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異世界のカードバトル

 私がグランデュエラーズに出会ったのは、小学4年生の時だった。

 初めはクラスの男の子達が教室に持ってきていたカードを見て興味を抱いた。かっこいいドラゴンのイラストが描かれたカードだった。いかにも男の子が好みそうなデザインだったけど、私はそのドラゴンにすっかり魅せられてしまった。


 対戦型のカードゲームだということを知ると、ルールを覚えてバトルを始めた。お小遣いでカードを買ったり、友達と交換したりしてデッキを作り上げて、どんどんのめりこんでいった。今ではバトルを教えてくれた子達よりも上達して、ジュニアクラスの最上位ランク、ゴールドランクにまでのし上がった。去年は全国大会にだって出場してる。

 カードバトルは私にとって一番の趣味だ。友達と恋バナとかおしゃれも嫌いじゃないけど、今は強豪がひしめくこのカードの世界で戦い続けることが、私にとって一番の楽しみだった。

 だけど……だけどこんなーー




「ーー異世界に連れてこられるなんて、思ってなかったよぅ……」

 

 白いシーツを掴んで、私は泣きそうな声を漏らす。


 今いるのは豪華な調度品が置かれた広い部屋だ。私は天蓋つきの大きなベッドの上で子猫のように丸くなり、膝を抱えていた。

 ここは異世界グランタジア。私はゴッドレアカードとかいう不思議なカードの力で、この世界に連れてこられた。

 この世界は淀みの魔力とかいう悪い力のせいで、なんだか大変なことになっているらしくて、私はこの世界を救う聖女として呼び出されたらしい。


「帰りたいよぅ……お父さん……お母さぁん……」


 私は不安に震えていた。

 いきなり連れてこられて聖女をやれだなんていわれても、納得できるわけがない。やられたことは誘拐と一緒だ。

 昨日は王様達の前でわんわん泣きじゃくって、慌てた兵士さん達によってこの部屋へと連れてこられた。そのまま泣き疲れて眠ってしまった。

 もしも夢なら醒めてほしいと願ったけれど、一夜明けても状況は変わらない。ご覧の有り様だ。

 私、これからどうしたらいいんだろう……

 ベッドの横のテーブルには私の荷物が置かれている。デッキやカードを入れた小さなバッグだ。そこに私がここに来た元凶であるゴッドレアカードも入っている。

 私は複雑な気持ちでゴッドレアカードを取り出し、それを手に取って見る。


「このカードのせいで……こんなの貰わなきゃ良かった……」


 一瞬、くしゃくしゃにして窓からポイしてやりたい気持ちに駆られたけれど、これはこの世界の人々にとってとても大事なものらしいのでやめた。

 カードは大事に扱うのが、カードバトラーとして最低限の礼儀だ。


「ゴッドレアカードかぁ……一体どんなカードなんだろ?」


 カードのイラストに描かれているのは白銀の鎧を纏った美しい女の子だ。カードの装飾はハイレアより豪華なキラキラ仕様。いかにも特別といった感じがする。

 一体どんな効果が書いてあるんだろう? 私はまだ目を通していなかったカードテキストを読んでみたーー




「うーん、コンボの威力を高めるなら、このモンスターは必須だよね。でもコストが重いなぁ。積みすぎると事故が怖いなぁ……」

「聖女様、聖女様」

「いっそ防御札を減らして攻撃重視にするのもありかな。あえてライフを減らして、ドローカードで手数を増やして反撃を……」

「聖女様」

「……ってうわぁ!? なに!?」


 テーブルにカードを並べて悩んでいると、急に声をかけられた。

 驚いて振り返ると、そこにはキリッとした出で立ちの背の高い男性が立っていた。


「ひゃっ、誰!?」


 女の子の部屋に勝手に入ってくるなんて!? いや、そもそもここは私の部屋じゃないか。でもこれってアリなの!? プライバシー的に!

 混乱する私に、男性は恭しく礼をして口を開く。


「失礼しました。招き入れられてから何度も声をかけていたのですが、応じて貰えなかったもので」

「へ? 招いたって、私が?」

「はい。外から呼び掛けて入室の許可を頂いたのですが、ずっとそちらに夢中になっておられて……」

「あー、そういうこと……」


 これは多分アレだ。デッキ構築に夢中になりすぎて、周りからの声にずっと生返事してたパターンだ。

 家でもご飯に呼ばれてるのに返事だけして出ていかなくて、お母さんによく怒られたっけ。よくやっちゃうんだよね。


「ごめんなさい。気付いてなかったの。決して無視してたわけじゃないよ」

「いえ、いいのです」


 男性は優しく微笑むと、姿勢を正して私を見つめてきた。


「改めまして、私は聖女様の護衛の任を預りました、クルス・サンライアンと申します。身の回りのお世話も務めさせて頂きますので、なんなりとお申し付けください」


 毅然とした佇まいで礼をするクルスさん。私は「はあ」と曖昧に会釈を返す。

 海外の映画俳優みたいなかっこいいお兄さんだ。やや癖のある赤毛に、それとは対照的な紺碧の瞳。見上げるような長身なのに、穏やかで優しそうな顔立ちのおかげで威圧感は感じない。

 だけど私に護衛なんているのかな? 大袈裟じゃない? それともここは私みたいな子供が一人でいたら、すぐ誘拐されちゃうような治安の悪い国なのかな? 外国って行ったことないからその辺の感覚がよく分からないなぁ……

 色々考えながらぼーっと見上げていると、クルスさんの視線がテーブルに向いていることに気付いた。そこには私がデッキとして構築したカードが並べられている。大切なゴッドレアカードも一緒だ。


「ふあっ、ご、ごめんなさい! これはあの、カードのテキストを読んでたら、ついデッキを作ってみたくなって……それでその……」


 私は慌てて取り繕う。ゴッドレアカード『竜騎士アイリス』は、その名に恥じず凄いステータスと効果を持ったカードだった。しかも私のデッキとの相性も抜群で、無性にコンボを組んでみたくなったのだ。

 幸い大会で使ったデッキやサイドカードを入れたストレージボックスも一緒にこの世界に来ていたので、それらを使ってアイリスの力を活かせるようにデッキを再構築していた。

 クルスさん、怒ってるかな……? 神様がくれた大事なカードを勝手にゲームに使おうとして……

 だけど私の緊張とは裏腹に、クルスさんは感心した様子で私のデッキを眺めていた。


「これが聖女様のデッキですか。昨日は戦うことを拒否されていたようですが、こうして早くもデッキを組んでくださるとは」

「ふえ? デッキって分かるの?」

「はい。カードバトルに使うカードの束のことですよね。私は生憎カードバトルには疎いのですが、これを使ってなにを行うのかは存じています」

「本当!? じゃあやっぱりこの世界でもカードバトルするんだ!」


 儀式に使うとかいわれてたから、なにかもっと難しいことをやるのかと思っていた。

 バトルをするというなら話は別だ。がぜん興味が湧いてきた。


「ルールは私達の世界と同じなのかな? カードプールはどうなってるんだろ? 禁止や制限のレギュレーションは? うわあ、この世界の環境がどんなのか見てみたいなぁ! 全然知らないカードとかあったりして!」


 私は興奮して早口で捲し立てる。あまりに興奮しすぎて、クルスさんがきょとんとしているのにしばらく気付かなかった。


「あの、聖女様……」

「はっ!? ご、ごめんなさい。つい受かれちゃって……」

「いえ、お気になさらず。落ち込んでいると訊いていたのですが、存外元気そうで安心しました」


 クルスさんはそういってほっこりと笑った。

 そういえば、私が置かれた状況はなにも変わってないんだよね。家には帰れないし、異世界で一人ぼっち……。だけどカードに触ってたら、いつの間にか不安や寂しさが薄れていた。

 改めて考えるとやっぱり不安や恐怖が込み上げてくるけれど、もう昨日みたいに泣いたりはしない。そのくらいの心の余裕は出来た。

 我ながら単純というか、カードバカだなぁと思う。友達にもそう言われたことがある。

 しょうがないじゃん! 好きなんだもん!


「もし我が国のカードに興味がおありでしたら、カードバトル修練場へ案内いたしましょうか。そこでは城仕えのカードバトラー達が日夜研究を重ねています。彼らに話を聞くと良いでしょう」

「本当!? 行ってみたい! 案内して!!」

「畏まりました」


 私はクルスさんに先導され、カードバトル修練場とやらに向かう。

 あ、その前にひとついっておかないと。


「ねえ、クルスさん。聖女って呼ぶのはやめて。私の名前は月花梨瀬だよ。ツキハナが名字でリセが名前」

「判りました、リセ様」

「様もいらないんだけどなぁ……まいっか、行こう!」


 私は意気揚々と歩き出した。

 異世界のカードバトル。どんなのか楽しみだなぁ!


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