戦う理由
お城についた私達は、外出用のワンピースから格式高いドレスに着替えて、王様が仕事している執務室へ向かった。
ある程度の事情は先に兵隊さんを通じて伝えられているらしい。私達はその詳しい補足をするのだ。
失礼にならないように、ゾラさんに教わった淑女のマナーを必死で思い出していると、いつの間にやら執務室に着いていた。
「入りますわよ、リセさん」
「は、ひゃい」
いきなり噛んだ。先が思いやられる。
ノックをして入室の許可を得ると、エルちゃんと共に執務室のドアを潜った。
「お父様。エルマ並びに聖女リセ。参りました」
「うむ。待っていたぞ」
紙とインクの匂いが充満した、意外と質素な部屋の中、たくさんの書類や本が置かれた机に王様が座っていた。その背後には秘書らしき男性が立っている。
私達は一礼して王様の前に立つ。ちなみにゴロンはさすがに連れて入っちゃ駄目っていわれたので、外で待ってるクルスさんに預かってもらった。カードに戻してバトルリングの中に入れてても、勝手に出てきちゃうかもしれないからね。
「この度の出来事は訊いている。聖女よ、先走った行動とはいえ、民を守るために戦ってくれたこと。まずは感謝の意を述べよう」
「ふえ……き、恐悦至極、ありがたき幸せにござりまする」
王様のお礼に精一杯丁寧だと思う言葉で返すと、隣でエルちゃんが小さくため息を吐いた。
今のダメだった? もう付け焼き刃で教わったマナーなんか思い出せないよ……
泣きそうになっていると、逆に王様は険しかった表情を少し緩めた。
「そう怖がるでない。そなたの行動は問題であったが、別に罰するつもりはない。そんな首を取られる前の兎のような目をするな」
怒られるかと思ってたけど、案外やさしい言葉をかけてくれる。
ていうか私、どんな目をしてたの? 王様、そんなの見たことあるの?
「聖女よ。我が知りたいのは淀みの魔力に侵されたカード、そしてそれを持ち去ったという人物についてだ。そなたの感じたことでいい。出来るだけ詳しく話してくれ」
「は、はい!」
言われた通り私はカーティスさんと戦ったときのことを思い出しながら話し始めた。
淀みの魔力に侵されたカードのステータスや効果がどれだけ強力なものだったか。それを使っていたカーティスさんがどんなに怖かったか。バトルでどんなに苦戦したか。それからバトルに勝った後に現れたフードの人のことも。
敬語は習ったことを意識しすぎるとめちゃくちゃになるらしいので途中で「もう喋りやすいように話せ」っていわれたし、バトルの内容を説明するときはつい力が入り過ぎて何度もエルちゃんに窘められてしまったけれど、最後まで話すことが出来た。私、偉い。
「では、その人物は淀みの魔力に侵されたカードを再び魔法石に変えて持ち去ったのだな?」
「はい。カードって魔法石に戻せるの……ですか?」
「いいや、開封されたカードを魔法石に戻すことは普通なら不可能のはずだ。聞けば流通している魔法石とも違ったようだし、なにか我らの知らぬ特別な技術や魔法が使われていたのかもしれん。それはこれから調べさせよう」
私の話からすぐに対策を練り始める王様。
淀みの魔力が発生してるってだけでも大変なはずなのに、そこに敵っぽい人まで現れちゃって、きっとこれから大変になりそうだ。
あれ? 一番大変なのって、実際戦う私なんじゃ?
「ご苦労であったな、聖女よ。下がってよいぞ。部屋に戻って休むといい」
「は、はい! 失礼つかまつる!」
退室の許可が出たので私は一礼して部屋を出る。咄嗟にまた変な敬語になってしまったけど。
エルちゃんはまだ王様と話があるみたいで、執務室に残った。なんの話か気になったけれど、難しい政治の話は訊いても判らないので,そのままそこで別れた。
「またね、エルちゃん」
「ええ、リセさん」
エルちゃんもショップのみんなや騒ぎを訊いてやってきた衛兵さん達に事情を説明したりして疲れてるだろうに、大変だなあ。
執務室を後にした私は、廊下で待っていたクルスさんとその腕に抱かれていたゴロンと対面する。
クルスさんは当然として、ゴロンも大人しく待ってたみたい。良かった。
「お疲れ様でした、リセ様」
「ぎゃう!」
「ただいまクルスさん、ゴロン。疲れたぁ~」
部屋を出て数歩歩いたところで、私は壁にもたれてだらんと脱力する。町に行って、カーティスさんと実体バトルもやって、そのうえ王様との対面までしたのだ。今日はいろいろありすぎた。もう体力も気力も限界だ。
はーっと息をつく私に、クルスさんの手から離れたゴロンが飛び付いて顔を舐めてくる。労ってくれてるのかな?
「あははっ、くすぐったいよゴロン」
「リセ様、かなりお疲れのようですが、部屋まで歩けますか?」
「んー、きついけどがんばる」
ゴロンを肩に乗せて、よっこらせっと姿勢を正すが、足がふらついて再び壁に寄りかかってしまった。あれ、私、自分で思ってるよりやばい?
どうやら張り詰めていた糸が切れてしまったみたいだ。油断したら倒れそう。
そんな私にクルスさんが近寄ってくる。
「リセ様、失礼します」
「ふえ? クルスさんなにを……きゃっ!?」
いきなり抱き上げられた。しかもお姫様抱っこだ。いや、お姫様はエルちゃんだから、私は聖女様抱っこ? ああもう、いきなりのことで頭が混乱してる。
「ク、クルスさん降ろして! 恥ずかしいよ……」
「無礼は承知の上です。ですがこうさせてください。……リセ様のこんなにも軽く、小さな身体に、どれだけの負担をかけていたのかと思うと、私はやりきれないのです」
「クルスさん……?」
胸に抱いた私を見下ろすクルスさんの顔は、とても悲しそうだった。ううん、悔しそうかな?
クルスさんは抱えた私を揺らさないようゆっくりと歩きながら語りだした。
「先日も、そして今日も、貴女を守る騎士でありながら、私はなにも出来ませんでした。貴女に迫る危険を排除することも、貴女の代わりに戦い、痛みや苦しみを肩代わりすることも。剣を振ることしか能がない私は、カードバトルで傷付く貴女を見ていることしか出来ない。それが歯痒くて仕方ないのです……!」
嘆くような悲痛な声が静かな廊下に響く。
クルスさんは優しくて、仕事熱心な人だ。与えられた護衛の任務をこなそうと頑張ってるんだね。実際私は頼りにしてるし、こうして甘えちゃってる。
だけど私がバトルするときクルスさんは手出しが出来ない。ゲームのルール上、無傷で勝つなんてほとんどあり得ないから、ダメージを負うのは必至だ。だからクルスさんがどんなに強い騎士でも、私がカードバトルをする限りは私が傷付く姿をじっと見てなきゃいけない。
クルスさんの優しさが、その声から、抱き締められた腕の温もりから伝わってくる。
だけどね、クルスさん。私もクルスさんがそんな風に思ってしまうことが辛いよ。
「クルスさん。私はね、バトル楽しいって思ってるよ」
私はカーティスさんとの戦いの中で感じたことを口にする。
バトルは辛くて苦しいものじゃない。見ている人も笑顔でいられるエンターテイメントであってほしい。だから戦ってる私がそれを伝えなきゃ駄目なんだ。
「そりゃあモンスターの攻撃は痛いし、今日なんて虫とか蛇に集られて気持ち悪くて泣きそうだったよ。でもね、バトルは本気で挑んだから楽しかった。相手のコンボをどうやって崩そうかとか、どんな戦略を立てて戦おうかとか。最後にデッドヒート・ドラゴンが来てくれて逆転出来たときは本当に嬉しかったよ。だからクルスさんも私のバトルを、辛そうとか苦しそうとか、そんな後ろ向きな気持ちだけで見ないでほしいな」
「ですが……」
「約束して。私はどんなバトルをしても、必ず笑顔でクルスさんのもとに帰ってくるから。だからクルスさんは私を笑顔で迎えて」
「……判りました。リセ様がそう望まれるのならば」
「そうだ! よかったらクルスさんもカードバトルを始めてみない? ルールを覚えてバトルの流れが分かるようになれば、私がやられるとこばかり気にしなくてよくなるんじゃないかな? やり方教えるし、デッキも予備のを貸すよ。ううん、クルスさんなら騎士だからドラゴン族よりも戦士族デッキのほうが似合うかな? だったら新しく組んだほうが……あっ、でもこの世界のカードってすごく高いんだっけ!? 戦士族なら必須パーツがあるんだけど、いくらぐらいするのかなぁ……」
クルスさんに抱っこされたまま私はデッキ構築を考え出す。クルスさんがバトルを始めてくれたら、エルちゃんやカードバトラーさん達に会いにいけないときでも、いつだってバトルが出来るもんね。ふとした思いつきだったけど、私にとって最高の発想じゃないかな、これ。
クルスさんはきょとんとしていたけど、いつの間にか笑っていた。優しい瞳で私を見つめながら。
「ありがとうございます、リセ様。その提案は前向きに考えさせて頂きます。ですが部屋に戻ったらすぐにお休みくださいね」
「えー、せめてプロキシで仮組みだけでも……」
「いけません。我儘をいうと、子守唄を歌って寝かしつけますよ」
「ぶー。けちー」
クルスさんに抱かれたまま、部屋に連れられていく。
ちゃんとカードバトルの楽しさは伝えられたかな? 笑ってくれてるなら、きっと伝わってるよね。
いつかエルちゃんやクルスさん、モランドさんやゴウシさん達も呼んで、みんなでカードバトルがやりたいな。聖女とか世界の危機とか関係なく、ただみんなで楽しむ賑やかなバトルを。
リセが去った後の執務室。
国王とエルマは親子らしからぬ険しい面持ちで対面していた。
「……淀みの魔力と、それを裏で操り暗躍する人物か。我々が思っているよりも事態は悪い方向に進行しているようだな」
「ええ。各地で報告される被害の規模から考えても、町中であれほど大きな力に遭遇するとはまだ思っていませんでした。リセさんがあの場で戦ってくれなければ、町や民に被害が出ていたでしょう。彼女の向こう見ずには困りましたが、結果的には大いに助けられました」
「エルマよ。お前から見た聖女の印象はどうだ?」
「実力、人柄、心構え共に申し分ありませんわ。少々落ち着きがなくて礼節は欠けますが、それを補って余りある魅力も持っています。なんというのでしょう。人を惹き付けるような人懐こさというか、守ってあげたくなる保護欲といいますか」
「確かに年齢の幼さを差し引いても面白い人物だな。なんだあのトンチキな喋り方は。笑いを堪えるのに苦労したぞ」
「ええ。リセさんは強く、そして愛くるしいお方です。そんなリセさんがどれだけその身を削って戦っているのか、お父様はご理解いただけていますか? 擬音ばかりのおかしな説明で伝わり辛かったでしょうが、今日のバトルは本来なら彼女のような子供が耐えられるものではありません。戦いを放棄して逃げ出さないことが不思議なくらいです。あんなことを続けていたら、いずれリセさんの身体と心が持たなくなる日が来ますわ」
「判っている。その為の対策は進めている。各国との協力体制の強化。それに……」
「聖女を支援する、精鋭カードバトラーによる近衛部隊。宝札騎士団の設立ですわね」
「そうだ。未だ選定の段階で、いましばらくは聖女に負担を強いることになるが、彼女一人にばかり重荷を背負わせることは決してせん。我らも共に戦い、この国を、いや世界を守るのだ」
「私も尽力致しますわ。この国の王族として。そしてリセさんの友人として」
王とエルマは頷き合う。
戦うリセの姿は、彼らの決意にも火を灯していたのだった。




