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スターターデッキ

 朝早くから私はカードとにらめっこしていた。

 いつもならクルスさんが起こしにきてくれるまでベッドの上でぐっすりなんだけど、今日は日の出と共にベッドを出て机に向かった。ていうか寝てない。夜中もずっと起きててデッキの構築を考えていた。


 昨日の思いつきはまさに天啓だった。


 スターターデッキ。それはカードバトルの初心者でも扱いやすいように構築された入門用のデッキのこと。元の世界ではどこのカードショップでも売ってあり、基本的にカードバトルを始める人はまずそれを買ってバトルに慣れることから始める。そしてバトルに慣れてきたら独自の改良をしたり、自分で集めたカードで自分だけのデッキを組んだりして戦うのだ。


 思えば昨日クルスさんに貸してあげたデッキは上級者向けで、初心者にはコンボが複雑で扱いが難しいものだった。 強いデッキを作ることばかり考えて、使う相手のことを考えていなかった。それじゃあ駄目だ。バトルを楽しんでもらうには、まず段階を踏まなきゃ。

 そのためのスターターセットだ。シンプルでなおかつけっこう強い。かつて私もお世話になった懐かしの構築済みデッキのレシピを思い出しながら、私は元の世界から持ってきたストレージボックスを漁り、必要なカードを探していた。


「うーん、駄目だ。パーツが足りない。このストレージに入れてるカードは大会のサイドデッキとフリーバトル用だからなぁ。初心者向けのカードはあんまりいれてないんだっけ」


 手持ちのカードではスターターデッキに相当するデッキは作れそうにない。強力だけどリスクの高いものや複雑な組み合わせで強くなるものばかりだ。


「そういえば宝物庫にはカードがたくさんあったよね。頼めばあそこのカードも使わせて貰えるかな?」


 前にデッキを強化したいといったとき、クルスさんはお城の宝物庫からカードを貰えばいいといってくれた。今度もそこから使わせて貰えないかな?

 だけど今回は聖女の使命に使う私のデッキを強化するわけではなく、あくまで趣味で作るデッキのためだ。

 それでも許して貰えるだろうか?


「とりあえず訊いてみよう。駄目だったらショップに買いにいけばいいしね」


 ショップで買うにはお金がかかるけれど、そこは私が持ってるレアカードを二、三枚売ればすぐに資金調達出来る。カードは財産。こないだ知った。国がお金を出してくれなくても大丈夫だ。

 善は急げと私は部屋を飛び出した。

 こういうとき尋ねるのはもちろんエルちゃんのところだ。

 頼りになるお姫様のもとへ、いざ、レッツゴー!




「宝物庫のカードでしたら、どうぞご自由に使ってくださいな」

「やったあ!」


 エルちゃんの言葉に私はぐっとガッツポーズをとる。

 事情を説明すると、エルちゃんは快く承諾してくれた。

 ちなみにエルちゃんはまだ起きたばかりみたいで、いきなり部屋を訪ねたから驚いていた。よく考えるとまだ明け方だったよ。

「私寝てないから」っていうと「寝ていないのなら仕方ありませんね」って納得してくれた。

 勢いで飛び出したけど、もっと周りの迷惑も考えるべきだったね。反省。


「ありがとう。それじゃ必要なカードだけ貰うね」

「初心者向けに構築された万人に使いやすいデッキですか。昨日のガンスリンガーといい、リセさんの世界には面白いものがあるのですね」

「こっちにはないの? スターターデッキとか構築済みデッキみたいなの」

「ええ。デッキは魔法石から出たものを元に、個人個人が知恵を振り絞り自らの力で作るものという認識ですから。それに得意とする戦法もそれぞれ違いますし、同じ内容のデッキを量産して売ろうなど誰も考え付きもしませんでした」

「そうなんだ」


 そういえば昨日戦ったお城のカードバトラーさん達も、カードショップで戦ったゴウシさん達も、みんなそれぞれ異なるテーマで組まれた自分だけのデッキを持っていて、誰一人同じデッキを使っている人はいなかった。


「じゃあさ、スターターデッキみたいなのをこの世界でも売り出したら、もっとバトルやる人が増えるんじゃない? そしたらもっともっとバトルが盛り上がるよ!」

「そうですね。誰もが気軽にバトルを始めるきっかけになるなら、そういったものを作るのも良いかもしれません」


 私の話に食い付きがいいエルちゃん。この世界では新しい試みだけど、好意的に捉えているみたいだ。


「リセさん。よければリセさんの作るスターターデッキというものを私にも見せて頂けませんか? 今後の参考にしたいので」

「いいよ。じゃあ一緒に行こっか」

「ええ」


 私達は連れ立って宝物庫へ向かった。

 



 宝物庫にはガラスのケースに入れられ丁寧に保管されたレアカードがずらりと並べられている。この世界でのカードの価値を知ったいま、それらを前にした私は思わず萎縮してしまった。カードショップに置いてあったレアカードとは比べ物にならない数のカードがここには揃っている。いったい全部で何億、いや何兆円くらいするんだろう?

 前に一度来たときは博物館みたいだーってはしゃいでたけど、今は足を踏み入れることにも腰が引けていた。


「どうしたのですか、リセさん。お入りください」

「う、うん……」


 エルちゃんに背中を押されてようやく宝物庫に入る。エルちゃんは全く緊張してない。これが庶民と王族の差か。

 頑張れ私、聖女でしょ。そもそも今必要なのはレアカードじゃないから、そんなに緊張しなくてもいいって。

 豪華なレアカードが並べられている傍らで、壁際にいくつもの木箱が積み上げられている。用があるのはこっちだ。


「たしかコモンカードはこの箱だったよね」

「ええ。コモンやアンコモンなど価値の低いものはその箱の中にまとめてあります。あまり整理されていないので目当てのカードを探すのは大変だと思いますが」

「大丈夫だよ。こういうのの中からカードを探すのも楽しいからね」


 木箱を開けて、中に詰まったカードの山を掘り起こしながらいう。

 ちょっとした宝探し気分だ。背後には本物のお宝がずらりと並んでいるんだけど、私的にはこっちのほうがワクワクする。

 カードを一枚一枚確認しながら、必要なものを取り出していった。 


「えっと確か戦士族メインのスターターの構築は、これと、これと、あとこのマジックも入ってたっけ。それと……」

「なるほど。いたってシンプルなビートダウンデッキですね。モンスターで攻めてマジックで守る。戦いの基礎を学ぶのに適した易しい構築ですね」


 エルちゃんは私が集めたカードを見ただけでデッキの戦術を見抜いていた。相変わらずの慧眼だ。


「でしょ。エースモンスターの効果も単体で完結してて分かりやすいし、これなら初心者でも楽しく戦えるよね」

「ええ。流石に私達のデッキと比べれば力不足に感じますが、初心者でも安定して戦える良いデッキだと思います。これを量産すれば、本当に誰もが気軽にカードバトルを初められるようになるかもしれませんね」

「うん。あとお店でこういうデッキの貸し出しとかすれば、カードを買うお金がない人でもバトルが出来るよ」

「その発想はありませんでした。リセさん、あなた天才ですか!?」

「いや、元の世界で普通にやってたことを言っただけなんだけど……」


 とりあえず話してる間に必要なカードは揃った。

 これで初心者向けスターターデッキの完成だ。


「よーし、これをクルスさんに渡して、使い心地を確かめて貰おう! 喜んでくれるかなあ?」

「きっと喜びますわ。ですがその前に叱られるのが先でしょうね」

「えっ!? なんで!?」

「だってリセさん、城の中とはいえ護衛のクルスを置いて、一人で歩き回っているんですもの。ここに来ることは伝えていないのでしょう? きっと心配していますわ」


 そうだった! クルスさんの仕事は私を守ることなんだから、私が勝手に動き回っちゃったらクルスさんに迷惑がかかっちゃうんだ! せめて声をかけてからくるべきだった!

 きっと今頃、部屋に私がいなくて慌てているだろう。そういえばゴロンもまだ寝てたから、ベッドに置いてきたままだったっけ?

 先走りすぎでしょ、私! これも寝てないせいだ!


「あわわわ……どうしよう? クルスさんに叱られる……クルスさんが怒ったらすごく怖いよ……!」


 私は以前カーティスさんに対して凄んでいたときのクルスさんの姿を思い出して、ガタガタと震えていた。

 いつも優しいクルスさんだからこそ、怒ったときのギャップが怖い。

 もしあんな怖い声で怒鳴られたら、泣かない自信がない。いや、確実に泣く。すでに泣きそうだ。


「ごめんねエルちゃん! 私、クルスさんに謝ってくる!」

「はい。いってらっしゃいませ」


 なぜか楽しげなエルちゃんに見送られて、私はクルスさんのもとへと急いだ。

 今日は朝から走ってばっかりだ! 寝てないのに!

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