。歴年ということで下級将軍をこの地位に引き上げたのはどうかということだ。


 そして李厳の鎮西将軍の守備範囲だが、狭いというか薄いというか、これといった重みが無い。処遇にわだかまりを抱えているんだろうな。


「どんな面々が密会をしているかわかるか」


「廖化太守や呉懿将軍、それに張翼将軍です」


 また耳慣れないのが出て来たぞ。こんな時間だ、呂軍師を呼び出すのは悪いな、明日にするか。


「解った。明日一番で登城するんだ」


「御意」


 何を耳にしても直ぐに忘れる、親衛隊の警備は側近としての務めをきっちりと守る。もやもやする思いを脇に、取り敢えずは睡眠をとることにした。


 結局、随分と朝早くに目覚めてしまう。手早く食事を済ませてから、いつもより二時間も早く出仕する。


「なんだ呂軍師、もう働いているのか」


 平難将軍と呼ぶよりこっちに慣れちまったな。本当はより上位の官職で表現すべきなんだろうが。


「朝は空気が澄んでいてよう御座います。今日は随分とお早いお出でで」


 柔らかな物言い、これで戦場に出ても頼りになるんだから凄いと思うよ。


「うむ。実は昨晩密偵から報告があってな、気になることがある」


 会ってすぐに重要な話を切り出す。いやな顔一つしないで「執務室へ参りましょう。茶でも興じながらお聞きしましょう」にこやかに受けめてくれた。


 部屋に入り机を前にして座ると、十分ほどで係の者が盆に湯気が立つ茶を持って来る。


 本格のウーロン茶、中国茶とでもいうのかも知れんな。濃く淹れると渋みというか、独特の味わいがいくらでも重なるものだ。


「首都で不穏な動きがあると耳にした」


 何から話すべきか、まずは良くない話題だと切り出しておく。いくつか懸念があったのか、内容を確かめるべく先を促して来る。


「廖化、呉懿、張翼とかいうのが孔明先生に不満を持つ者を集めて密会をしているってことだ」


 名前を聞いてもピンと来ないので、聞いた順番にそのまま吐き出す。すると呂凱は意外そうな表情を一瞬だけだが浮かべた。


「左様ですか。丞相ならばきっとその情報も掴んでいると思われますが」


 何やら歯切れが悪い、だからこそ話をしてるわけだな。


「三人について教えてほしい」


「廖化陰平太守は、関羽将軍の副将だった方です。陰平は蜀国の領域の北西境界だった郡で、古くからの大夫で新参には厳しい面も。それと羌族を押さえつける為に、人質をとったりもしておりました」


 俺への風当たりが強そうなやつだってことだな。年功序列の面で行けば、面白くあるまい。太守ってことは軍兵も結構抱えているはずだ。


「そうか、他の奴らも教えてくれ」


 それでも中央に呼ばれなかったということは、能力が今一つなのか、性格か。良く受け止めれば国境防衛の要ってところだが。


「呉懿前将軍、穆皇太后の兄であります。帝の伯父にあたる人物で、先帝の入蜀以前に蜀にあり、元の益州牧に仕えておりました。先の戦では首都に在って、後宮警護を担当して居た次第」


 良くも悪くも外戚というものだな。あまり兵力を持たせても幅を利かせるし、無力ではいざというときに自衛能力に劣る。


 どこの誰とも知らんような俺に、劉氏の姫を渡したのが気に入らんのかも知れん。そういう意味ではもしかして外戚には俺も含まれるのか?


「残る張翼を」


「張良の子孫で漢の名臣の出で御座います。地方の県令、太守を歴任し、綏南将軍として治安維持では厳格に法で国を治めてきております。しかし、あまりに厳しかった為、異民族と接する地域では反感を買っておりました」


 横紙破りが目立つ者が居てはおもしろくなかろうな。だが分かったことがある、孔明先生に不満を持っている者が集まっているわけではなく、俺が面白くない奴らの集合だ。


「なるほど、俺が気に入らんのなら直接言えば良かろうに。呂軍師もそうは思わんか?」


 視線を伏せて小さく頭を垂れて何も言わず。きっと色々と思案中なんだろうな。


 それにしても位階を爆進中のせいで様々反発を買っているのは知っていたが、結構深刻じゃないかこれは?


 孔明先生も言いづらいだろうし、根本的な解決は見込めない。どうしてやればいいんだろう。


 下手を打って降格なりをしたらいいんだろうが、それは概ね国力の低下を招くのとセットだ。それに権力争いにでもなれば、迷惑を被るのは全員、頭を悩ますのもまた孔明先生になるぞ。


「……もしかして、そいつらは俺が取って代わることを恐れている?」


 どういう心境かを見極める必要がある。単に妬ましいのとではわけが違う。


「丞相に次ぐ実権を握っていると言っても差し支えない島将軍です。南蛮大王と南蛮州、それに雍州を動かすことができ、あの魏延将軍とも懇意にしている。となれば蜀は益州のみで三州を相手にするような懸念もございますれば」


 反乱の可能性か。確かにやろうと思えばいつでも成都を制圧出来るだけの手段も背景もあるんだろうな。


 だがそんなことはこれっぽちも求めてない。俺がそいつらの心が解らない様に、向こうもこちらを理解出来ていない。


「俺は友人を助けたいだけだ。その気持ちにどの時点でも変りなど無い、どうしたものか」


 膝をつめて話し合うしかない、互いを知るしか解決が無いのは解り切っている。それが簡単に出来ないから、戦乱の世に染まっているのが現実だ。


「島将軍に子でも居れば、派遣することで緩和も出来ましょうが……」


 無いモノをねだっても仕方ない。呂軍師にしてもすぐにはどうにもできない問題だと解っただけで収めておくべきだろう。


「いや、朝っぱらから済まんかった。気になっていたことが明確になりすっきりとした」


「お役に立てれば何よりでございます」


 一礼して自らの執務をこなすべく戻ってく。せめてあちらの副官なりがあんな性格ならなだめることも出来るが、期待は禁物だな。


 茶をすすって一息つく。今日は関所の外、魏の方面からの密偵が報告を携えて来る予定がある。ここを離れず大人しくしておくとするか。



 複数の報告を立て続けに受け、最後に北部地域の密偵がやって来た。


 魏の版図は概ね司隸(州)、徐州、豫州、青州、冀州、幽州、荊州からなっている。併合分割を繰り返し、解りづらい境界線が多いが、郡の呼び名はいつの時代もさほど変わらない。


 机の端に地図を置いて参照しながらというのは秘密だ。


「申し上げます。併州は太原郡陽曲の赫昭将軍のところに、詰問の使者が入り謹慎が言い渡されております」


「赫将軍か……」


 俺のところに滞在していた事実は知れているだろうし、それについての取り調べ位はあるだろうな。はっきりするまで裏切りを警戒して謹慎を命じるのは妥当な線と言えるんだろうか。


 かえって迷惑を掛けてしまったのかもしれんな。


「ん? 併州太原とはどのあたりなんだ」


 何となく聞いていたが併州なんてのは地図にない。ところが皆が普通に使っているのだから、どこかの州にある、行政区ではない、名称の州だと受け止めていた。


 ところが併州の太原郡というならば州なのだろう。


「はっ、現在併州は冀州に組み込まれております。洛陽の真北にあるあたり、異民族との混在地で幽州の南西部であります」


 するとここから北東に山を越えたあたりだ。異民族の勢力が弱く支配下にある時には別途治府を置いている感じか。


 孔明先生が北荻を懐柔しつつあるってことは、魏は手を焼いているってのと同義だからな。


「処分がどんなものかまでは解らんか?」


 さすがに一介の密偵にそこまで求めるのは酷だと知りながらも、一応尋ねてみる。だが首を横に振るだけで知らないと答えた。


「ふむ。具合を調査して貰いたい、予算も人員もつけるがどうだ」


「機会を頂き感謝の極み! 速やかに実行いたします!」


 打てば響く、そんな反応に大いに満足する。側近に黄金を持ってこさせて、それを密偵に渡す。


「頼むぞ。報告は時期も時間も問わん、解り次第速報を」


「畏まりました!」


 小走りで部屋を出ていく。これはそういう儀礼であって急いでいるわけではない。


「戦争で切った張ったしている方が遥かに気が楽だな」


 やれやれといつもと同じ感想を呟く。時代が変わってもこれは真理のようで、人間は根っこの部分で成長していないらしい。


 酷吏に対する監察も進めさせ、物資の輸送ルートも確認、長期に渡る遠征兵には帰郷と交代を認め、武器を積み上げ、糧食を生産させる。適切な人物を役職に就け、訴えがある案件を裁き、賢人を中央に推挙する。


 やらなければならないこと、やっておきたいことが山の様に溢れている。長時間椅子に座っていても仕事は減る兆しがなかった。


「どれ、中県の状況報告か」


 書簡の発信元は姜維という二十代前半の若者だ。国相として赴任しているが、仕事ぶりがどうか。


 まあ孔明先生が指名して送り込んできたんだ、最低限こなす位は出来るんだろ。


 経験を積ませる意味で、権限が強く狭い丞を務めさせるのは常道だ。


 幾度か改良された紙、それが湿気らない様に包まれた筒から取り出し数枚の報告書に目を通す。


「おい、こいつは……」


 要点を見事に射抜いた報告書、知りたいところが詳細に綴られ、未定の箇所を自力で埋めて、落ち度が見当たらない。


「誰か、書庫から姜維の経歴書を持ってこい!」


 命じられた書佐が大至急巻物を抱えて戻って来る。寸秒を惜しむかのように広げると、内容を再度読む。


 涼州天水郡冀県の出身で、魏軍からの帰順者。元の雍州刺史従事で軍官として天水で戦うも、周囲の味方が姜維を受け入れず渋々降伏……か。己の命欲しさではなく、千余の部下の助命を乞い、己はどう処罰されても構わないと膝をついた。


 豪族の出らしいが、この若者は使えるぞ!


「成都の孔明先生に大至急伝令だ! それと中県にも伝令を送れ、直ぐにだぞ!」


 赴任してたったの数十日だが、中県に置いておくのが惜しい。誰かに持っていかれる前に手元に呼び寄せねば。


 まずは雍州治中従事として呼び寄せるぞ、同時に奉義将軍の号を与えて軍も指揮させる。俺の封領から割いて渡しても構わん、都亭侯にも推薦だ。


 可能な限り手を尽くして、断ることが出来ないような算段を組む。帰順組だ、これといった後援が居ないならば逆に丁度いい、俺が全ての面倒をみる。


 書を認めると、銅印黒綬を履いている地位在る者に持たせ、赤の伝令旗を指させると長安城から送り出す。蜀の直臣であり、関所、検問所でも誰何を受けずに最優先で通過する権限を与えられた。


 替え馬を乗り継ぎ、不眠不休で目的地を目指す。丞相府に辿り着いた時には魏の大軍が攻めて来たのかとすら思われたほどだった。


 もう一方で、中県に向かった伝令は李長老のところへと駆けこむ。直ちに護衛十人を仕立てあげて姜維の異動準備を整えるようにと。


 当然長老は何故とは問わない。これが全員で家を捨てて直ぐに他所へ避難しろとの命令でも同じだ。


 十日の後に首都から伝令が戻って来る。携えてきた書簡には、望んでいた返答が記されていた。


「丞相より言伝が御座います」


「なんだ」


 特に言葉にしておきたいことがあったらしく、本人から直接言を賜ったと言う。


「我が端緒を良くぞ受け取ってくれた、とのこと」


「うむ!」


 孔明先生は解っていて俺に人物を与えてくれたわけか。姜維を育てろというわけだな、良かろう教導は俺の日常だ!



 職人頭が一つの試作品を持って城に登って来た。弩の量産を指示してあったが、同時に小型化も試すように投げかけてあったものだ。


「将軍、こちらが小型化に成功した一丁目で御座います」


「おお、出来たか。どれ」


 通常の弩は小銃と同程度のサイズがあり携帯には不向きだからな。


 試作品はファミリーペットボトル位の大きさで、片手で扱うことも出来そうな重量に収まっていた。クロスボウも弩も同じようなものだが、これは別物だな。


 手にして使用感を確かめる為に、体勢を変えては構えてみることを繰り返す。


「こちらですが、有効射程は精々十数歩あたりで、さほど届きませんが」


 これでは戦いにならないと、予め懸念を指摘しておく。不良品を作ったと言われない様に警戒している部分も解らなくはない。


「構わん。接近戦での奥の手だよ」


 こいつが無いと剣豪やら達人と切り合うときに不覚をとることになるからな。俺は軍人であって武術家とは違う。飛び道具上等だ。


 飛び道具イコール卑怯な道具って認識は、後世だろうと変わらない風潮はある。まさに戦国時代そのものでは、嘲りの対象になるんだろうな。


 とはいえ弩は戦力の向上と、均一化に役立つ。装備率を上げて臨むべきだ。


「そう言っていただけるならば。再装填も可能ですが、その機構を省くことで軽量化も可能です。どちらがお好みでしょう?」


 ほう! そういった選択肢も与えてくれるとは嬉しいね。両方と言いたいが、奇襲の道具を繰り返し使うのはナンセンスだな。


「軽量化を頼む。さらに一歩踏み込んで、使い捨てでもっと取り回しがしやすくは出来んか?」


 経費が掛かるのでその案を捨てているなら、拾い上げるのが俺の仕事だ。


「採算が合わない品になるでしょうが、完全に単発の使い切りということでよろしいのでしょうか?」


「構わん。こいつはこいつで製造方法を記録しておくんだ。技術は組織の宝だ。そいつを考え出す職人は至宝だな」


 本当だぞ。技術者は大切にしなきゃならん、特に先端技術者は好待遇で迎え入れるべきだ。恐らくこれは時代に関係なく変わらんと思うぞ。


「我等の働きを高く買っていただきありがとう御座います。試行錯誤を重ね、より良い品を提供させて頂きます」


 丁寧に礼をして、職人頭が退出した。試作品はお収め下さいと。


 予備の矢が三本か。試射してみるとしよう。


 片手で持ち、大体で照準を合わせ壁に向かい放つ。弦が矢を押し出し、短く少し太い木製芯に鉄を被せた矢が木製の壁に突き刺さった。


「ふむ、これは威力充分だな。狙うなら腹にしておく方が無難か」


 直進性は高いが、ぶれると狙いを外しやすい。危機迫る時に外したでは話にならない、奇襲なら仕留める必要が無いのでそれで充分との判断になる。


 試しに装填をしてみる。セットすることに集中して、ようやく収まる。戦ってる最中には無理だ。


「お前もどうだ」


 李項に話を振る。やはり武の専門家ではないので、自身の補強の為にも興味を持っていた。


 暴発の防止と数を揃えることが出来れば、親衛隊に装備させても良いな。あいつらなら嫌がることもなりだろうし。


「時にご領主様。親衛隊に鎖帷子を配備致しました」


「あれか。鉄面はもう揃っていたな、重くはなるが圧倒的に防御力と衝撃力が向上する」


 人のではなく、馬具としてのものだ。鉄騎兵と呼称される兵種は、馬にも防具を装備させている。人間も重装備で、ヨーロッパでは重騎兵として突撃部隊を編成していた。


 弱点はある、長弓による射撃で先制攻撃を受けることだ。


「弩の配備も終えております」


 馬上槍を特別に仕立て、馬に括り付けられる金具も取り付けている。そこにきて弩だ。


「弓兵に対抗射撃しながら突撃する、二射目はだいぶ乱れるだろうな」


 こちらは弩を一発撃ったらその場に捨てて後は接近戦だ。鉄帽の鍔を広くして、斜めの姿勢を保てば曲射には耐えられる。


 万能の代償は多額の資金と、重量だ。馬は羌族から大きいモノが集められているから、若干有利程度だがね。


「これだけの重装備を親衛隊にだけ施すのでしょうか?」


「李項、良く聞け」


 これは事実だ、卑下するわけではないからな。お前なら解ってくれると信じている。


「試験装備を配備し、親衛隊が充分使いこなせれば、専門部隊へと受け継がせる。戦いの素人で、農民出の親衛隊が使えるかどうかが実戦で使えるかの判断の一助になっている」


「……ご領主様がお望みであるならば、我らは必ず従います。心行くまでお試しください」


 大真面目に応じた。自分達に出来ることが何かを知っている顔だ。


「ああ、お前達が居てくれるから俺が在る。苦労を掛けるが付き合ってくれ」


 片膝をついて畏まる。中郷が大発展を遂げて、一族だけでなく同郷の者が躍進し、戴く主が頂点に向けて階級を駆け上っている。李項らにしてみても、今は夢を見ている最中なのだ。


「どこまでもお供致します!」


 今の俺に出来ることを最大限やり遂げる、それだけだ。肩に手をやり立ち上がらせると、互いの顔を見て微笑む。



 たまには気分転換に城外の巡察でもしておくか。河沿いでも見て回るとしよう。


「出るぞ」


 部屋の隅に立っている李項に向けて短く宣言する。だからどうしろとは言わない。


 内城を出たところでようやく「城外へでしょうか」問いかけてきた。


「ああ、南東に出向いて河沿いの視察でもしようと思ってな」


「御意」


 二十人、選りすぐりの親衛隊を引き連れて騎馬すると、李項は隣に、兵はすぐ後ろに二列縦隊で付き従う。


 通りを進んでいると市民が手を振ってくれたりした。


「少し留守にする、番を頼むぞ」


「お任せ下さい将軍」


 一般市民ですら俺に気軽に話しかけてくれる、こういう空気は大切だ。何せ支配者は孤独だからな。


 甘やかすのと慕われるのとは違う、だが好意を持たれること自体は悪い気分じゃない。


 戦争になればいつでも、死んで来いと言わねばならん時がある。胸を締め付けられる想いだけはいつまでたっても慣れないし、慣れてはいけないものだ。


 軽く馬を走らせて調子を確かめる。随分と馴染んだ、騎馬するのも日常だな。


「ちょっと前にはお前がここで敵の将軍を追い回していたんだよな」


「軍指揮の拙さから取り逃がしてしまいました、面目次第も御座いません」


「統率の修学もせずにあれだけ出来れば充分以上だよ」


 それに俺なんて逃がしてはいけない最大の首を取り逃した。後悔はないが反省点は山のようにある。


 監視の数人でもこのあたりにいたら、それだけで時間を節約できた。望楼なんていらない、住民が居ればそれだけで。


「このあたりに集落はないか?」


 李項が兵らに尋ねるが知っている者は居ない。


「誰も知らぬので捜索させましょうか?」


「ああ、そうしてくれ」


 思い付きで命じた、一時間ほど待っていると一騎が戻って来て告げる。


「山林の中腹に民家が数件御座いました!」


「案内しろ」


 これだけ捜索させて数件か、まあいい。


 集合を掛けて後に集落を訪れる、老年が一人に他が十人ちょっと。家族が二つか三つだけってところだな。


 全員が集められる。不安を隠せないようだな、怯えさせても仕方ないがこの面子じゃこうもなる。


「ワシらに何の御用でしょうか?」


「急にすまんな。俺は雍州牧の島だ」


「へ、州牧様!」


 全員が両膝をついて地面に額をこすり付ける。この時代、住民など領主の所有物でしかない。


 権限があろうとなかろうと、独断で処断しても誰も文句など言えないのだ。


 裁判権まで持っているのだから、即決裁判を行えばそれこそ権限範疇にすらなる。


「そう畏まらんでも良い。このあたりに住んでいるのはこれだけか?」


「はい。切り開くに困難で、湧き水程度しかなく大勢が暮らすに不便なのもで」


 辺りを見ると確かに乾いた土地で、小川もない。湧き水では多数を養うのは苦しかろう。


「そうか。では何故みなはここに?」


「木材は豊富で、この奥に粘土質の土があり、それがきめ細かく陶器を焼くのに便利なもので」


「陶芸家の集まりってわけか」


 そういえば子供が居ない。職場の集まりだったか。集落の縄張りは簡単な柵だけか、危険な野生動物は少ないのかも知れんな。


「相談がある。魏軍の行軍をみたら狼煙を上げるなりして報せてくれる者を探している。このあたりには他に人が居ない、役目を引き受けてくれないだろうか」


 断れるわけが無いだろう言い方だな、俺の悪い癖だ。志願を強要している。


 案の定面倒ごとを持ち込んでくれるなとの顔が見えているぞ。


「州牧様のご指示であれば」


「心配するな、ただでやれとは言わん。囲郭村を設置する、兵に土塀を設置させ警備を担当させる。水も定期で運び込ませよう、常駐させるのは伍だ」


 単純にどこかに兵を置くのと大きく違うのは、恒久的な暮らしをしている奴らが軸になるところだ。


 役目を捨てて消え去る心配は無いし、周囲の変化に敏感だ。


「お言葉の通りに」


「李項、一人ここに残して手配をさせろ」


「御意」


 親衛隊の中でも年長者を指名し、実務を担当させる。先達に色々と教わり有事に案内人になれるくらいは頼むぞ。


 常駐する兵らの任務は監視と山林の把握だ。伏兵を置く場合はそいつらを指揮官の側におくことになる。


 集落を出て東へと馬首を向ける。街道を行き来するのは数少ない行商人の類。


「何だアレは」


 小川に小さな橋が架けられていたはずが落とされていて、近くに仮設のものがあった。あるには良いが、そこにはごろつきが屯している。


 騎乗したままそれを見詰めていると、街道の後ろに林から雑な身なりをした盗賊がぞろぞろと現れた。


「ご領主様」


 親衛隊が輪を描くように位置すると武器を構える。賊の数は見えるだけで五十あたり。


 仮設橋の方じゃないな、後ろの奴らだ。馬の向きを変えて集団を見る。


 体格が優れている奴らが多いが、首領はそいつらじゃない。


「おい賊徒共、何の意図あってこのような真似をしている」


「ぐだぐだ言わねぇで有り金置いて――」


「下っ端が口を開くな! 俺はそこにいる男に聞いているんだ」


 この時代では大柄に括ることができるだろう奴の言葉を遮り、若い賊の一人をじっと見る。


「ほう、何で俺が首領だと知ってる」


 視線を逸らさないので数歩前に出ると声を上げた。


「知らんさ。単にこの中で一番鋭い気を放っている奴がお前だっただけだ」


 敵意のような何かだ、リーダーの持っているオーラでもいい、とにかく他の奴らとは違うって解るような感覚が巡った。二十代半ばくらいか?


「面白いことを言う。少しは名のある者のように思えるが」


「さてな。お前だってそこいらの賊と同じようには見えんぞ」


 魏か、或いは呉の手先か? それにしては職務に就いている感じが薄いな。


「しがない鉄売りさ。時に御者、そうでなければ畑を見て回るようなつまらん男だ」


 鉄売りに御者だって。こいつは一般人じゃない、だがまるっきり嘘とも思えん。


 馬を降りると一人でそつの側に歩みよる。


「ひとつサシで殴り合いでもしてみるか? 小僧に負ける程俺は眠たくないぞ」


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