お店への謝罪
カードショップを訪れてから、数日経った日のことだ。
その日のお勉強と各種レッスンを終えて、部屋でゴロンと遊んでいた私のもとにエルちゃんが訪ねてきた。
そしてこういった。
「カードショップへお詫びに行きましょう」
あのお店にはなんやかんやで迷惑をかけてしまった。どちらかといえば私達は絡まれた側だったけど、騒ぎの元になったことに変わりはない。働いていた店員さんや周りにいたお客さん達には少なからず不快な思いをさせてしまっただろう。
そのお詫びに改めて行こうというのだ。
あの日以降、なかなかエルちゃんの時間が取れなくて数日空いてしまったが、それでもきちんと誠意を示しておきたいそうだ。
エルちゃんは立派だなあ、と感心する。私はこの数日、なにも気にせずにデッキを弄ったりゴロンと遊んではしゃいでただけだったよ。
これがお姫様として育ったエルちゃんと、聖女になりたての一般庶民の私の違いなのかな。私ももっと聖女らしい態度をとるべきかなぁ?
「当事者であるリセさんとクルスにも同行を願いたいのですが、リセさんはあそこで嫌な思いしていますので、もし行きたくないのなら無理強いはしません。どうなさいますか?」
「私も行くよ。エルちゃんだけに謝りに行かせるのはいやだし」
「ありがとうございます。それでは支度を」
私はエルちゃんに連れられ、町に行く格好へ着替えに行く。
お詫びもちゃんとしなきゃだけど、出来たらまたカードを買ってみたいし、ショップにいたカードバトラーさん達と会うのも楽しみだ。今度はバトルも出来るかもしれない。
私は期待に胸を膨らませた。えっ、ぺたんこじゃないかって? うるさいよ!!
再びやって来ました城下町。そして件のカードショップ。
私とエルちゃんは例によって豪華さを抑えたそこそこお嬢様の格好で身分を隠している。クルスさんもラフな一般的用心棒スタイルだ。
前と変わったのは、私の肩にゴロンが乗っていることと、さらに護衛の人が二人増えたことだ。前回、クルスさん一人では私を護衛しきれなかったため、外出時は護衛を増やすことにしたらしい。また私がチョロチョロ動き回らないとは限らないからね。
二人ともクルスさんより少し年下くらいの男の人だ。クルスさんの部下なんだって。偉かったんだねクルスさん。
「これからよろしくね」
「はっ! この身に代えても!」
「聖女様と姫様をお守りします!」
店に入る前に声をかけると、二人はビシッと敬礼して答えた。
その二人の頭にクルスさんのげんこつがガツンと落ちた。
「お忍びだといっただろうが。迂闊にそう呼ぶな」
「はっ、はい……」
「申し訳ありません……!」
涙目になってる。真面目だけど、ちょっとドジな人達みたいだね。エルちゃんもそのやりとりを見てクスクス笑っていた。
「さあ行きましょう、リセさん」
「うん」
エルちゃんと一緒に店の入口をくぐった。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると店員さんが声をかけてくる。
前に応対してくれた小太りの店員さんがこちらに向かって来たけど、私達の顔を見るなり「なんだ。あのときの冷やかし客か」と吐き捨てるようにいって戻っていった。
うーん、相変わらず露骨だ。いっそ清々しい。
その店員さんに代わり、バトルスペースにいたお客さん達がやってくる。
「よぉ、以前来てたお嬢ちゃんだな」
「また来てくれたのか。歓迎するぜ」
店員さんと違ってこちらは温かく迎えてくれる。
エルちゃんはその人達に対して、貴族の作法で頭を下げた。
「先日はどうも失礼いたしました。いらぬ騒ぎを起こして皆様には不快な思いをさせてしまい、申し訳なく存じております」
お詫びしながらも気品が漂う、完璧なマナーだ。
これは私もレッスンの成果を見せるときだ。
「ごめんなさいでした。深くお詫び申し上げまする」
エルちゃんと並んでぺこりと一礼。頭の角度、足の揃えかた、スカートを摘まむ指の力、完璧。肩に乗せてたゴロンがずり落ちそうになってたけど、そこは勘弁して貰おう。ドラゴンを肩に乗せてるときの作法なんて習ってないし。
頭を下げる私達に、みんな少し面食らったような顔をしていたけど、すぐに私達を安心させるようににっこりと笑った。
「気にすることねえよ。元々悪いのはカーティスのバカヤロウだ。あの野郎、あれから1度もショップに顔を出さねえ」
「あいつこそ詫びに来いってんだよな」
「それに比べてしっかりしたお嬢ちゃん達だ。どっかのご令嬢様か?」
お客さん達は私達のお詫びを快く受け入れてくれた。ひと安心。
「お詫びの品として、この場にいるみなさんにレガシィ魔法石をひとつずつお送りいたしますわ。どうぞ受け取ってくださいまし」
エルちゃんが続けてそういうと、お客さん達はわっと沸き上がった。
「レガシィ魔法石だって!? 気前がいいな、おい!」
「俺、その場にいなかったけど貰っていいの!?」
「もちろん。みなさまに差し上げますわ」
「ひゃっほう! やったぜぇ!!」
レガシィ魔法石って確か一番高いやつだよね? シングルカードよりは安いけど、それをここにいる全員分となると、けっこうな値段になるはずだ。それを躊躇なく振る舞ってしまうエルちゃん。さすが王族だ。
「レガシィ魔法石をお買い求めですね! ありがとうございます! 全員分となると、ひーふーみーよー……ええいとにかくたくさんだ! おい、早く用意したまえ!」
エルちゃんの言葉を聞き付けて、小太りの店員さんもダッシュで寄ってきた。
たくさん売れて興奮してるのかな?
高い魔法石が売れてお店は儲かるし、お客さん達はタダで魔法石が手に入って喜ぶ。一石二鳥で隙のないお詫びの方法だ。
クルスさんがお金を払うと、カウンターにいるお姉さんが全員に魔法石を配り、店内が賑わいだした。
「あの場にいて、いまここには来ていない人達にもお送りしたいのですが、誰か分かる方はおられますか?」
「それなら俺が覚えてるぜ。教えてやるからこっち来な」
「お願いします」
エルちゃんは二人の護衛さんと一緒にお客さん達の話を聞きに行く。いない人へのアフターケアもばっちりだ。
残された私に大柄なおじさんが寄ってきて声をかけてきた。
「ありがとよお嬢ちゃん。ただでレガシィ魔法石が貰えるなんて、俺達ゃ運がいいぜ」
「うん。……あっ、じゃなくて、ええ。お詫びするのは当然ですことわよ」
「はっはっは、そんな畏まんなよ! あっちのお嬢ちゃんと違って、あんたは慣れてねえんだろ、そういうの」
おじさんは豪快に笑う。なんでバレたし!?
「それよりその肩に乗せてるちっこいの。どうしたんだ? 前は連れてなかったよな」
「うん。この子はあのとき捨てられてたコモンカード。リアライズモンスターだったの」
「へえ。そいつはラッキーだったな。確かめもせずに捨てちまうなんて、カーティスの野郎はバカなことをしたもんだぜ」
カーティスさん、というのはあのとき私達に難癖つけてきた人だろう。
あの日以来、店には来てないって誰かがいってたっけ。嫌な人だったけど、もしもあれがきっかけでカードバトルをやめちゃったら、それはそれで悲しいな。
「あの人、カードバトル続けてくれるかな……」
私が呟くとおじさんはきょとんとした後、豪快に笑った。
「ははっ、あいつのこと気にかけてんのか? 優しいお嬢ちゃんだな。心配すんなって頭を冷やせば、そのうちひょっこり顔を出すさ。それよりどうだ。お嬢ちゃんもデッキを持ってるなら、俺らとバトルしてみるか? 相手してやるぜ」
「いいの? やりたいやりたい!」
「じゃあ決まりだ。バトルスペースに来な。俺は岩石使いのゴウシだ」
「私はリセ・ツキハナ! ドラゴン使いだよ!」
しんみりしてても仕方ない。気持ちを切り替え、私はゴウシさんと共にバトルスペースへと向かった。




