魔法世界グランタジア
私は石造りの祭壇みたいなものの上に立っていた。
周りにはなにやら甲冑を来た中世の騎士っぽい姿の人達や、ローブを纏った魔法使いっぽい姿の人達がたくさんいて、各々喜びの声を上げている。
「やった成功だ!」
「聖女様が降臨なさったぞ!」
外国人っぽいけどなぜか言葉は判る。けれどみんながなにをいっているのか判らない。
驚いて呆然としていると、騎士達の間からきらびやかなドレスを纏った女の子が出て来た。女の子は私の前でスカートを摘まんで一礼する。さらさらの金髪がふわりと揺れて、うっすらと花のような匂いが漂った。
「ようこそお出でくださいました。あなたが救世の聖女様ですね」
「せいじょ?」
なに? どういうこと? 状況についていけずに私はひたすら混乱する。
「突然のことで驚いているのですね。しかし、そのゴッドレアカードの導きによって現れたということは、あなたは間違いなくこの世界を救う伝説の聖女です。どうか私共に力をお貸しください」
女の子は真剣な目で私に訴えかけてくる。
艶っぽく輝く水晶みたいな蒼い瞳は、吸い込まれそうなほど綺麗だった。まさしくお姫様って感じだ。見た目は私と同い年くらいなのに、落ち着いた雰囲気のせいでずっと大人っぽく見える。
あっ、そうだ。もしかしてこれって夢なんじゃない? だとしたら確かめてみよう。私は思い切り自分の頬をつねってみた。
「いたたた! いふぁい!!」
「聖女様!? なにをなさっているのですか!?」
お姫様(仮)が慌てて立ち上がり、私の頬を心配そうに撫でてくる。
わ、近い近い! だけど照れてる場合じゃない。
「待って、これって夢じゃないの!?」
「もしや今の奇行は夢か現かを確かめる行為だったのですか? だとしたらこれは現実であると、このガルネシア王国第一王女、エルマ・ガルネシアが胸を張ってお答えします。貴女は召喚魔方陣によって、この国へ召喚されたのです」
皇太子? 召喚? 魔方陣? さっきからよく判らないことばかりいわれて、全然理解が追い付かない。
ひとつだけ判ったのは、どうやら私はこの人達によってこの場所に連れてこられたらしい。
いったいどうやって? それは判らない。やっぱり混乱する。
「さあ聖女様、こちらへおいでください。国王陛下がお待ちです」
「えっ、ちょっと! 王様って!? 一体なんなのこれぇ~!!」
お姫様(仮)ーーいや、第一王女とかいっていたから(仮)はいらないかーーに手を引かれどこかへと連れていかれる。
戸惑う私の声が祭壇に響いた。
まだ混乱が収まらないまま、私はお姫様に連れられて別の部屋へと移動した。そこは所謂謁見の間のような場所で、とっても豪華な服を着た渋い顔のおじさんが、キンキラキンの大きな椅子に座って待っていた。
言われなくても分かる。あれがきっと王様だ。威厳のオーラが漂ってる。
いきなり王様の前に連れて来られ、ほへー、と間抜けな顔で棒立ちしていると、王様は口を開いた。
「其方がゴッドレアカードを手にせし救世の聖女で間違いないな」
「へっ? えっと……」
「陛下、間違いありません。彼女こそは古の召喚魔法によって導かれし伝説の聖女。この私が保証いたしますわ」
唐突な問いに戸惑っていると、隣に立ったお姫様が私の代わりに答えた。
なんか勝手に保証されたんだけど!?
「ふむ、ならば余からも頼む。聖女よ、神に授かりしその力で、この世界を救ってくれ」
荘厳な口調で王様が私にそういってくる。
周りにいる臣下っぽい人達も期待するように私を見ている。
まるで昔やったロールプレイングゲームのプロローグみたいだ。私が本当に聖女だったら「お任せください!」とはっきり答えるのだろう。
だけど私は答えることが出来ない。さっきから話に置いていかれっぱなしなのだ。そろそろこっちから質問してもいいはずだ。
「あ、あの……聞いてもいい……ですか?」
「うむ、何であるか?」
「その、聖女とかゴッドレアカードとかって……一体どういうこと? なんで私は、ここに連れて来られたの? ……ですか?」
私の発言に周りの空気が変わった。その場にいる皆が、なんだか驚いている様子だ。
威厳があった王様も目を丸くしている。
「其方はゴッドレアカードの所持者であろう? 神より使命を帯びて、我らの呼び声に馳せ参じたのではないのか?」
「ち、違うよ! じゃなくて、違います! このカードが光ったと思ったらいきなりここにいて、それでえっと……とにかくなにも判らないんです! ここはどこ!? なんで私はここにいるの!?」
駄目だ、焦って敬語も出てこない。早口でまくしたててしまう。
今までの話や周りの状況から、所謂異世界召喚っぽいものが行われたことはなんとなく察した。
学校の友達がそういう小説やアニメが大好きで、何度か話を訊いたことがある。それと同じような感じで私はこの人達に呼び出されたのだということは理解した。現実にそんなことが起こっていいのか、という問題はさておいて。
だけどここは一体どこなのか、なぜ私が呼ばれたのか。それらについては全くもって判らない。そういって尋ねてみると、周囲がざわつき始めた。
「聖女様、あなたはこの世界の危機についてご存知ないのですか?」
「知らない、全く知らない! そんなトントン拍子に話を進められたって、ワケわかんないよ!」
「なんと……それでは伝説と異なるではないか」
また私の知らない要素が出てきた。伝説ってなに!? もう一から全部説明してくれないかな!!
「ならば最初から話そう。この世界の危機について。そして其方が与えられし使命について」
私の疑問を解消せんと、王様は語りだした。
この世界はグランタジアといい、要するに魔法の力が存在するファンタジー的な世界らしい。
この世界に住む者はみな、海や大地、空にあまねく魔力の恩恵を受けて生きているという。それは私達の世界でいう電気やガスのように人々の生活の糧となり、時には戦いにも利用されるものすごい力だ。
だけど数百年に一度、世界各地の魔力が乱れて、淀みの魔力という悪質なものが発生する現象が起こるらしい。それにより世界の均衡が崩れ、様々な災害が起こったり、魔物の異常発生が起こったりするそうだ。魔物とかいう言葉が普通に出てくる辺り、本当に異世界らしい。
それを正すためには、神より授けられたゴッドレアカードを持つ聖女が救世の儀式を行い、淀みの魔力を浄化する必要があるらしい。
そのゴッドレアカードというのが、私が今日の大会で手に入れたあのカードのことである。
そしてそれを手にした私は、古の伝説に記された聖女ということになるそうだ。
とまあ、そんな説明を受けた私は、くらくらして倒れそうになった。
世界の均衡? 災害に魔物? どれもこれも男の子向けのバトル漫画みたいな話だ。
どう考えても私の手に負える問題じゃない。
「其方が事情を知らぬことは意外であったが、ゴッドレアカードに選ばれし者であることは間違いない。その力、我らの為に貸してくれるな」
この世界についての説明をしてくれた王様が、再度私に尋ねてくる。
私はブンブンと首を振った。
「む、無理! 無理だよ!! 世界を救うとかそんな責任負えないし! 私はまだ中学生だよ!? 明日から学校あるし、帰ったら宿題やらなきゃだし、お母さんやお父さんだって心配する……し……」
口に出してハッとした。お母さん、お母さん。それに学校の友達や先生。
ここが本当に異世界なのだとしたら、みんなに会えないということじゃないか。その事実に気付いたら急に不安になってきた。
「お願い、家に帰して! このゴッドレアカードっていうのが必要なら、あなた達にあげるから!」
私は怖くなって、カードを王様に差し出した。私に聖女なんて出来っこない。そういうのは神様からチートを貰った別の人に頼んで欲しい。
だけど王様は残念そうに首を振る。
「伝承によればゴッドレアカードを使いこなせるのはゴッドレアカードに選ばれし聖女のみだという。カードだけでは駄目なのだ。それに、其方を帰すことは我らの力では……」
「えっ? か、帰れないの!?」
「うむ……残念だが、不可能だ」
「そ……んな……」
家に帰れない。無情に突きつけられたその言葉に、私はさあっと青ざめた。
家に帰れない。知らない世界でひとりぼっち。今までどこか現実味がなくてぼんやりしていた頭が、急にリアルな恐怖を感じ始める。
やがて抑えきれない寂しさが込み上げてきて、涙になって溢れだした。
「うっ、うっ……うわあぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
一度溢れだすとそれはもう止めることが出来ない。私は声をあげて泣き出した。
突然泣き出した私に王様達も困ったようで、兵士さんや侍女さんなどたくさんの人達が寄ってきて、宥めようとしてくれた。けれど、私は泣きわめくばかりで、そこからはもう話にならなかった。
こうして私は一枚のカードによって、たった一人で未知の世界へと放り込まれたのだった。