バトルの布教
私はいま、お城のカードバトル修練場に来ている。実体バトルを行うための野外修練場じゃなくて、戦略、戦術、デッキ構築を詰めるための屋内修練場のほうだ。
長方形の広いテーブルに座った私は、お城仕えのカードバトラーさん達が見守る中、対面に座るクルスさんとバトルリングを使わない卓上バトルをやっていた。
「ええと、ソードナイトで攻撃です。いかがなさいますか、リセ様」
「プチワイバーンで防御。さらにマジック、パワーオーラを使ってスカイワイバーンを強化するよ。これでソードナイトは返り討ちだよ」
「この場合、ソードナイトは破壊されて捨て札になるのでしたね。それではもう一体のソードナイトで攻撃を……」
「ああっ、駄目だめ! その子まで攻撃しちゃったら、次のターンにクルスさんを守るモンスターがいなくなっちゃうよ。ライフ少ないんだから、防御要員は残しておかないと」
「そうなのですか? 難しいものですね……」
テーブルに並んだカードを見ながら、難しそうに唸るクルスさん。
基本的なルールは覚えたけど、戦略とかはまだよく分からないみたい。
カーティスさんとの戦いから数日。私はバトルの疲れを癒すために、しばらくの間お休みを貰っていた。
実体バトルで受けたダメージは身体に残らないといっても、精神的な疲労は溜まる。淀みの魔力が相手ならなおさらだ。事実、あの戦いの翌日、私は丸一日寝込んでしまった。それで心配したクルスさんが教育係のゾラさんに頼んで、私が本調子に戻るまでレッスンやお勉強をしばらくお休みにして貰ったのだ。
その空いた時間を使って、私はクルスさんにカードバトルのやりかたを教えていた。前にも話したけど、クルスさんにもバトルを好きになってほしいからね。
クルスさんに似合いそうな戦士族テーマで組んだサブデッキを貸して、対戦を通して基本的な回しかたを覚えてもらっているところだ。
「どうクルスさん、バトルは楽しい?」
「すみません。まだ少し理解が追い付かなくて……」
「そ、そっか……」
あんまり楽しくなさそうだ。
私がしょんぼりすると、クルスさんはハッとして続けた。
「で、ですが実際にやってみることで、奥が深いものだと感じることが出来ました。戦いかたをきちんと覚えれば、私も楽しめるかと思います」
その言葉に私はパアッと笑顔になる。
「だよね! だよね! 私も最初は優先権とか対象を取るとか取らないとかルール分かんなくてぐるぐるだったけど、覚えたら一気にハマったから。クルスさんだってきっと楽しくなるよ!」
「ええ。それにバトルを覚えることで、私もリセ様の力になれるやもしれませんので。これからもご指導のほどよろしくお願いいたします」
「そうだね。よーし、そしたら次は野外修練場で実体バトルをしてみよっか」
「それはいけません。なんの為のお休みなのかお考えください」
外に出ようとして止められた。駄目だったか。
実体バトルのほうが派手だし、もっとバトルの楽しさを伝えられると思うのになぁ。
でもクルスさんのことだから、実体バトルだと私をモンスターで攻撃するのをためらいそう。淀みの魔力がなくても、モンスターの攻撃は痛いからね。「護衛である私が、リセ様を傷つけるわけにはいきません」とかいいそうだし。
となるとまずはやっぱり卓上バトルで、バトル自体の楽しさを知って貰わなきゃ。
とりあえずこのバトルは私が勝って終わらせて、そのままクルスさんと二戦目をやろうと思ったけれど、その前に周りにいたカードバトラーさんが次々に話しかけたきた。
「聖女様、次は我々のお相手を」
「私ともぜひお手合わせを」
相変わらずみんな私と戦ってみたいようだ。
以前に野外修練場で実体バトルをしたときも、結局数人としか出来なかったから、まだ戦ったことない人はたくさんいる。せっかくだから私もみんなと戦ってみたいけど……。
「今はクルスさんにバトルを教えてるところだし……」
ちらりと目をやるとクルスさんは気を遣って席を開けてくれた。
「私のことならお構い無く。リセ様の戦いを見学していますので」
「そう? じゃあみんな、順番にバトルしよ」
「よっしゃ! じゃあ一番手は俺だ!」
「いやいや俺が!」
「俺に決まっているだろう!」
私が挑戦を受けると、 みんな私が座るテーブルの対面の椅子を我先にと取り合う。その勢いは多分この中じゃ一番力が強いはずのクルスさんも押し退けてしまうほどだった。
クルスさんは苦笑して席を離れ、私の後ろの定位置に戻った。
バトルはやりたいけど、これは熱狂的過ぎるね。
「もう、喧嘩しないで! ちゃんとみんなとやるから!」
言い争いに発展しそうだったので、簡単にルールを決める。順番は名前順。一人一回勝負。勝っても負けても次の人に席を譲る。
それで納得してもらい、ようやくバトルが始められる状況になった。
テーブルの向こうにずらりと並ぶカードバトラーさん達を見て、私はつい呟いた。
「なんだか私だけ得するガンスリンガーみたいになっちゃった」
「リセさん、ガンスリンガーとは一体何ですの?」
「ふえっ? エルちゃんいたの!?」
気付けば私の背後にエルちゃんが立っていた。いつの間に入ってきてたの!? お姫様が入ってきてたのに、誰も気付いてなかったみたい。カードバトラーさん達は慌てて畏まって敬礼する。唯一気付いていたらしいクルスさんが小さく苦笑するのが見えた。
エルちゃんはそんなみんなに怒ることもなく笑って返した。
「楽にしてくださいな。少しリセさんの様子を見に来ただけですので。それでリセさん、ガンスリンガーというのは?」
「ああ、ガンスリンガーっていうのはね……」
エルちゃんにガンスリンガーが何なのかを説明する。
ガンスリンガーとはカードゲームの大会でよく用いられる試合形式だ。
参加者達は複数の卓でそれぞれ同時にバトルを行い、勝った人は得点を得てそのままその席でバトルを続け、負けた人は後ろに並んだ人に席を譲って別の卓の最後尾に並ぶ。そうして制限時間内に数多くのバトルを行い、一番多くの得点を取得した人が優勝するというシステムだ。
参加人数が多い大会でよく用いられる手法であり、これを予選にして上位数名で決勝トーナメントを行うなど様々な方式がある。
制限時間内により多くのバトルが出来るほうが有利になるので、速攻型のビートダウンの私のデッキと相性がよく、私が好んで参加していた試合方式だ。前の世界で最後に出た大会もガンスリンガーだった。あそこで商品としてアイリスを貰って、この世界に来たんだよね。
こっちの世界ではやってなかったことらしく、エルちゃんはその説明を興味深そうに訊いていた。
「なるほど。大勢の中から強者を選び出すには効果的な方法ですね」
「たくさん試合したほうが有利だから、ロックとかスロースターターなデッキだと相性が悪いこともあるけどね」
「ええ。ですが参考になりました。お父様と相談してみますわ。ありがとうございます、リセさん」
「ん? どういたしまして?」
いきなりお礼をいわれて首を傾げる。なんなのかと尋ねる間もなくエルちゃんは一礼して部屋を出ていった。
王様と相談って、なにするんだろ? カードバトルの大会でも開くのかな? だったら私も参加したいなぁ。
「まあいいや。バトルしよ!」
国の行事はエルちゃんや王様の管轄だ。
私が口出しすることじゃないし、用があるならその時に呼ばれるだろう。
私はデッキをシャッフルして、カードバトラーさん達との対戦を始めた。




