リセの決断
モランドさんとの激闘を征した私。
危ないところまで追い詰められたけれど、最後に引き当てたゴッドレアカード、竜騎士アイリスの力で、なんとか逆転出来た。
「やった……やったぁ! 勝てたよ! 嬉しいな! わーい!!」
私は嬉しくって跳び跳ねる。一時はどうなるかと思ったけど、本当に良かった!
怒濤のラッシュで唖然としていた観客のみんなも、次第に声を上げ始める。
「あの状況から勝つなんて……聖女様の実力は本物だ!!」
「あの力! あの神々しさ! あれがゴッドレアカードなのか!!」
「すごいぜゴッドレア! すごいぜ聖女様!」
沸き上がる人達の怒号のような声が響く中、フィールドいるアイリスが、倒れているモランドさんに向かっていった。
アイリスが手を翳すと、モランドさんのバトルリングの中から1枚のカードが浮かび上がってくる。それはサンダー・マジシャンのカードだった。アイリスはそのカードに剣を突き立てる。するとカードから黒い霧のようなものが抜け出て、空中に霧散していった。
「今のって……?」
アイリスは振り返り、私ににっこりと笑いかけてその姿を消した。
「うぅん……私はいったい……」
モランドさんが頭を擦りながら起き上がる。
その声は元の穏やかな声音に戻っていた。
「モランドさん、大丈夫!?」
「いけません、リセ様!」
私は慌てて駆け寄ろうとするけど、クルスさんに止められる。代わりに兵士さん達がモランドさんを取り囲む。
モランドさんは驚いた顔をした後、なにかを悟ったように顔を伏せた。
「これは……そうか、私は淀みの魔力に侵されて……」
どうやら性格も元のモランドさんに戻っているらしい。バトル中の出来事も覚えているみたいだ。
今のはアイリスが、モランドさんのカードを汚染していた魔力を消したってことなのかな?
それでモランドさんも元に戻ったってこと?
「ご無事ですか、聖女様。このようなことになってしまい、大変申し訳ない……弁明の余地もありません。この罪、私の首を以て償います故、どうかご容赦を……!」
覚悟に満ちた表情でそういってくるモランドさん。
ちょっ、首って!? 私は慌てて止める。
「そ、そんなこと駄目だよ! わざとじゃなかったんでしょ? 死ななくていいから!」
「いいえ、聖女様に数々の無礼を働きながらおめおめと生き長らえるなど、国を代表するカードバトラーとして決してあってはならぬこと。それにゴッドレアカードの力、そして聖女様の実力、とくと見せて頂きました。私に思い残すことはもはやございません。さあ兵士殿、その剣で私の首を跳ねてください!」
「だから駄目だってば!! 思い残して!! 私は平気だし、それに……モランドさんだってすごく強かったよ! 最後のターン、私もうダメかもって思ったもん。こんなハラハラしたバトルは初めてだよ。すっごく楽しかった!!!」
私は歩み寄ってモランドさんの手を掴む。
そう、楽しかった。これほど白熱したバトルは元の世界でもそうそう味わったことがない。
死なないでとか、自分を責めないでとか、色々言うべきことはあるだろうけど、私が一番伝えたいと思ったのは、その言葉だった。
「私、この世界の人達ともっともっとバトルしてみたい! モランドさんともまた戦いたいよ」
「聖女様……こんな私と……またバトルして貰えるのですか……?」
「もちろん! 何度でも戦おうね!」
私が強く頷くと、モランドさんは感極まったように泣き崩れた。そこへ王様が歩み寄ってくる。
「モランドよ。其方の処遇は、バトルを行った聖女に決定権がある。その聖女が許した以上、我らが口出しすることはない。よってこの度の其方の行為は、全て不問とする!」
王様がビシッとまとめて、周りからも喝采が上がる。
よかった、なんとか納まったみたい。ホッとしていると、急に視界がぐにゃりと歪んで地面が浮き上がってきた。
あれ? どうなってるの?
「聖女様!!」
「リセ様!!」
周りの人達やクルスさんが駆け寄ってくるのが見える。ああ、地面が浮き上がってきたんじゃなくって、私が倒れてるんだ。
そう気付くと同時に、頭の中に暗幕がかかるように私の意識は薄れていった。
目を覚ますと、そこは昨日私に与えられた寝室だった。私はベッドの上に横になっていた。
「リセ様、お目覚めになりましたか」
ベッドの横にはクルスさんが座っていた。
ホッとした顔で私を覗き込んでくる。
「クルスさん……私、寝てたの?」
「ええ。始めての実体バトルで、きっと緊張の糸が切れてしまったのでしょう。医者がいうには身体に異常はないので、ご安心ください」
起き上がって動いてみるけど身体に痛みは残っていない。バトルをしても怪我をしないというのは本当みたいだ。
それにしても倒れちゃうくらい疲れるなんて、実体バトルは1日にそう何度も出来そうにないね。ちょっと残念かも。
「そうだ、モランドさんは!?」
「モランドは医務室で身体に異常がないかを調べています。同時に城内のカードに他に淀みに侵されているものが無いか、総力を上げて調査中です」
「そっか……良かった」
「そして国王様からは、この度の貴女の活躍に感謝の意を示すと言葉を預かっております。さらに姫様からーー」
「待って、待って! そんないっぺんに言われても判んないよ」
とにかく悪いことは起きてないみたいで良かった。
ちょっとカードバトルをしてみるだけのつもりだったのに、なんだか大変なことになっちゃったな。
これから私がなにをするべきか。それはモランドさんとの戦いの後のアイリスの行動を見て、なんとなく理解できた。あれが淀みの魔力を浄化するってことなんだ。きっと私がカードバトルで勝つことで、アイリスはその力を発揮するんだ。
モランドさんのような優しい人を豹変させて、カードバトルを危険なものに変えてしまう淀みの魔力。そんなものを放置していたら、たくさんの人が危険に晒されて怖い思いをしてしまう。だったら私がやることはもう決まっている。
「ねえ……クルスさん」
「はい」
「私、聖女ってやつ、やってみるよ」
「よろしいのですか? 我々はありがたいのですが、リセ様にとってはお辛いことなのでは?」
「うん。上手く出来るか判らないし、ほんというと怖い。でもやってみる」
心配そう尋ねてくるクルスさんに笑って見せる。
バトルは痛かったし、怖い気持ちもあるけど、なにもしないで落ち込んでいるよりは、自分に出来ることをやってみたい。
もしかしたら元の世界に帰る方法だって見つかるかもしれないし、なによりこの世界のバトルをもっともっと味わってみたいしね!
こうして私は異世界で聖女として戦っていくこととなった。
この世界を守るために、頑張らなくちゃね。