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「そうではない。魏軍の潜伏工作員が城内に紛れ込み、いずれかの門を制圧したとしたらの話だ」


「潜伏工作員でありますか……定時の巡回が発見報告せねば長時間開け放たれていることに」


 だよな。だからって城門司馬が悪いわけじゃない。それをどうにかするのが司令官の役目だ。


「民兵団に要請だ。不寝番を各門に複数置いて、人の目を増やす。異常があれば他に報せるだけで良い、大声で叫んでも銅鑼をならしてもだ。間違いであっても処罰はしない」


「畏まりまして。負傷して動けずとも目を皿にして見張る位は出来る者もございますれば確かに」


「ああ、頼んだぞ」


 通報を聞きつけたら部隊を走らせる必要がある、そちらは軍の仕事だ。


「李別部司馬、これへ」


「はっ!」


 一日中常に傍に侍っている、疲労で倒れなきゃいいが。


「通報で城門へ即応可能な部隊を編成する。二交代で百人隊を四つ、専従で東西南北に屯所を設置だ。指名で佐司馬を採る、統括は李従事を据える」


 階級的に前後するか? いや大丈夫か佐司馬なら。司馬だと上になるな。南蛮州兵曹従事で不適当にならんように州軍から抽出させよう。


「南蛮州軍から抜き出せ。だが長安兵との確執を生むのは許さん」


「御意。お心を騒がせぬよう厳命致します」


 軍兵の数に比して階級が低いぞ。平時なら問題ないんだろうなこれで、だが今は戦争中だ。


 攻めて来るまでさして時間は無いだろうな、一度現場を見ておくとするか。


「視察に出る」


 言いつけたばかりの仕事があるのを無視してさっさと部屋を出てしまう。このあたりは昔から変わらない、軍に所属しているということは理不尽を飲み込めと言うことだ。


 内城を護るのは都督軍兵、しかし自身の護衛は親衛隊。城を護るのと個人を護るのとで色分けしてあるのはもはや習慣だった。


「董丞、城内の治安はどうだ」


「戦時中というのに良好に御座います」


「そうか」


 自暴自棄になる程押し込まれたら直ぐに民に反映するだろうからな。敵を中に入れたら最後だ。


 通りを歩いて見回す、これといって注意をして見ているわけでは無いが気づく。


「通りに一定間隔で防火用水を置け」


「ははっ、直ぐに」


 民兵団に命令をすると支援者団体が協議して動き出す。


 上手い事働いてくれているようだ、董丞の功績だな。


 露店の商品を見て回る、品ぞろえは少なくもく、劣悪でもない。


「価格の面はどうだろうか」


「あまり変わりは御座いません」


「不足する前に蔵を開いて流通量を調整するんだ。物価の平準化を計れ」


「畏まりまして」


 悪徳商法が横行しないように注意をせねばならんぞ。民心が乱れると一気に崩れる。こんな細かいことにまで口出しをされて、さぞいら立っているだろうが勘弁してもらおう。


 城門の内側にやって来る、例の十二門のうちの一つだ。東西の大門が市内を貫通する大通りに直結している。


 尖化門、西南西の門。小門の一つで、恐らくは敵の攻撃圧力をもろに受けるだろう箇所だ。


「将軍!」


 兵士が整列して礼をしようとするのを制止して「そのまま仕事をしていて構わん」防備を見渡す。


 門の内側に閂か。兵士が詰めていて、周囲では支援者が監視をしている。


 城壁に繋がっている階段を登る、急な角度だが理由があるんだろうなこれにも。


 上に来ると指示したように石や木材が所狭しと置かれていた。


「遠くまで見える、今はまだ攻めてはこないようだな」


 城壁のやや先にある薬研堀、これがある限り攻城兵器をいきなり繰り出すことは出来ない。


 穴を埋める作業をするなら土嚢をぶん投げてだな。手前の高さにまで積んだとして、一部を道にして乗り越えてか。


「李別部司馬、城門の外、門の先に沿って垂直にこの位の溝を掘っておけ、二十歩もあれば良い」


「御意」


 手で凡そのサイズを示す。何故とは問わない、命じられたことを直ぐに実行させる。


 胸壁だけか。盾も置かせるとするか、防火用水もだな。


「董丞、ここにも防火用水を置け。それと人が覆えるほどの移動式の据え付け盾を製造させろ」 

「矢避けで良いでしょうか?」


「ああ、ただ少し斜めにおけるように角度を調整させろ」


 再度階段を下って行くと門の直下に立つ。逆茂木が置かれてぐるっと囲われている、これが活躍する時にはかなりの劣勢だろうな。


 だが手を抜くつもりは無いぞ。


「逆茂木の外側を土塀で囲え。段差をつけて三重になるようにし、高さに差をつけるんだ。もし敵に攻め込まれたらこの防壁で増援が来るまで持たせろ。攻撃が届くように長槍を配備しておけ」


「御意」


「これらと同じくなるように各門に指示をしておけ」


「直ぐにそう致します!」


 後ろについてきていた書佐に記させると伝令を走らせた。それを見届けると忘れないうちに言っておく。


「董丞、作業に必要な費用は俺が全て引き受ける、適正な価格で全てを手配しておけ」


「ははっ」


 これで良い。次は武器庫だな、アレを配備してやるとしよう。


 拠点の要塞化、もう手慣れたものだった。



 政庁の広間に伝令が駆けこんで来る。いよいよ来たか。


「申し上げます! 城外に魏軍が迫っております!」


「どれ、見にいってみるとするか」


 独り言を皆に聞こえるようにする。ここで座って待っているような性分じゃないんでね。


 軽甲のみをつけて、東門に向かった。城壁には関東従事が居て外を睨んでいる。


「どいつがやって来た」


「これは島将軍。概ね全てと言ったところであります」


 なるほど、そうきたか。長安を囲むようにして大軍がほぼ全て布陣している。南東には背を向けている部隊が一つだけ。


 藍田への対抗部隊だな、ってことは咸陽側にも一つ置いてるだろうな。


 何重の攻囲網だろうか、見渡す限り魏軍だ。


「同時に攻められる数は決まっている、順番待ちしている奴ら等案山子も同然だ」


 一切怖じる雰囲気を漏らさない、それが直ぐに皆に伝播すると身を以て知っているからに他ならない。


 とはいえ継続戦闘能力は大きい。あちらだけ四人一組でローテーションではきつい。


「様子見の歩兵が寄せてきます」


「貴官の手並みを見せて貰うとしよう」


「お任せ下さい。弓兵戦闘準備だ! 投石兵も用意をしろ!」


 城壁の上は、人が何人も乗ることが出来るだけの幅がある、ここを足場に戦う為にだ。


 十メートルと少しってところか、何か利用方法を考案したいところだな。


 命令に従って一辺三キロ近い距離にびっしりと軍兵が並ぶ。


「李別部司馬、実戦を見ておけよ。いつお前が指揮することになるか解らんぞ」


「しかとこの目に焼き付けておきます」


 素直で良い奴だ。李項と同じようになる為には二年は掛かる、或いは三度も厳しい戦いを潜り抜ければ……か。


 のろのろと歩兵が押し寄せて来る、堀を徒歩で越えたあたりで関東従事が声を上げた。


「弓兵撃て!」


 早いな。まあ良い、いちいち叱責していては委縮されてしまう。矢の補給も今は心配する程じゃないしな。


 城壁に長い梯子を立てかけて来る。だがここは五階建て近い高さがある、これを登るのは緩くない。


「木を持ってこい、合図で落とせよ…………落とせ!」


 ドーンドーンと太鼓が鳴らされる。十人で抱えて丸太が落とされる、梯子を登っていた兵は全てが滑落して大怪我をした。


 そこへ追い打ちで投石されて、仲間に抱えられて引き下がっていく。


 肉迫する気合いだけでは越えられない壁がある、どうするつもりだ。


「まずはこちらの防備を確かめに来たわけか」


 威力偵察ってやつだな、奥の手を簡単には見せんぞ。そうだ、アレを教えておくか。


「誰か長めの布を持ってこい」


 そういうと直ぐにバスタオル程の布が手渡された。剣で長い側に沿って半分に切り裂く。片方の端に腕を通せるだけの穴を開けた。


 傍に積んである拳ほどの石を手にすると、布に包んで反対端を握る。


「見ておけ、身近なものでも武器に出来るというのを」


 胸壁近くにまで寄ると外を見る、どこかに弓兵が潜んでいて狙われていないかを。


 ゆっくりと石が入った布をぐるぐると振り回して勢いをつけ、正面の敵に向けて放る。物凄い勢いで石が飛んでいくと、敵兵に命中してその場に倒れた。


「おお!」

 

 兵士がどよめく、かなりの飛距離が出たからだ。手で投げたらこうはならない。


「投石器の一種だ、兵らに訓練させればすぐに上手くなるだろう」


 スリングショットだ、まあ子供だましだが高さがあるし便利だろ?


「直ぐに布を用意しろ! うーむ、まさかこのような使い方があるとは……」


「誰の発案でも良い、名案には酒樽一つと豚一頭くれてやるぞ、ははは!」


 戦いが楽しくなるような何かを与えてやるとしよう。


「各方面の殊勲者にも、毎日特別に褒美をくれてやる。頭だけでなく腕をでも稼げるぞ! 各隊に通達をだしておけ、案件に関しては民からのでも構わんからな」


 皆が一律可能性ありと聞いて盛り上がる。


 ふふふ、まずは士気を高める材料として十分だろう。一度押し込まれそうになった時の為にアレの用意もしておくとするか。


「腕力自慢で戦闘に加わっていない奴らを支援者から集めておけ。足が無いとか、目が見えないとか色々居るだろうからな」


「御意」


 李別部司馬が、次々と知らないことを打ち出し、指標が無い道を行く人物に畏敬の念を抱いたようで熱い視線を送って来る。


 まるであいつらみたいだな。


「お前もいつかこうやって多くを指揮する立場になる。それまで決して死ぬなよ、勝手に死んだら俺が許さん」


「全てご領主様の仰せの通りに!」


「さて、いつまでも上司が傍に居ては働きづらかろう、俺は城の中に引っ込むとしよう」


 面白い案が出て来ると良いが、そういう風土習慣がなければ期待は出来んか。


 孔明先生の方はどうだろうか、数万の軍を討ち破るのは骨だが、野戦ならではの手段があるからな。


 長安だけに群がっているんだ、呂軍師なら咸陽を出て攪乱をするくらいはわけないな。李項の奴も夜襲ぐらいは仕掛けるだろう。


41/42/43/44/45


 もうすぐ一か月か、長安の防衛に支障は出ていないが、孔明先生はどうしてるだろう。


「将軍、一昨日の戦闘詳報で御座います」


 被害や功績、どこが攻められていたかの報告書が上がって来る。中身を簡単に読み飛ばそうとして違和感を抱く。


 このナリのやつら、この前は南壁を攻めていたような?


「詳報をすべて持ってこい」


 書佐に命じて全ての報告書を机の上に置かせた。一冊ずつ遡り目撃例を拾っていく。


 間違いない、この部隊は時計回りで姿を現している。穴埋め部隊だとしてもこうも規則的に出て来る意味は何だ?


 被害を受けて居るような素振りもない、督戦部隊だろうか。


 次は南西か、直感が放置するなと言ってるな。


「李別部司馬、親衛隊の戦闘準備は出来ているか」


「怠りなく!」


「南西城壁に視察に行く。ただしそれと解るような反応をさせないように先ぶれを出せ」


「御意!」


 側近に命令を下す、意図を正確に汲み取っているかの確認はしない。


 アレの用意もさせるか。


「それと武器庫から百五十の用意もするんだ。補助は三人つけろ」


「お任せ下さい」


 俺の予想が正しければ少し退けば食い掛って来るな。


 一時間程待ってから徐に椅子を立つ。鎧兜を身に着けて先頭で部屋を出る。


「董丞、ここを任せる」


「畏まりまして」


 革の鎧に鋼鉄の鱗を張り付けた鎧、動きやすさと防御力を兼ね備えた品だ。


 手間暇金が掛かっているが、こいつが一番使いやすい。


 城壁裏の階段を登っていく、守備兵がこちらに気づくが反応をしないように言いつけてあった。


 胸壁の隙間に立てられている木の盾から外を見る。


「あいつらか」


 揃いの鎧を着ていて体格も良い、手には弓も槍も持ってないで、剣のみを履いている。


 特徴的なのは兜と上半身を覆う鎧が分厚くて、足元が軽そうなところだろうか。


 そういうことか、ひとつ偽退誘敵とやらで引っ掛けてみるとしよう。


「李別部司馬、アレを親衛隊に装備させろ。俺も一組使う」


「ご命令とあらば」


 武器庫から上げた物を配布すると、親衛隊一人に支援者が三人ついた。


「呈城門司馬これへ」


「はっ! お呼びでしょうか!」


「敵の攻撃を受けたところでわざと押されて、城壁の上にまで引き込め。後方に控えている攻城部隊を動かして今のうちに削っておく」


 特命を言い渡される。表情が緊張して固くなった。


「心配するな、後詰として四百を控えさせる。それに俺がここで陣頭指揮をする」


「ははっ!」


 隊に戻り直下の補佐らに説明をしている姿を見詰める。軽く手招きをして、後ろに控えている側近を呼ぶ。


「李従事、様子を見て増援しろ」


「適宜介入いたします」


「さて、俺の特技の一つをここでも見せてやろう。親衛隊準備はいいな」


「応!」


 木盾に左肩を寄せて目の前の胸壁との間に敵の右手を見る。たまに梯子の上の方まで登って来る奴が居て目が合うことがあった。


 呈城門司馬が目で合図を送って来ると頷く。


 梯子の上で競り合っていた場所の一つで城兵が打ち負けて退いた。そのまま腰を抜かして後ずさりをする。


 迫真の演技だ、生きていたらあいつにも褒章をだしてやろう。


「長安城壁一番乗り!」


 魏兵が大声を上げた。城外の兵士がどよめきと歓声を上げると、守備兵がまさかと南西門を見た。


 不安だろうが暫くは待機だ。出て来いよ特務部隊。


 城壁に拠点を確保した魏兵が続々と上がって来る、それを囲んで食い止めようと呈城門司馬も必死だ。何せ追い落としてはダメだと指示されているので、真剣に調整をしている。


 あれにも迷惑料代わりに褒美を与えてやろう。


「登頂拠点を死守するんだ!」


 五人、十人と城壁に上がって来ると、肩を寄せて防御を固める。


 お、城外に動きが出て来たぞ!


 特務部隊に招集が掛かったようで、城壁の下に固まっている。四カ所の梯子が確保されると、そいつらが一斉に登り始めた。


「あいつらが狙いだ。親衛隊、俺の合図で一斉攻撃するぞ」


 反対側の指揮をしている李別部司馬に目線をやるとはっきりと頷く。


 四本の梯子に十人ずつ、強壮な奴らがついに城壁に手を掛けた。


「攻撃開始だ!」


 弩を肩付けして先頭の奴の頭を一発で射抜いた。


 ライフルと変わらんぞこいつは、初速が半分位だが高速射撃武器は俺の専門だ!


「次を渡せ!」


 撃ち終わった弩を支援者に渡して矢をセットするところまでを任せてしまう。それにはかなり時間が掛かる、なにせ弱点がそれなのだ。


 だが射手一人に三丁の弩を配備した、弓矢を番えるのとほとんど変わらない速度で次の相手を射撃する。


「次!」


 相手を正面から撃つのと違い、斜めに射線をとっているのも射撃戦の研究された戦法だ。


 バタバタと射抜かれる特務部隊に異変が起きていると察知される、だからと簡単にやめるわけにはいかないのが攻勢部隊でもある。


「次!」


 左右の盾の陰から目にも止まらない速さの矢を近距離で撃たれてはどうすることもできない。


 それでも顔を蒼くして梯子を登って来る。


 ご苦労なことだ、だが容赦はせんぞ!


「次を!」


 一発必中、今まで弩を隠していたせいで種がばれてはいなそうだ。


 扱いやすいなこれは。武器じゃない、兵器ってやつだな。違いは一目瞭然、熟練者が扱わなくても一定の効果を発揮するかどうか。


 弓矢の様に長い訓練を必要とするのが武器で、二日も練習したら充分なのが兵器。


「次!」


 梯子を登って来る奴らが居なくなった。そろそろ良いか。


「呈城門司馬、城壁の上の敵を追い出せ!」


「魏軍を駆逐するんだ!」


 今まで控えめに戦っていたのをやめて、全力で押し戻す。数で圧迫して胸壁の側へとじりじりと追い詰める。


「構え! 進め!」


 号令で戦列が一気に押し寄せると、守り切れずに背中から落ちていく兵が多数現れる。


「残敵を一掃しろ!」


 僅かな生き残りを寄ってたかって串刺しにする。ついには殲滅すると勝鬨を上げた。


 他の城壁の連中も胸をなで下ろしただろう。


「特務部隊は半壊した。これで暫くは姿を見せんだろう、弩を武器庫にしまっておけ」


「はっ。しかしご領主様、凄まじい腕前で」


 全部を頭に命中させたのを多くが見ていた。


「まあな、俺も軍人だからこのくらいは出来る。だが世の中には俺などでは全く歯が立たない腕前の奴が居る」


 何人も頭に浮かんでくるよ、この程度で誇っていたら恥ずかしくかて顔から火が出る。


「むむむ、精進いたします」


「ああ、訓練は決して自分を裏切らない。これは絶対だ」


 長安の防衛戦、魏軍に決め手がなく時間だけが過ぎていくのであった。



「東門に増援を送れ!」

「北東にも部隊を!」

「西の城壁に乗り込まれたぞ、追い返すんだ!」


 昼夜違わずに押し込んできて五日目か、奴らも本気なわけだ。


 目を閉じて伝令からの報告を耳にして内城に籠り座ったまま。


「物見によりますと、例の攻城特務部隊が西へと移動したようです」


 李別部司馬が特に指摘して来る。だからどうしろと言うわけでは無い、大切だと判断して口にしたのだ。


 西門か。無傷の者は最早護衛部隊のみ、そろそろ俺も戦う必要が出て来たようだな。


 咸陽も藍田も陥落してない、ここだけに攻撃を集中してきているのが敵の戦略というのがはっきりした。


「董丞、俺は少しここを外す、政務はお前が取仕切っておけ」


「長安を脱出なされるのでしょうか」


 いままでもそうだったんだな、だが俺は違うぞ。


「言ったはずだ、長安を捨てることは無いと。西門へ行くぞ」


「御意!」


 李が一礼して部下に出撃命令を下す。董丞は静かに頭を垂れた。


 内城から親衛隊が現れて城内を西へと動く、市民の視線が集まる。


 生粋の武兵など殆ど居ない、農民から立身出世した兵が多くを占めていた。


「大都督も西だったな」


「曹真の帥旗が翻っております」


 中県からの子弟、腕前も、学も、出自も褒められたものではない。だが忠誠心と統制力は群を抜いていた。


 主攻がこちらか、違ったとしても敵の大将を見ておきたい。


 階段を登り、袁西従事の居る場所までやって来る。


「将軍!」


 振り返り声を上げる。城壁の上は戦場になっている、とても総大将が居てよいような場所では無いのだ。


「皆疲れ切っているようだな。少し休ませると良い。李別部司馬、護衛兵も城壁に上げろ、西部の防衛を二時間肩代わりするぞ」


「御意、ご領主様はそこでご覧になっていてください」


「ではそうしよう」


 こいつの成長を確かめるチャンスだな。


 床几を持ってこさせてそこに腰を下ろす。前後左右には大楯を持った親衛隊の猛者が侍る。


「親衛隊に下命! ご領主様のご命令だ、西部城壁を二時間支えよ! 我らが忠義と存在意義をお見せするのだ!」


「応!」


 司馬が三人が五百の兵を率いて南北に移動する、目の前にも五百が配備される。南北に予備兵がもう五百ずつ、こちらは中年層の兵が支援位置につく。


 中央には親衛隊が予備として片膝をついて待機する。


 三キロもある長城だ、端まで目は届かんからな。司馬らの腕前も見ておこう。


「城兵下れ、以後は休んでいろ。護衛兵、前へ!」


 城壁上に乗り込まれている最前線にも護衛兵が対峙する。


「ご領主様、暫しお傍を離れさせて頂きます」


 外套を翻して李別部司馬が、半円状に敵を囲んでいる場所へと進む。


「勇敢にも長安城壁へ押し込んできた魏兵よ、悪いがここまでだ。鎮南将軍の直営部隊が相手をしてやるゆえ覚悟されよ!」


「下っ端が吠えるなよ。やれるものならやってみろ!」


 決死隊が切り込んできている、勝たずに戻れるとは元より思ってもいない。


 あいつの経験になればそれで良い。


「戦列を作れ!」


 号令で盾を持った護衛兵が横一列に並ぶと、左右と盾をくっつけて肩を寄せ合う。


 二列目が槍を持って突き出す。


 ほう、ファランクスだな、今度盾を作る時は真四角のスクトゥムを混ぜてやるか。


「密集! 第二速!」


 一歩一歩踏みしめるような速さで進軍する。前列は守りを固めるだけに全神経を集中させている。


 あれなら個人の武勇が劣っていても戦いになる、ましてや限られた場所しかないこの空間ならば有効性も高い。


「打ち破れ!」

  

 魏軍が攻め掛かるが、鉄張りの盾が邪魔になり攻撃が上手く行かない。


 槍を使って突きかかるかというとそうでは無かった、上から振り下ろして叩くだけ。


 敵を乱すならその使いかただ、泥臭いやりかただがこれこそ歩兵の戦闘だよ。


「押せぇ!」


 盾を押し付けて力任せにグイグイと押す。戦列兵の背を二列目も押して力比べを行う。


 瞬発的な筋力と、持久力の筋肉は使う場所が違う。個人の力で腕を誇ってきた魏兵の決死隊と、常に集団でのみ動いてきた護衛隊が同じ土俵でせめぎ合うとどうなるか。


 じりじりと地歩を得る、城壁で押し負けるのが何を意味するか。


「な、なにをしている、押し返すんだ!」


 胸壁に足の裏をつけて全力で盾に肩をつけて踏ん張る、だが護衛兵も負けずに踏み込む。


「せぇい! せぇい! せぇい!」


 声を併せて、調子を合わせて押しに押す。負ければ死あるのみ、運動会のようだと笑うことも出来ない。


 戦場はそこだけじゃない、広く戦況をみろ。お前は小さな部隊の長じゃない、より大きな責任を背負う男になるんだぞ。


「ご領主様の眼前だ、死ぬ気で押せぇ!」


 ギリギリで競り合い動かくなった、そこへ親衛隊も加わりついに魏兵が城壁から転げ落ちていく。


「周辺警戒、全域を把握するんだ!」


 数歩下がって状況を掴もうと気を配る。南北の守備は問題ない、中央も競り落とした、防備を整えるのに何の障害も無い。


「梯子を叩き壊せ! 丸太を落とせ! 投石で足を鈍らせろ!」


 大声を張り上げて防御戦を指揮する。


 何か違うことを考えてるな、どうすれば敵により打撃を与えられるかを。


「伝令! 伝令! 南壁でも城壁に敵が乗り込んできました!」


 おっと、こちらだけじゃなく南もか。


「李従事の増援はどうしている」


「急報を受けて駆けつけているところかと思われます!」


「解った。お前は一度戻り状況を見て再度報告に来い」


「了解です!」


 こうも攻められたら綻びも出来るさ、俺も走り回る必要が出て来たのかもな。


「李別部司馬、二時間経ったら南壁の援軍に行くぞ」


「御意!」



 ふむ、防衛に加わって三日、流石に護衛隊も疲労が色濃く出て来たな。


 李従事だけでは押し返せなくなり、四方へ増援に走らせた結果がこれだ。寝ている時以外はほぼ戦っている。


「北東門に敵だ、行くぞ!」


 陸司馬が五百人を引き連れて本営から出ていく。内城では床に転がって寝ている兵が多く見られた。


 徹夜じゃないだけマシだって思うしかないぞ。


「よくもまあ飽きもせずに攻めて来るものだな」


「魏軍は余程ご領主様に会いたいのでしょう」


「俺はそういう人気者には憧れてないよ。美女が会いたいってなら別だがね」


 ふふ、冗談を言えるようなら大丈夫だ。ここ数日で一回りも二回りも大きくなったな!


 やはり実戦に優る経験はない。


「董丞、民衆はどうか」


「これといった混乱は御座いませんが、野菜が少なく体調を崩すものが多く出てきております」


 ビタミン不足だな、食糧はあってもバランスが悪くなるのは当然か。これだけ囲まれていたら補給をいれることも出来ん。


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