降臨 ゴッドレアカード
サンダー・マジシャンの攻撃がブレード・ドラゴンに迫る。
サンダー・マジシャンのAPは2300。対するブレード・ドラゴンのAPは2000でこちらが負けている。
ここでブレード・ドラゴンがやられたら、私の勝ち目はなくなってしまう。
「くっ……」
私は手札に残しておいたカードを見る。これを使えばなんとかなるけど……使ったらまた私が痛い思いをしなきゃいけない。
さっきのキャットメイジの攻撃で判ったけど、淀みの影響なのか、明らかにモンスターの攻撃が強くなってる。コスト1モンスターの攻撃であの痛さなんだから、高コストのサンダー・マジシャンの攻撃はもっと痛いだろう。
だけどこのままなにもしなければブレード・ドラゴンが破壊されてしまう。
ああもう、迷ってる暇なんかないよ!
私は意を決して手札のカードを使った。
「マジック、テレポートゲートを使用するよ!」
「マジックカードだと!?」
マジックカードとは戦闘をサポートする効果を持ったカードのことだ。モンスターと違って基本的に使いきりで、使用すれば捨て札になるけれど、うまく使いこなせばバトルを有利に運ぶことができる。そして今がその時だ。
「このカードの効果で、相手モンスターの攻撃を自分フィールドの別のモンスター、またはプレイヤー自身へと移し変えることができる! 私のフィールドに別のモンスターはいないから……サンダー・マジシャンの攻撃対象を私自身に変更する!!」
「自分自身に!?」
半ばやけっぱちで叫ぶ私に驚愕の表情のモランドさん。
サンダー・マジシャンが翳した杖の先に空間が歪んだ丸い渦のようなものが現れだ。杖から放たれた稲妻はその渦の中に飲み込まれて消える。そして新たな渦が私の頭上に現れ、そこから稲妻が私目掛けて降り注ぐ。
「ぐぎゃああああああ!!!!」
雷に撃たれたような衝撃に、私は悲鳴を上げる。猫ちゃん達の攻撃とは比べ物にならない痛みが全身を走り、やけつくような熱さに包まれた。
「あぐっ! うぐっ……ぎゃあぁ……」
こ、これがエース級モンスターの攻撃……! い、痛すぎるよぉ……!
地面に横たわってビクビクと身体を震わせる私を見て、モランドさんを始め観戦しているみんなが目を丸くしていた。
「あの攻撃を自分から受けにいくなんて、正気か……?」
「しかし聖女殿はどうしてマジックを使ってまで自らのライフを削るような真似を……? 追い詰められてヤケを起こしたのか?」
見ていた人達には私の意図が理解できないらしい。なんかひどいこと言われてる気がするけど……違うもん! 作戦だもん!
「いいえ違いますわ。あれは聖女様の高度な戦略です」
ざわついているみんなの呟きに、一人だけ意を唱える人がいた。
……ってお姫様だ。
「エルマよ、戦略とはどういうことだ?」
「はいお父様。モランドのライフは残り2つ。聖女様の手札は残り1枚。恐らくあれはモンスターカードでしょう。次のターンのドローが未確定である以上、ブレード・ドラゴンが倒されていた場合、新たにモンスターを引いてモランドのライフを削り切れるかは運任せとなります。しかしこのターン、ブレード・ドラゴンを生き残らせたことにより、次のターンに二体のモンスターでモランドのライフを確実に削りきることが出来ます。モランドがブレード・ドラゴンを狙ったのもそのためです。だから聖女様はブレード・ドラゴンを守るために、自らのライフを犠牲にしたのです。痛みを恐れることなく、勝利の可能性を掴むために」
お姫様の言うとおりだ。私がこんな痛い思いをしてまでブレード・ドラゴンを守ったのは、バトルに勝つため。
いきなり変なことになって驚いたけど、やっぱりどんなバトルでも負けたくはないし、勝つための道筋があるのなら、それを逃したくない。
元の世界で経てきた色んな人達とのバトルで教わった大事なことだ。
それにしても私の意図が一目で判るなんて、お姫様もけっこうバトル出来るのかな?
まだ痛みの残る身体を叱咤してよろめきながら立ち上がると、モランドさんがパチパチと手を叩いてきた。
「ククク、素晴らしい。素晴らしいですよ聖女様。戦局を見極める判断力もさることながら、自らの身を呈して勝利を掴もうとするその執念! とても初めての実体バトルだとは思えない!」
「えへへ……ありがとね……正直、バトルの中じゃなかったらこんなに痛いの絶対嫌だけど、これで勝ちに繋がるなら安いものだよ!」
そういって強がってみるけど、身体はまだ痺れているし足は生まれたての小鹿みたいにガクガクだ。怪我はしないといっても、これは精神的にきつい。自分でもよく堪えてると思う。
「ですがその努力も無駄なこと!! ターンエンドの前に、私もマジックカードを使わせて頂きます。マジック、リカバリーオーラを発動!
このカードは本来1コストですが、自分のターンならばノーコストで使用出来ます! 効果はフィールドのレスト状態のモンスター1体をスタンド状態に回復させること! 私はサンダー・マジシャンを指定する!!」
「ええっ!?」
モランドさんもマジックカードを使って、サンダー・マジシャンをスタンド状態に戻した。
「リカバリーオーラで回復したモンスターは、このターン攻撃をすることは出来ません。ですが次のターンに貴女の攻撃を防ぐ壁にはなります。私はこれにてターンエンドです」
モランド:ライフ2 チャージ0/6 手札0
《フィールド》
・サンダー・マジシャン:魔導族 コスト6 AP2300 スタンド状態
・キャットメイジ:魔導族 コスト1 AP400 レスト状態
・キャットメイジ:魔導族 コスト1 AP400 レスト状態
……これは参った。言葉も出てこない。
サンダー・マジシャンが回復したことで、私は少なくとも次のターンに3体のモンスターで攻撃しなきゃ、モランドさんのライフを削りきることが出来なくなってしまった。
さっき3つダメージを受けたので私のチャージ値は7まで増えている。そのうち2つはブレード・ドラゴンの追加コスト支払いに充てるとして、残りは5コスト。そしていま手札にあるのはちょうどコスト5のメタルアーマー・ドラゴンだけだ。AP2400の大型モンスターでサンダー・マジシャンにも勝てるけれど、このモンスターを召喚すればコストを使いきってしまう。例えドローでモンスターを引いてチャージフェイズを飛ばしたとしても、新たに召喚は出来ない。
かといって次にターンを回せばモランドさんは残ったモンスター達で確実に私のライフを削ってしまうだろう。やはり私が勝つには次の私のターンでなんとかするしかない。
「私のターン。スタンバイ、ドローフェイズ……」
宝石から現れるカードに手を伸ばす。だけどその手は震えていた。あんな痛い思いをしてまで繋いだ勝利への道筋なのに、このドローの引きが悪ければ全てが無駄になってしまう。
そう思ったらカードを引くのが怖くなってくる。
「どうしました? 早くドローしてターンを進めなさい」
急かしてくるモランドさん。こっちは心の準備が必要だっていうのに……!
「この一枚が勝敗を決するのですね……!」
「聖女様……」
私の姿を固唾を飲んで見守る王様やお姫様、兵士さん達の視線もなかなかにプレッシャーだ。
だけど、なんでだろう……こんなピンチの状況なのに、私の心は弾んでいる。
何を引いて、このバトルがどう転ぶのか、ワクワクしている。
「運命の……ラストドロー!!!」
私は高らかに叫んでリングから現れたカードを引き抜いた。
さあ、運命のカードは!?
「…………これって!」
私は引き当てたカードを見て、思わず目を見開いた。
そうだ、この子がいるのを忘れていた! 最高のドロー、最高のカードだ!
この勝負、勝てる!
「行くよモランドさん! チャージフェイズは飛ばしてメインフェイズ! 私はブレード・ドラゴンの追加コストを支払って能力の制限を解除するよ!」
まずは予定通りブレード・ドラゴンの追加コストを支払う。ブレード・ドラゴンは頭の角をより鋭く輝かせ、力強い雄叫びを上げた。
「そしてさらに4コストでモンスターを召喚!」
意気揚々とチャージゾーンのカードを4枚タップする。 召喚するのはメタルアーマー・ドラゴンじゃない。さっき引き当てたカードだ。
「竜の御霊をその身に宿し、白刃閃き闇を断つ! 顕現せよ、神の力! 竜騎士アイリス、召っ、喚!!!!」
バトルボードに置かれたカードが眩く輝き、その光の中から美しい少女の姿が現れる。白銀の鎧を身に纏い、流れるような銀髪を靡かせて大地に降り立つ。
天使か女神を思わせるあまりに神々しいその姿に、私を含むその場にいた全員が息を飲んでいた。
「それは……そのカードはまさか……!?」
「そう、これがゴッドレアカード、竜騎士アイリスだよ!!」
私が最後の最後で引き当てたのは、ゴッドレアカード・竜騎士アイリスだったのだ。まるでアニメみたいなタイミングで来てくれたものだから、思わず笑いそうになった。
アイリスの頭上にステータスが表示される。
・竜騎士アイリス:戦士族 コスト4 AP2500 SP1
「コ、コスト4で私のサンダー・マジシャンのAPを上回るだと!? それにSPまで……」
モランドさんがアイリスのステータスを見て戦慄している。
ブレード・ドラゴンと同じコストでありながら、コストの高いサンダー・マジシャンを越えるAP。同コスト帯でこれほど高いAPを持つモンスターは他に見たことがない。そしてなにより重要なのがSPと呼ばれる数値だ。ストライクポイントといって、これを持つモンスターが相手のモンスターを破壊するとその数値だけ相手のライフを奪うことができる。つまり、SP1を持つアイリスがいればモランドさんのライフをこのターンで削りきることが可能だということだ。
「バトルフェイズ! 竜騎士アイリス、サンダー・マジシャンに攻撃!! ドラゴニック・ソウル・スラッシュ!!!」
私はアイリスでスタンド状態のサンダー・マジシャンに攻撃を仕掛ける。
アイリスは氷のように研ぎ澄まされた剣を抜いて、サンダー・マジシャンに斬りかかった。サンダー・マジシャンは稲妻を放ってアイリスを迎撃するものの、その攻撃はアイリスの剣一振りであっさり弾かれ、そのまま横凪ぎに切り裂かれた。サンダー・マジシャンは無念そうに顔を歪め、光になって消える。
「サンダー・マジシャンが !!」
「モンスターストライク! モランドさんのライフを一つ貰うよ!」
そしてアイリスの剣から放たれた針のようなオーラがモランドさんの身体を貫き、モランドさんのライフが一つ減らされた。
「うぐううう!!」
「そして最後の一撃!! ブレード・ドラゴンでモランドさんにダイレクトアタック!!!」
私は高らかに最後の攻撃を宣言する。
ブレードドラゴンはレスト状態で座っているキャットメイジ達を無視して、モランドさんに一直線に向かう。
そしてモランドさんの眼前で勢いよく反転してモランドさんのお腹に尻尾を叩きつけた。
「おごわぁあああああああ!!!!」
尻尾に叩かれたモランドさんは悲鳴を上げながら勢いよく吹っ飛んだ。
同時にライフが0となり、勝負が決する。
「やったぁ!! 私の勝ちぃ~!!」
私は天高くVサインを掲げる。ブレード・ドラゴンも勝ち誇るように雄叫びを上げて、アイリスも満足げに笑っている。
やった! この世界に来て初めてのバトルに勝った!!