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闇との遭遇

 バトルが終わりモンスター達が消えていく。

 そんな中、アイリスは倒れているカーティスさんの元へ向かっていった。

 モランドさんのときと一緒だ。アイリスがゴッドレアカードの力で、カードに宿った淀みの魔力を浄化しようとしているのだ。

 アイリスが手をかざすと、カーティスさんのバトルリングの中から4枚のカードを浮かび上がって、空中に並ぶ。出てきたカードは3枚のジャイアント・アトラスと、蟲毒の壺だ。それらからはまだ、どす黒い淀みの魔力が漏れ出ている。アイリスはその4枚に斬りかかった。

 だけどその切っ先がカードに届く直前、何かがアイリスとカードの間に割り込んできた。


「おっと、勿体ないことはやめてくれよ。せっかく力を蓄えたのにさ」


 アイリスの剣が見えない壁のようなものに弾かれる。そのまま押し返されるようにしてアイリスの姿は消えていった。

 割り込んだのは黒いフードを被った人だった。


「だ、誰!?」

「やあ聖女ちゃん。ナイスファイト! 4枚もの淀みのカードを相手に勝つなんてやるねえ。それとも、使ったバトラーがへぼすぎたかな?」


 フードから覗く口許をにっと吊り上げ飄々と笑う謎の人。顔は見えないけど、多分若い女の人……いや、男の人かな? マントで身体は隠されているし、声音もどちらとも判別が付けづらい。

 ってそんなこと気にしてる場合じゃない。その人の手には淀みの魔力に侵された4枚のカードが握られていた。

 

「っ! だ、駄目だよ! それ持ってたら危ないよ!」

「あっははは、この状況でボクの心配する、普通? お人好しだねえ」 


 淀みに侵されたカードを手にしているのに、フードの人はカーティスさんやモランドさんのような怖い雰囲気にはならない。どういうこと? この人は淀みの魔力を浴びても平気なの?

 突然の事態に困惑していると、クルスさんが私の前に躍り出て、フードの人に剣を向けた。


「お下がり下さい、リセ様! 貴様、何者だ! そのカードをどうするつもりだ!」

「何者かはいえないなぁ。顔隠してる時点で察しろよバーカ。このカードは回収させて貰うよ。元々ボクらのものなんだから、持って帰っても問題ないでしょ」


 その人がカードを両手で握り込むと、カードは魔法石に戻った。だけどそれはお店で見たものとは違う、黒い魔法石だった。


「じゃあね、聖女ちゃん。近いうちにまた会いに来るから。そのときも良いバトルを見せてね」


 フードの人はそういって魔法石を掲げる。その魔法石から黒い煙のようなものが出て来て、フードの人の身体を包み込んだ。次の瞬間、フードの人の姿が跡形もなく消えていた。

 手品!? ううん、魔法だ! やっぱりここはファンタジーな世界だった。


「逃げられたか……何者なんだ、奴は一体」


 クルスさんは悔しげに呟くと、剣を収めて私に振り返る。


「リセ様、お身体は大丈夫ですか? どこか痛いところは?」

「ふえっ? うん、平気だよ。バトル中はすごく痛かったけど、終わったらあんまり感じなくなった」

「それは良かった……」


 安堵した表情を浮かべるクルスさん。

 クルスさんに続いて、エルちゃんや周りにいたみんなも駆け寄ってきた。


「リセさん。よくやってくださいました。信じていました。信じていましたが……とても心配しました」


 エルちゃんが、ぎゅっと抱きついてそういってくる。


「ありがとう……約束通り、私、勝ったよ!」

「ええ……!」


 瞳を潤ませながら、本当に嬉しそうに頷くエルちゃん。もしかしたら、私のバトルを誰よりも止めたがっていたのはエルちゃんなのかもしれない。だけどお姫様として自分の気持ちを圧し殺して、みんなのことを諌めていたんだ。辛かったのは、私だけじゃなかったんだね。


「そうだ、エルちゃんはさっきの人のこと、なにか分かる?」

「すみません。私にも見当が……ただ、私達の味方でないことは確かなようです」


 エルちゃんにも分からないのか……。なんだか淀みの魔力を操ってたようにも見えたし、悪い人なのかな? 

 声とか雰囲気は親しみやすい感じだったけどなあ。

 

「なあリセ嬢ちゃん。あんたが聖女だってのは、本当なのか?」


 考え込んでいると、ゴウシさんが尋ねてきた。そういえばみんなの前でそう名乗っちゃったんだっけ? 

 そりゃ気になるよね。


「それはえっとね……」


 どうしよう? 今更否定しても無理だよね。自分で名乗ったし、ゴッドレアカードなんてものまで見せちゃってるし。

 迷っているとエルちゃんが伊達メガネを外して答えた。


「事実ですわ。リセさんは異界より導かれし救世の聖女。世界を蝕む淀みの魔力を浄化するために、神の力を携えてこの世界に降り立ったのです。この国の第一王女であるこの私、エルマ・ガルネシアがその名に誓って証言します」

「そうだったのか! それにエルお嬢さんが王女様だって!? し、知らなかったとはいえ、俺達ゃとんだご無礼を……!」


 私と、ついでにエルちゃんの正体まで知らされて、ゴウシさん達は一気に畏まる。

 普通に接してた相手が実はお姫様と聖女だったなんていわれたら、そりゃそうなるよね。

 だけどそんな風に畏まられても私は困る。


「普通にしてていいよ。エルちゃんはお姫様だから偉いけど、私は別に偉いわけじゃないから」

「だ、だけどよう……」

「私もこの姿の時は『エルお嬢様』で構いません。いちカードバトラーとして対等に扱ってくださいまし」


 メガネをつけ直して微笑むエルちゃん。

 以前いってた、カードバトルはだれでも平等に行う権利があるってやつだね。バトルフィールドの上じゃお姫様も市民も関係ないんだ。


「ですが、今は王女として皆様にお願いがあります。どうか私共の正体とここで起きた出来事は、いましばらくご内密に。皆様の胸の内に秘めておいてはもらえないでしょうか」


 その場いる人達にエルちゃんはそういった。

 急なお願いにみんな困った様子だ。


「内密にって言われてもなぁ……」

「俺達もなにがなにやらさっぱりで……」

「もちろん当事者である皆様方には、今から可能な範囲で事情を説明させて頂きます。しかし無用な混乱を避ける為、外部の者には知り得た事実を漏らさぬようお願いしたいのです。正式には近日中に国から発表がありますので、それまでの間はどうか」


 真摯な態度でお願いするエルちゃんに、みんなは戸惑っている様子だ。ついさっきお姫様だって知らされた相手が、こんな風にお願いしてくるんだもん。もう頭がついていってないのかもしれない。

 だめ押しに私も「お願いします!」頭を下げておく。お姫様と聖女のダブルお願いだ。


「……分かったぜ。リセ嬢ちゃんは俺達を守って戦ってくれたんだからな。ただ黙ってるだけなんて、その恩返しにしちゃ軽すぎるくらいだ」


 少しの沈黙の後、ゴウシさんがそう答えた。

 それに続いて他の人達も口を開く。


「俺もだぜ! リセちゃん達を困らせたくねえからな!」

「俺も! 口が軽いから自信ねえけど……」

「そんときゃ俺がダブりのカードを口に突っ込んで止めてやるよ!」

「ひでえ!!」

「店内の修繕費を補償してくれるのであれば。ついでに傷のついたレアカードの買い取りなどもお願いしたく……」

「店長、それは欲張りすぎです」


 あっという間に賑やかな雰囲気となった。

 やっぱりみんな気のいい人達ばかりだ。

 素敵なカードバトル仲間に出会えて、本当に良かった。




 みんなへの事情の説明を終えた私達は、城へと帰ることにした。来るときはクルスさんと護衛さんも一緒の馬車──といっても私達は中で、クルスさん達は護衛のために外にいた──だったけど、帰りは二人の護衛さんだけ新たに用意された別の馬車を使った。カーティスさんを城へ連行して、淀みの魔力に侵されたカードを手に入れた経緯などを尋問するのだそうだ。うまくすればフードの人の正体とかも分かるかな?


 バトルでは痛い目にあったし、口も性格も悪い印象しかないのだけど、あまり酷いことはしないように頼んでおいた。

 反省して、まっとうなカードバトラーになってくれるといいな。


「リセさん、お疲れのところ悪いのですが、城へ戻ったら一度お父様のところへ向かいましょう。一緒に来て下さい」


 お城に近づいてきたころ、エルちゃんがそういった。


「お父さんって……王様? 私、会っていいの?」

「ええ。今回の出来事は直接話しておくべきです。町に淀みの魔力が発生していたこと。それによる被害が出たこと。それを操っていたと思わしき人物が現れたこと。あと、リセさんが聖女であることを勝手に明かしてしまったことも」

「さ、最後のも言わなきゃダメ……?」

「私も一緒に謝ってあげますから」


 エルちゃんの笑顔が怖い。やっぱり聖女であることを明かしたのはまずかったのかな? 怒られちゃうのかなあ?

 王様って初めて会った日以来、ちゃんと会って話したことないんだけど、印象は威厳があって厳しそうな人だった。怒ったらすごく怖そうだ。

 城が近づくに連れて、私はカーティスさんとのバトルを始める前と同じくらい緊張してきた。 

  

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