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「さすれば軍兵と共に宮廷へ押し入り、そのまま皇帝陛下を奪うことでありましょう」


 首根っこ押さえるってわけだ。俺の手はそこまで伸びそうもない。


 孔明先生が国か軍かを任せられる人物を欲していたってのはこういうことだな。


「そいつらに兵力を預けたいが、どうしたら良いと思う?」


「首都の外とも、成都内とも違いますれば、禁軍の指揮権は騎都尉や校尉らに御座います。向歩兵校尉、元の丞相長吏が忠誠も能力も適切かと存じますれば、彼に頼るが宜しいかと存じます」


「向歩兵校尉?」


 初めて聞く奴だが、歩兵校尉って響きは大好きだぞ。


「益州内の太守を歴任し臣民らの評判は上々で御座います。馬謖の友人でもあり、親交は密であるとか」


 ふーむ、あんな奴と仲良くやれてるんだ、向って奴は人格者だろう。そういうのが中堅程度にしか無いのが難しいところなんだろうな。


 何より丞相長吏をしていたんだ、裏切ることは無いし有能なのも間違いない。


 馬謖を通じてとなると……高将軍を通じてそうさせるか。越俊からの手勢を割いて指揮下に加えれば、数の面では問題が雲散霧消する。


「俺がここまでして良いかは解らん。だがここで首都が転覆するような事態を見逃すことは出来ん。高将軍へ命令を出せ、向歩兵校尉のところへ軍を預けるように」


 命令という部分を強調した。そうしておけば全ては俺の責任で収まる。


「御意。されば王興業将軍蜀郡太守屯騎校尉司塩校尉平陽亭侯にも宮廷にあって助力を請願されてはいかがでしょうか」


「誰だそいつは」


 司塩校尉ってことは俺が迷惑を掛けてしまったやつか? 確か塩と鉄は専売特許があるっていってたよな。


「向氏と前後して丞相長吏であった人物に御座います。丞相の南蛮遠征を幾度も諫言していた者でありまして、島将軍が代わって遠征を成功させたことで縁も」


 おっと、一つ借りで一つ貸しがあったのか、そいつは初耳だ。それに蜀郡ってことは首都に居るわけだ。


「そうか。首都の防衛を援けたのも高将軍だ。だがそちらへは呉将軍を通して要請するんだ、孔明先生の知己ってことで話も持っていきやすいだろうし、二人とも大本営の側だ、一言相談して実行するようにさせろ」


 現場で戦っている最中だとしてもこちらを優先してくれよ!


「それらも全てお任せを」


「任せる。だが俺はこれから気まぐれで三日間全軍の管理と政務をみることにする。その間は休暇を取れ、こいつは命令だ。空いた時間を何に使うのも自由だがね」


 異論は認めない、そう宣言して風呂を出る。呂凱も「畏まりました」口の端を吊り上げ全てを受け入れた。



「た、大変です! 敵襲、敵襲です!」


 伝令が大慌てで城に駆けこんで来る。


「落ち着け、詳細を報告するんだ」


 咸陽に攻め込んできたのか?


「北部、高陵山地を越えて長安に直接進軍してきております!」


「なんだって!」


 雪解けを待つほど魏も眠たくは無いわけか。


「島将軍、迎撃部隊を出しましょう」


「うむ。呂軍師、李護忠将軍に二万を預けて出撃命令だ」


「御意」


 近隣での防御戦闘だ、李項でも不足は無いだろう。しかし単独での攻撃なわけが無い。


「咸陽城にも警戒強化を命じて置け。函谷関にも通知をだせ、藍田にも山越えの敵襲可能性があると指摘しておけよ」


 思いついたことを側近に矢継ぎ早に命令させる。


「王将軍の騎馬隊にも連絡だ、長安の防衛の為に一度引き返させろ。長安防衛軍に待機発令、鎮南軍を武装させて城門手前に集合させろ。都督軍は屯所で待機、南蛮州軍は近隣の砦に千人単位で増援に出せ」


 さて、どこから攻めて来る。渭水を越えるならどこからでも可能だ、凍上している期間はあと一か月も無いだろうが。


 敵の主将はどいつだ。


「敵の旗印は何だ」


「はっ、『徐』『右将軍』『王』『魏』に御座います!」


「されば、徐晃右将軍と王忠軽車将軍に御座いましょう。長駆するは得意中の得意かと」


「そうか」


 堅実な将軍だったようなイメージがあるぞ、王忠ってのは知らん。


 長駆するのはどんな意味がある、長安を陥落させて維持するのは無理だろう、では何をするつもりだ?


 これが牽制戦力ならば連携を断ち切る、最悪でも乱すのが目的だろう。


 後方の連絡路を切るのは窮地に陥る、それじゃない。藍田を制圧しても囲まれるだけだ、それでもない。函谷関を挟撃するのはありそうだが。


「呂軍師ならどうする?」


 俺ならこれを準備攻撃の一つとして扱う。


「徐将軍は常に敗戦時の備えを怠りません。ゆえに、渭水を越えての長期的攻撃は除外し、渭水北岸の攻撃を行います」


「具体的な目標はどうする」


「東渭橋、中渭橋、西渭橋の三橋を落とし、凍結が緩んだあたりで北岸を制圧します」


「俺も同じ考えだ。咸陽城には西渭橋の防衛を命じろ。鎮南軍は中渭橋の防衛を」


 二つが堅守となれば徐晃とらやらはどうする?


「東渭橋はいかがいたしましょう」


「もし魏軍が東渭橋を破壊しに集まれば、北と西から軍を進めて南岸に押し込む。半月とせずに帰る場所を失うことになるな」


 そう上手くはいかんだろうが、ほいほいと誘導されるようなら器もうかがい知れるぞ。


「それではそのように手配を」


 様子見だ。少数では長安は落とせん。別働軍はどこに現れるもんかね。


 五日経っても小競り合いが起こるだけで比較的小康状態が続く。


「報告します! 南東部、白鹿原を抜けて魏軍が南陵城を落として接近しております!」


「ふん、出たな。してどいつがやって来た」


 藍田の支城を一つ落としただけで止まることはないだろうな。


「『夏侯』『孟』『征南』『荊』の旗印に御座います!」


 呂凱に視線をやる。


「夏侯尚征南将軍の荊州軍と、孟達建武将軍でありましょう」


「なるほどな、余程長安に拠る俺が邪魔らしい」


「孟達は蜀より離反した将なので内情に詳しくご注意を」


 裏切り者ってわけか、どうしてそうしたかは知らんが身を以て証を立てろとでも言われてるのかも知れんな。


 南北に兵力を割るのは構わんが司令官が足らんぞ。


「王将軍はまだ帰還してないか」


「遊撃軍ゆえ所在が解らず、連絡をつけようと鋭意努力中です」


 参ったな。徐晃の牽制に李項は貼り付けとかなきゃならんし、長安から俺が動くわけにはいかん。


 蘭智意を咸陽から動かすか? それとも呂凱を城外に?


 どれもこれもしっくりと来ない。そもそも長安を落とすのに直撃する必要はないからな。


「大軍で補給路を断つ、南陵に居座って子午谷道の輸送部隊を撃滅していたらそのうち干上がるからな」


「今しばらくは兵糧を始めとした軍需物資は充足しておりますれば」


 無理に動くことは無いってわけか。時間はどちらに味方するかってのを考えたら、遊軍を作るのは下策なんだが。


 一手が足りん、どうにか出来んか。


 そこへ緑の旗をつけた伝令が駆けこんできた。うちの奴じゃないぞ。


「魏鎮北将軍より通達致します。渭水北の徐軍に攻撃を掛ける故、橋梁防衛は不要とのことです」


「解った」


 まったくあいつときたらじっとしてられないのか。ま、今回もそのお陰で助かるがね。


「呂軍師、李将軍を引き戻して藍田へ詰めさせろ。咸陽から蘭智意将軍を長安へ、防衛指揮をこちらでするぞ」


「南陵の軍を撃退なされるのですね」


「そうだ。函谷関の状態も把握しておけ、広域に目を配るんだ」


「畏まりました」


 急場を凌ぐのは現地指揮官に任せて、後方支援を強化してやって凌ぐ。二交代で二十四時間フル稼働が数日なら全く問題ない。


「これは単なる序章に過ぎない、本軍はそのうち現れるはずだ。それまでの間に差を埋めるのを目指すとしようじゃないか」


「何せ魏国との国力差は大きい、休んでいる暇はないでしょう」


「そういうことだ」


 だが戦にかまけて情報面をないがしろには出来ん。


「周辺への密偵を増員させておきます」


「気が利くな」


 本当にだぞ? 軍師ってのがぴったりだ。


「丞相が蛮族への調略を行っていると信じ、冬を乗り切ることを目指します。内部の切り崩しも北東地域で行いますれば、魏北部軍はこの方面へ兵を割けません」


「これで呉軍が魏に攻め込んでくれたら最高なんだがね」


「合肥への急襲工作が思案されます。魏国南部軍、即ち荊州軍が引き戻されることでありましょう」


 ふむ、つまりここで敵を減らしておくことが出来れば後を引くわけだ。


 呉が魏に攻め込むならば、蜀へは来ないだろうな。となると、巴東の軍がフリーになるぞ。


「どこまで見込める」


 これは重要だぞ!


「弁舌の士が口説き落とせるか否かにかかっておりますれば、恐らくは動きましょう」


「命がけというわけだ。見返りは中華の半分か」


「天下二分で御座いましょう」


 呉にしてみてもこれが最初で最後の戦機だろう、逃せばあとは滅亡を待つだけだ。


 とは言え動くかどうかは状況を見てになるな。春の決戦前にこちらに傾けば大一番に間に合う、だから西部魏軍は武功に要塞を築いて耐えているんだ。


 伸るか反るかで軍を動かす、これは賭けのようで賭けじゃない。運の要素は万に一つも無いからな!


「俺は都督巴軍事だったな。冷将軍に丹水を登り後方から攻撃を仕掛けるように命令をだせ」


「巴東が武力の真空地帯になりかねませんが」


「中県の担々王と李長老に伝令を出して、巴東に大至急兵を送るように命令だ。後は兄弟がなんとか穴埋めしてくれるはずだ」


 俺の国は兄弟に任せる、俺にしか出来ないことをやるだけだ!



 あれから一か月、結構な時間が経っちまったな。王将軍とも連絡が取れたし、雪解けの手前であることでよしとすべきなのかもしれん。


 徐晃のやつが少し戦っては退くのを繰り返して、山にまで下がっていったそうだが、魏延は誘い込まれたってことなんだろうか?


「島将軍、魏軍に動きが」


「どうした」


 広域監視の定期報告で変化があったのを直ぐに知らせてきた。


「函谷関前面の魏軍が増員され、飯炊きの煙が多く上がっております」


「仕掛ける気だな。今の関長だけではそろそろ無理だろう、魏将軍に連絡を入れておくんだ」


 徐晃に構っている時間は無い。フリーにするのも困るが、渭水はもう渡れない、橋に防衛隊を置くことで備えさせるか。


 そこへ赤の旗をつけた伝令が駆けて来る。始まったか。


「報告いたします! 南陵方面の魏軍がこちらへ向かってきております!」


「どうやら冬休みもここまでのようだ。呂軍師、戦闘準備を行え」


「御意」


 そこだけが動くはずが無いからな、これから伝令が続々と舞い込んで来るぞ。


 案の定、長安城の謁見の間が伝令で溢れかえった。おいおい!


「函谷関が攻撃を受けております!」

「藍田東に魏の軍勢が!」

「魏将軍が函谷関へ帰投しました!」

「徐軍が渭水北に姿を現しました」

「咸陽より報告、北に張合将軍の二万が進軍してきています」

「長安西に曹大都督と各州軍が行軍しています!」


 始まったな。大都督が動いたんだ、確実だ。すると夏侯なんだかは孔明先生の軍を釘付けにするために居残りってことか。


 逆説的に言えば俺が長安を守りきれば、そいつを撃破してくれるだろうってことだな。


「さて、こちらは函谷関方面四万、長安、藍田、咸陽で十万だが」


 呂軍師に視線をやる。


「函谷関を攻める魏軍は十万。徐軍が二万、夏侯尚南部軍が八万、曹真軍八万、張合軍二万。蜀大本営が九万、呉将軍、高将軍で都合五万、夏侯楙西部軍が八万」


 西部が優勢で十四対八で、東部は劣勢四万対十万、中部の俺は十万対二十万。


 やってやれない数ではない、補給が切れっぱなしだったら危なかったがな。


「孔明先生がこの機を逃すとは考えづらい。全体方針を定める」


 そうだ、俺を囮にして戦争全体に勝ちに行くぞ! 籠城戦なら三倍を支えてみせる。


「長安を中心とした三城を守り抜く、相互の連携を取り長期戦にもつれ込ませるつもりでだ。その間に西部の魏軍を全滅させ、調略の糧とする」


「咸陽にも守将が必要でありましょう」


「呂軍師が咸陽を」


「ですがそれでは――」


「俺と気脈を通じている呂軍師と、李将軍とで三か所を守り連携する」


 互いに何を考えているかが解る奴らじゃないと齟齬が出るからな、お前なら信頼できる。


「畏まりました。では王将軍を長安へ詰めさせます」


「いや、あいつには西部軍の後背を襲撃させる」


 騎馬隊を城に置くより、決戦に勝ちに行く勝負駒にするほうが有用だ!


「島将軍の身を危うくしてでもでしょうか」


「ああ、特技を一つ披露することになるだろうな」


 二十年だ。俺が軍に染まったその時から、常に行ってきた経験が活かされることになる。


「ご命令とあらば咸陽を守護いたしましょう」


「頼むぞ呂軍師。俺は相手が誰であれ無様に負けてなどいられん!」



「ご領主様、護衛隊はいつでも戦闘可能で御座います!」


 李項から引き継いだ、李信別部司馬が報告を上げて来る。


「俺の命はお前に預けている、頼んだぞ」


「お任せ下さい! 必ずや敵を食い止めてご覧にいれます!」


 ふふ、十年後が楽しみな奴らだ。蘭智意と二交代で守城指揮だ、東西の大門には別途指揮官を置くべきだろうな。


「蘭智意将軍、敵の攻撃は門に集中するはずだ。城外に塞を築いて門の前に踏み込ませるな」


「御意、東門を関斥東校尉、西門を袁退東校尉に預け、城壁防衛を向監巴校尉に命じます」


 そういえばそんな号をやったもんだ。ちょっと解りづらい部分があるな、少し手を入れるか。


「その三名に長安での官職を加える。向軍従事、関東従事、袁西従事として長安軍への指揮権も与えるものとする」


 関東って単語で、間違えないように名付けたのは秘密だ。


「いくら高い城壁があると言えども、魏軍は登って来るでしょう」


「そうだな。長大な城壁を埋めるには手持ちの五万では交代要員が少ない、そこで俺の出番だ」


「島将軍、住民の代表が揃いました」


 近侍がそう告げた。董基らを呼んである、何をするつもりかは最早決まっている。


「よし、行くぞ」


 詳細を告げずに足取りも軽く別室へと向かった。後ろについてくるのは蘭智意に李信、その弟の李封従事だ。


「行京兆尹」


 住民代表が畏まり頭を垂れる。


「集まってもらい悪いな。知っているだろうが魏の大軍が攻めて来る、二十万だ」


 あっさりと最悪を口にする。董は流石に落ち着いているが、他の若い衆はそうでもない。


「どうなさるおつもりで」


「無論戦う、徹底抗戦だ」


「城内の軍兵三万を率いて離脱なされば、蜀までたどり着けるのでは?」


 戦力を温存して捲土重来ってやつか。それは言う通りできるだろうな、だが俺はそれを選択しない。


「俺の目指すところはこそこそと逃げ回って隙をつくことじゃない。それに長安を捨てるというのは一切ありえん、そう誓ったのを忘れはせんぞ」


「ではどうやって」


「将軍というのは軍を指揮するのが仕事だ。そして俺は一つ特技があってね、協力して欲しい」


 命令することも出来るんだろうが今までもそうはしてこなかった。誰が何と言おうとこのスタイルは貫く。


「伺いましょう」


「後方支援を行う民兵団を組織する。声かけを頼む」


「無手の民に戦えと申しますか」


「戦うことが出来る者は補充兵として戦って貰う。だが欲しいのは雑用をするものだ。飯炊き、物資の移送係、救護する者、夜間の見張り。軍の負担を減らして戦闘に集中できる環境を整える、無論ただとは言わんぞ」


 いきなり戦えと言われて出来る奴は少ない。邪魔になるだけだからな。


 職人らにも報酬をたっぷり支払ったと聞いている、そして温泉で市民にも恩恵を与えていた。なにより略奪行為は厳罰に処すとの布告が効いていて、長安は稀に見る治安を保っている。


 零陵での一件が誇大されているのが原因らしい。


「攻め寄ればいつも簡単に陥ちると思われては長安の恥。住民一同、ご命令に従いましょう」


「董団長の指名を採り、部将を任じる」


 二十人の部将を採り上げ、董団長を行京兆尹丞に据えて結束を計った。半日で城外にある石や木を山ほど集められたのは、籠城するのに大きな効果をあげることになる。



 簡易土塁に木柵、逆茂木に薬研堀、時間が無かったから渭水からの水壕は中途半端なままか。


 ここは交通の要衝だからぐるっと囲むのを許可しなかったわけだから当然だがな。


「形になってくれて良かったよ。董丞、民兵はいかほど集まった」


 長安の生産人口が三十万だったか、既に郷土防衛隊で二万を徴兵してるからな。


「戦闘可能な者で五千、支援目的が五万を動員致しました」


「そうか、よくやってくれた。戦闘従事者には装備と糧食を約束し、支援者には賃金を支払う。長安の蔵にある分で不足するなら俺の国から輸送させる。その際はすまんが春が過ぎるのを待ってからになる」


 実数を聞く限りだと三か月を超えると中県の税収を割り込むな。南蛮州の租税を宛てて良いなら全く問題ないが、そのあたりの経理規則まで覚えてないぞ。


 皆はあの莫大な税収を一体何に使ってるんだ?


 三割でこれほどだというのに、八割位は当たり前だって聞いたが不思議でたまらん。


「是非皆に行京兆尹からお話しいただければ」


 知らないと言わせないための保険だな、それはやっておいてやろう。


「では内城前に聞きたい奴らを集めておいてくれ。二時間後に演説を行う」


「御意」


 こういうことにはハッタリが必要だな。あれをお披露目しておくか。


「李別部司馬、鉄甲兵を用意しておけ、帥旗と各種の軍旗もだ」


「畏まりました!」


 儀礼用の鎧に着替えておくか、後ろの方じゃ声も何も聞こえないだろうがそれはどうにもならん。


 慌ただしく準備が行われて、内城の演台にあたる四階部分に各種の軍旗が並べられた。


 『帥』『長安』『蜀』『島』『鎮南』『都督』『南蛮』が主で、直接指揮する軍勢でもある。


 随分と集まったもんだな。期待と不安の表れだと受け止めておくとするか。


「俺が島将軍だ!」


 腹の底から声を出した。住民がシーンと静まり返る。


「南蛮の地から遥々やって来たのは、助けたいと思う人が、友人が居たからだ!」


 孔明先生だけの為ってわけでも無いが、原動力はそこだ。


「皆にも守りたい者が居るだろう。それは家族であり、友人であり、身近な人達だ。戦争が起きている、見間違えようも無い事実がここにある!」


 誰か一人が止めようといってやめられるようなものじゃない、それは歴史が証明している。


 いつも戦争に巻き込まれて辛い思いをしているのは民だ。


「俺は自身の治める南蛮同様に長安にも平穏を認めた。日々の暮らしで少しでも感じてくれているならば、それこそが求める形だ!」


 治安が良くなったのは皆が感じていたようで頷いているのが多い。


 今までどこにも無かった理想郷、数年だけでも夢を見させてやりたいというのが願いだ。


「野蛮だと言われようとも、空想論だと蔑まれようとも、俺は未来を諦めん! 僅かな期間の平和の為に命を懸けて何が悪い! 長安を守り切れ! そうしたらお前達にも夢をみさせてやる!」


 兵士の気勢を受けて住民も声を上げた。声で空気が揺れるのが感じられる程に響く。


 長安全体に熱気が上がる、やるぞというのが伝播した。


 士気を上げるためにはまず実績だ、ここでやらずにいつやるって話だよ。


「俺の決意を見せてやる、鎮南軍出るぞ!」


「行京兆尹、どちらへ?」


 董団長が首を傾けて尋ねる。


「先制攻撃を加えて戻る。城壁から見ていると良い、指揮官が城の奥底で縮こまっていて戦争が出来るか!」


「ご領主様、いつでもご命令を!」


 親衛隊、護衛隊も出撃準備を終えている。騎馬に飛び乗り槍を手にして手綱を握った。


 南部軍に攻撃だ、藍田からでも見えるように一つ派手にやってやろうじゃないか。


 住民が見守る中、大通りど真ん中を進む。城門手前では初期の頃から付き従っている軍勢が主の降臨を迎え入れた。


「いいか、主力が緒戦で負けていては面目が立たん。お前達も後進にデカい面をしたければ敵の一人でも倒して誇ってやるんだ」


 真剣な空気の中で笑いを誘う。これで少しはリラックスしてくれたか。


「行くぞ。城門を開け! 俺に続け!」


 『島』『鎮南』の軍旗を翻して五千の軍勢が長安から出撃する。


 城壁の上は人で一杯だ、ギャラリーがこれほど多い舞台は気合いの入り具合が違うよ。


「一万くらいか」


 迎撃に出て来たのは『王』『荊州』の軍勢。王双偏将軍だったか、全く知らんが慢心はせん。


「様子見の戦いのつもりだろうが、生憎こちらはいつでも全力だ。正面からぶつかり敵将を討ち取るぞ!」


 檄に応じて兵が声を上げる。ビリビリと痺れるような気迫が漲っていた。


 これこそ戦場でしか味わえない醍醐味だ!


 双方ゆっくりと近づいて、弓矢の応酬が少しだけあり穂先を揃えて衝突する。


「南蛮製の鉄穂先はちゃちな鎧なぞ簡単に貫くぞ」


 鋼鉄を使った鋭い槍が一番分厚い鎧部分を難なく抜くことで優勢になった。少しばかり怖気づく魏兵の姿を間近で見ていたので機を逃さずに命令する。


「王将軍に向けて突き進め!」


 俺も行くぞ!


 護衛を伴い防備を固める戦線に錐を突き立てるかのように真っすぐと進む。軍旗が揺れている、中枢に食い込んだ証拠だな。


「一気に食い破れ!」


 騎馬を速足にさせて槍を構える。目の前には親衛隊が多重に居て矢の一本も通すまいと全神経を尖らせた。


 槍を振るって防戦している王双の姿がしっかりとみえる。


「道を開けろ!」


 駒を進めて王双の真正面に陣取る。




「俺は島将軍だ。貴様がこの部隊の指揮官か」


「そうだ。島将軍とはまさか?」


「そのまさかだ。ごたくはいらん、その首貰った!」


 馬を寄せて左手に相手を見て両手で持った槍で攻撃を繰り出す。周囲に居るのは親衛隊ばかりで手出しはしないが、敵に手出しをさせることもない。


「くっ、これは手強い!」


「王双将軍、覚悟しろ!」


 まるで子供相手にしてるかのようだ。リーチの差が丸々出てるぞ。


 槍を大きく斜めに振るって肩のあたりに叩きつけると落馬する。


「捕縛しろ!」


 両膝をつかせて縛り上げると、軍旗を折る。それを見た魏軍が散り散りに逃げ出していった。


「勝鬨を上げろ! 城に引き返すぞ!」


 ま、相手も油断して下っ端を繰り出してくれたおかげだな。名将、猛将が相手だと絶対に無理だった。


 背筋を伸ばして騎馬したまま長安に帰還する。入城するその瞬間ですら李信も李封も警戒を解かずにいた。


 真面目に勤務してくれて助かるよ。


「島将軍、御無事の帰還、心よりお喜び申し上げます」


「董丞、俺は本気だ。長安を守り切るのに手を貸してくれるな?」


「ははぁ!」


 口先だけだと思われていたんだろうが、これで少しは発言力が上がっていたら幸いだよ。


 いきなり総大将が出てきていたと後程知った夏侯尚は、地団駄踏んで悔しがったというのが印象的だった。



「本格的な守城戦か」


 城を護るのは根気と継続能力、裏打ちされる士気が保たれさえすれば不意打ちは無い。


 だが城門が工作で開放されるのだけは注意せんとな。


「董丞、長安の十二門についてだが」


「現在十二司馬が管理しております」


 十二人の城門司馬が居て、それぞれが専任で守りを固めている。所属している兵士も個別に抱えているんだったな。


「暗夜に内側から開かれた際の対策はどうだ」


「……司馬に裏切り者が混ざっていると仰りますか?」


 目を細めて抗議を挟む。何せ城門司馬は長安の住民でもある、出身は別としてもだ。


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