カーティス襲来
「ブレード・ドラゴンで攻撃!」
「ぐわっ! ま、負けた!!」
「おい、またリセ嬢ちゃんの勝ちだぞ!? これで何連勝だ!?」
「すげえぞこの子!?」
バトルスペースでバトルをする私。誘ってくれたゴウシさんを初めとして、色んなお客さんと連続で戦っていた。
今回は実体バトルじゃなくて普通にカードを使った卓上バトルだ。
実体バトルの方が派手でスリルもあるけど、痛いし疲れるから、たくさんの人とやるなら卓上バトルのほうがいいね。
「サラマンドラ、ノームの二体で攻撃です」
「ふ、防ぎきれん! やられたぁ!!」
「リセ嬢ちゃんだけじゃない。エルお嬢さんのほうも勝ってるぞ! 二人ともなんて強さだ!!」
「こんな子達がいたなんて……!!」
いつの間にかエルちゃんも参加していたみたい。あっちも順調に勝ってるみたいだ。元の世界でやってたフリー対戦みたいで楽しい。
あっ、ちなみにゴッドレアカードの竜騎士アイリスは封印してるよ。こんなところで使ったら、私達の正体がバレて騒ぎになっちゃうかもしれないからね。
デッキをカットしながら次の対戦相手を待っていると、最初に戦ったゴウシさんが対面の席に座った。
「いやー、驚いた。リセ嬢ちゃん達がこんなに強かったなんて。俺らも本職じゃないとはいえ、ここらじゃけっこう名の知れたバトラーなんだがな。これじゃ面目丸つぶれだぜ」
「そんなことないよ。みんなだって強かったよ。私が知らないコンボもたくさん見せてもらったし」
「ははっ、世辞でも嬉しいねえ。どうだい、俺ともう一戦」
「いいよ、やろう!」
プレイマットにデッキを置いて、いざゴウシさんとの再戦を始めようとした、その時だ。
「なんだァ? ずいぶん賑やかじゃねえか」
背後から、がらの悪そうな声が響いた。
聞き覚えのあるその声に、私は思わず身を竦める。
「カーティス! お前、やっと来やがったか!」
ゴウシさんが名前を呼ぶ。振り返ると、以前私達に難癖をつけてきたお兄さん、カーティスさんが不遜な態度で私を見下ろしていた。
襟の立った真っ黒いコートを着て、腕や首にじゃらじゃらと金属のアクセサリーをつけている。こんな感じの人だったっけ?
「久しぶりに来てみれば、みんな揃って金持ちのガキとの接待バトルか? ご機嫌取ってレアカードでも恵んで貰おうって魂胆かよ? あァん?」
バトルしている私達を見て、心底馬鹿にしたような目でそういってくるカーティスさん。
賑やかで楽しいバトルだったけど、彼にはそんな風に歪んで見えるらしい。
これにはゴウシさんが憤慨して立ち上がった。
「なにいってやがる、カーティス! この子達はなあ、わざわざあの日のことを詫びに来てくれたんだぞ! お前こそ、このリセ嬢ちゃんに謝りやがれってんだ! それにこの子達の実力は本物だ! 最初は手加減してやろうと思ってたが、その必要もなかった! 俺達の誰も勝てねえくらい強えぞ!」
すごい剣幕で怒鳴るゴウシさん。カーティスさんの失礼な態度にすごく怒ってるみたいだ。
あと、私達に手加減してくれるつもりだったんだね。見かけによらず優しいね。
「こんなガキ共に揃いも揃って全敗だと? ひゃははは! 情けねえ! やっぱりろくなレアカードも持ってないカス共はバトルする価値もねえってこった!!」
なんだか発言が前より酷くなってる。以前はレアカードを持ってるお金持ちを僻んでいる感じだったけど、今回はレアカードを持ってないみんなを馬鹿にしてる感じだ。どんな心境の変化があったんだろう?
ていうかこの感じ、前にどこかで見たような……
「その点俺は違うぜ! このハイレアカードを組み込んだ最強デッキがある! 俺のことをバカにしてた金持ち野郎共も、お前ら底辺カスバトラーも、まとめて蹴散らしてやるぜ!! ひゃはははは!!」
カーティスさんはコートの内ポケットからデッキを取り出して高らかに掲げる。
そのデッキから黒い霧のようなものが漏れ出ているのが見えた。私はそれを見てハッとする。
「あれは……淀みの魔力!?」
私と同じくエルちゃんも気付いたらしい。驚いた声を上げていた。
以前、モランドさんのカード、サンダー・マジシャンを侵食して、モランドさん自身も悪人のように豹変させていた淀みの魔力。それと同じものがカーティスさんの持つデッキから感じられた。
「リセ様! お下がりください!」
「姫……エル様もこちらへ!」
クルスさんと護衛の二人が私達を守るように立ち塞がる。みんなあのときのモランドさんを見ていたから、その恐ろしさは身に染みて知っている。
だけどそのことを知らないゴウシさん達は、警戒することなくカーティスさんに近付いていった。
「おいカーティス。お前また酔っぱらってんのか? なんか変だぞ。カードからなんか零れてるし……」
「だめ! 離れてください!」
「失せろ、カス共が!」
エルちゃんが呼び掛けるが、遅かった。
カーティスさんがギンッと睨み付けると、ゴウシさん達は見えない力のようなものに吹き飛ばされた。
「ぐわああっ!!」
「ゴウシさん!!」
吹き飛ばされたゴウシさん達は椅子やテーブルをなぎ倒して壁に激突する。
突然の事態に、店の中は騒然となった。
「う、うわあああ! なんだあれ!?」
「カーティスのやつ、なにしやがったんだ!?」
「お、俺の店がぁ!!」
「ひゃははははは! ざまあねえぜ!!」
悲鳴を上げて戸惑う人達。店内の惨状に嘆く店員さん。
そしてこれだけのことをしでかしておいて、カーティスさんは心底愉快そうに笑っている。
騒乱の中、クルスさんが私の手を引いた。
「リセ様、こちらへ! 早くお逃げください!」
「えっ、でも……!」
逃げていいの!? だってあれ、淀みの魔力に侵されてるんだよね? だったら今こそ聖女の私がなんとかしなきゃいけないんじゃないの!?
そういう風に考えたのも一瞬。これだけの惨状を生み出しておきながら、歪んだ表情で笑い続けるカーティスさんの姿を見て、私は身体を震わせた。
怖い。あんな人と戦うなんて出来っこない。
心の中の臆病な自分がそう呼び掛けてくる。
「リセさん……ここは退きましょう。あれほどの大きな魔力。相手の力は未知数です。幸い私達の正体は知られていません。城に戻って兵とカードバトラーを引き連れて、万全の体勢を備えてから挑むべきです」
エルちゃんもそういってくる。
そうだ。モランドさんと戦ってたときと違って、今はまだバトルを始めていないから、私はこの場を離れたっていいんだ。
聖女だからって、なにも一人で戦わなくたっていいんだよね。もっと相手のデッキや戦いかたを研究して、確実な対策を立ててから挑んだっていいんじゃないか。ううん、もしかしたら私が戦う前に、誰かがカーティスさんを倒して止めてくれるかも。
そんな甘えた考えがふつふつと湧いてくる。
戦いたくない。怖いのは嫌だ。そんな後ろ向きな感情を覆い隠すように。
「クルス、この場は頼みましたよ」
「はっ、お任せください」
エルちゃんが声をかけると、クルスさんが私達を庇うように前に出てカーティスさんに対峙した。
それを見た私は狼狽える。
「待ってエルちゃん! クルスさんはここな残るの!?」
「勿論です。私達がここを離れるまで、誰かが彼を抑えていなくてはなりません。その適任者はクルスしかいないのです」
「そんな……でも……」
エルちゃんのいうことは尤もだ。お店の出口はカーティスさんの後ろにあるから、私達がここを出ていくためには誰かがこの場に残ってカーティスさんの注意を引き付けておく必要がある。それは私達の護衛であり、この場で一番強い騎士であるクルスさんが適任なのだ。二人の護衛さんは、私達をお城まで送り届ける役だ。
だけどさっきのカーティスさんの力を見たら、いくらクルスさんでも戦いを挑めば無事では済まないように思えた。きっと怪我をする。いや、もしかしたら怪我では済まないかもしれない。
そう思うと、今までとは違う恐怖が込み上げてきた。
私はどうしたらいいんだろう……?
「うう……」
そのとき、壁に持たれていたゴウシさんがうめき声を上げた。
私はハッとして振り返る。
「ゴウシさん!?」
「危ない……リセ嬢ちゃん……早く……に、逃げろ……」
強く身体を打って、立ち上がれないらしいゴウシさん。それでも私達を気遣ってくれる。
その姿に私は気付かされた。自分がなにをするべきかを。なんのためにここにいるのかを。
逃げ腰になってどうするの、私! 聖女として戦うって決めたんじゃない!
「エルちゃん、クルスさん。私、逃げない……戦う!」
「リセ様!?」
私は私達を守るクルスさんの前に出てそういった。
「リセさん、いけませんわ。ここは一旦退いて……」
「やだ! これ以上、カードのせいで苦しめられてる人も、カードのせいで悪いことする人も放っておけない! いまここにいる私が止めなきゃいけないの!! だって私は選ばれた聖女なんだから!!」
自分を奮い立たせるようにそう叫ぶ。
正直、自分が聖女に選ばれた理由なんて判らない。元の世界には、ううん、この世界にだって、私より強いカードバトラーはたくさんいるはずだ。
だけど、いま選ばれてここに立っているのは私なんだ。
「聖女だと?」
カーティスさんが私に目を向けてくる。黒く淀んだ瞳が舐めるように睨み付けてくる。
怖い……っ、でも!
「そうだよ! 聖女、リセ・ツキハナがあなたを侵食してる淀みの魔力を浄化してあげる! 私とカードバトルで勝負だよ!!」
一歩前に出て、左腕のバトルリングを掲げて見せる。
それを見た周りの人達がざわつき始めた。
「聖女って、おとぎ話に出てくる伝説の……?」
「リセ嬢ちゃんが……まさか……いや、でもあの強さ……」
「聖女? お前みたいなガキがそうだってのか? ひゃははは! ホラにしたってもっとマシなもんをつくもんだぜ!?」
みんな私の言葉が信じられないようだ。カーティスさんに至っては心底馬鹿にして大笑いしている。
そうだよね。町の人達は淀みの魔力による世界の危機も、この世界に聖女が召喚されたこともまだ知らされていない。いきなり聖女なんて名乗っても混乱するだけだ。
でも構わない。私はここで聖女の務めを果たしてみせる!
「どうするの? バトルを受けるの?」
「ふん、挑まれたからには受けてやろうじゃねえか。お前には恥をかかされた恨みがあるからな! ぶっ倒してレアカードを全部奪い取ってやるぜ!!」
私の挑戦を受けたカーティスさんは、棚から落ちて床に転がっていたバトルリングを拾い、左腕に装着する。
しれっとお店のものを盗んだ。あとそれは逆恨みだ。
「来い。実体バトルで勝負だ!」
裏口から店を出ていくカーティスさん。
ついていこうとすると、袖を引いて止められた。
エルちゃんだ。珍しく怒った顔をしている。
「リセさん。勝手なことをして。貴女が聖女だということを公表するのは、まだ先の予定だったんですよ。それなのに……」
「ごめんね。でも黙ってられなかったの。絶対に勝つから許して」
「当然です。聖女を名乗った以上、もはや負けることは許されません。必ず勝ってください」
「わかった! クルスさん、護衛さん達、エルちゃんと中の人達をお願いね!」
私は明るく笑ってそういって、店の外へ出ていく。
「リセ様!」
その背中にクルスさんの声がかかった。私はもう一度だけ振り返る。
歯痒そうな表情を見せるクルスさんは、他にいいたそうな言葉を噛み潰すようにしてこういった。
「どうか……ご武運を」
「うんっ!」
私は親指を立てて、店の外に出た。




