リアライズモンスター
城下町のカードショップではいろいろあったけど楽しかった。新しいカードも手に入ったし、この世界のカードバトラーの人達とも知り合えた。ちょっと嫌な思いもしたり、クルスさんの意外に激しい一面も見えたりしたけど、それも無事に終わってしまえばいい経験をしたってことで。
そんなわけで私はお城に戻ってのお勉強生活を再開していた。
教育係のゾラさんは相変わらず厳しいけど、最近はダンスや礼儀作法のレッスンでの失敗も減ってきたし、誉められることだって増えた。
むしろちょっと楽しくなってきてる。少しはエルちゃんみたいなおしとやかなお嬢様に近づけたかな?
お昼ごはんだってほら、ナイフとフォークでこんなに優雅に食べられる。もういっぱしのお嬢様だね!
「リセ様。食べ残したニンジンをローリエの下に隠すのはお止めください。はしたないです」
「ひえっ、バレてた!?」
後ろから見ていたクルスさんに注意されて思わず肩を跳ねさせる。
マナーは覚えても、嫌いなものが克服出来るかはまた別の問題だ。
「と、ところでクルスさん。お昼からはなにをするの? お勉強の続き? それともダンスのレッスン?」
話題を変えて誤魔化すことにする。
「今日は午後からの予定は空いております。リセ様のお好きなようにお決めください」
「本当? じゃあカードバトル修練場に行こうかな。新しく組み直したデッキを回してみたいし」
カードショップで手に入れた二体のドラゴンを加えて、私のデッキは強化された。
一枚は魔法石から引き当てたハイレアカード。その効果もステータスも今まで使ってきたカードを凌ぐ高スペックなものだ。
そしてカードショップで出会ったマナーの悪いお兄さんが捨てていったコモンのカード。こちらも面白い効果を持っていて、私のデッキとの相性がぴったりだった。
デッキ全体の構築も練り直したし、絶対に強くなってるはずなんだけど、まだ対戦はしていない。忙しくてその暇が無かった。だから早く試してみたかった。
「それじゃあ行こっか、クルスさん」
「その前に皿の上のニンジンを食べてください。残せばまたゾラ殿に叱られますよ」
誤魔化せなかった……クルスさん厳しい。
数分の激闘の末、なんとかニンジンを平らげた私は、カードバトル修練場を訪れた。修練場では相変わらず城仕えのカードバトラーのみんなが訓練に励んでいる。
私がそこでバトルをしたいと伝えると、みんな「自分が自分が」と対戦相手を名乗り出てきた。モランドさんやエルちゃんとのバトルが刺激になってたみたい。みんな私と戦いたがってたんだって。
「どうしますか、リセ様」
「うーん、本当はみんなとやりたいけど、実体バトルは疲れるから一回か二回がやっとかなあ。じゃんけんか何かで決めてくれる?」
そしてカードバトラー達による壮絶なじゃんけん勝負が始まった。鬼気迫る勢いの「最初はグー!」が青空の下に響き渡る。
何気なくいったけど、こっちの世界にもあったんだね。じゃんけん。
「さてと。私は準備をっと」
人数が多いからすぐに勝者は決まらないだろう。二人一組でやって半分ずつ減らしていくとか、あいこのグーチョキパーの中で一番多かった人達を抜けさせるとか、効率のいいやり方はあるんだろうけど、なんだか近寄りがたい気迫が漂ってたので口出しするのはやめた。
それよりいまのうちにバトルローブに着替えておこう。すぐにバトルを始められるようにね。
「バトルリング、起動!」
リングを着けた左手を掲げて高らかに叫ぶ。これで私の服は実体バトル用のバトルローブに変わるはずだ。だけどなにも起こらない。
いつものドレス姿のままだ。
「あれ? バトルリング、起動! 起動だってば!」
何度呪文を唱えても、腕を振って見てもバトルリングは反応せず、私の姿は変わらなかった。
「ねえ、モランドさん。これどうなってるの? もしかして壊れちゃった?」
「何? 少々見せていただけますか?」
あいこを続けるカードバトラーさん達の輪から少し離れて、少し呆れた様子で眺めていたモランドさんに尋ねてみる。
モランドさんは以前私と対戦してるから、今回は遠慮したらしい。だけど噂ではデッキを強化してリベンジを望んでるんだとか。楽しみだね。
バトルリングを外して渡すと、モランドさんはじっと眺めて調べた。
「これは……リセ様。デッキのカードが39枚しか入っていません。これでは枚数不足でバトルは行えませんよ」
「えっ、そんな!?」
グランデュエラーズのデッキは最低40枚必要だ。私は事故を減らしてコンボの確率を上げるためにいつも40枚ちょうどで構築している。昨日デッキを改造したときだって、きちんと40枚入れていたはずだ。
私はリングの中からカードを取り出して確認してみる。
「37、38、39……本当だ。一枚足りない。どうして!?」
「足りないカードに心当たりはありますかな?」
「待って。えっと……分かった! ドラゴロンのカードが無くなってる!」
足りなかったのは、カードショップで新たに手に入れたカードのうちの、コモンカードのほうだった。コスト1の軽量ドラゴン、その名もドラゴロン。丸っこくてかわいい子竜のモンスターだ。
だけどおかしい。あの子は確実にデッキに入れたはずなのに。それがどうして無くなってるの?
わけが判らず考えていると、カードバトラーさん達のほうからなんだか騒がしい声がした。
「うわっ! なんだこいつ!?」
「モンスターだ! 誰が出したんだ!?」
「俺じゃないぞ」
「誰でもいいから、とにかく早くカードに戻せ!」
見てみればカードバトラーさん達の足元をちょこちょこと走る小さなドラゴンの姿があった。
あれってまさか?
「ドラゴロン!? バトルもしてないのに、なんでカードから出てきてるの!?」
私が声を上げると、ドラゴロンはハッとしてこちらに顔を向けた。そして丸い瞳を爛々と輝かせると、こちらに駆け寄って私に飛びかかってきた。
「リセ様に近付くな! モンスターめ!」
「ぎゃう!」
私の胸に飛び込む寸前、クルスさんが間に入ってドラゴロンをキャッチする。片手で頭を鷲掴みにして頭上高く吊り上げる。小犬サイズのドラゴロンは、クルスさんに掴まれたまま苦しそうにバタバタと両足を振り乱していた。
「やめてクルスさん、かわいそう!」
「リセ様、しかし」
「その子は大丈夫だから、離してあげて。ね?」
私がお願いするとクルスさんはドラゴロンをそっと地面に下ろした。
クルスさんは先日のカードショップでの一件で、私を守れなかったことを気にしているらしい。護衛としての動きや態度に拍車がかかっている気がした。
クルスさんの手から解放されたドラゴロンは、ブルブルと頭を振ると、今度はゆっくり私の足元にすり寄ってきた。
うわあ、可愛い! 人懐こいワンちゃんみたいだ。
「えっと、これどうなってるの? なんでドラゴロンが実体に?」
「リセ様。そのモンスターがリセ様の無くされたカードなのですか?」
「うん、そうだよモランドさん」
「なるほど。そのモンスターはどうやらリアライズモンスターのようですね。これは珍しい」
「リアライズモンスター?」
モランドさんが説明してくれる。モンスターカードの中には通常より多くの魔力を溜め込み、バトルを行わなくても自らの意思を持って実体化するモンスターもいるのだそうだ。それらはリアライズモンスターと呼ばれ、ある意味ではハイレアカードより希少な存在だという。このドラゴロンがそうだったらしい。
「それじゃあ昨日デッキを作った後、私が寝ている間にでもリングの中から抜け出したのかな? それで迷子になってたとか?」
「恐らくそうでしょう。どうやらそのモンスターはリセ様にずいぶんなついている様子。リセ様の姿を見失い、心細くしていたのでしょうな」
カードショップでお兄さんが捨てたカードを私が拾って引き取った。そのことでドラゴロンは私をお母さんみたいに思っちゃったらしい。
立っていると足に頬っぺたをすりすりしてくるし、抱き上げると嬉しそうに顔を舐めてくる。
「あははっ、くすぐったいよ! モランドさん、これどうしたらいいの?」
「主が命じればカードに戻せます。それだけなついているのならば、大人しくいうことを聞くでしょう」
「本当? じゃあドラゴロン、カードに戻って」
私がお願いすると、ドラゴロンは「ぎゃう!」と鳴き、ぼふんと煙を上げてカードに戻った。私はカードに戻ったドラゴロンをバトルリングの中に収納した。
「良かった。この子がいなかったら、またデッキの組み直しだったよ」
新しいデッキ構築はけっこうこの子の効果に頼ってる部分も多い。エースモンスターとは違うけれど、けっこう重要なカードなのだ。
「さあ、これでバトルが出来るよ! 対戦相手は誰!?」
私が呼び掛けると、こちらを見ていたカードバトラーさん達は「しまった」という顔をした。
「忘れていた! 早く決めるぞ!」
「聖女様をお待たせするな! じゃーんけーん!」
「待て! お前はさっき脱落しただろうが!」
「お前も負けてただろう! 知っているぞ!」
なんだかバトルはまだ出来ないみたい。
私は再びドラゴロンを実体化させてじゃれあった。
「まあ、その子がリアライズモンスターですか。可愛らしいですね」
「うん、そうだよ。ドラゴロン、エルちゃんにごあいさつ」
「ぎゃう!」
カードバトルを終えた私は、今度はドラゴロンを連れてエルちゃんのお部屋を訪ねた。エルちゃんにドラゴロンを見せるためだ。ちなみにバトルは全勝した。
ドラゴロンは私の肩の上に乗っている。なんだかモンスターで戦うアニメの主人公になった気分だ。ネズミじゃなくてドラゴンだけど。
「リアライズモンスターは私も実物を見るのは初めてです。あのカードバトラーの男性は、とても勿体ないことをしましたね」
「この子も高く売れるの?」
私の言葉にドラゴロンがギョッとする。売らないよ。ただ聞いただけ。ていうか言葉判るんだね。
「いいえ、レアリティはコモンですから、そこまでの価格はつかないでしょう。ですがリアライズモンスターはカードバトラーに幸運を招く存在だと言い伝えられています。あくまで迷信ですけどね」
「そうなんだ。大事にするね、ドラゴロン」
これも運命の出会いってやつかな? もちろん、カードから出てこなくたって、デッキのドラゴン達はみんな大好きだけどね。ドラゴンじゃないけどアイリスも。
「これからカードには戻さずずっとそうしているんですか?」
「うん。バトルのときはデッキに入って貰うけど、普段は外にいるのが好きみたいだから。それに可愛いし」
ちゃんとお世話をするという条件で、この子を城の中でも連れ歩くことを許可して貰った。私の家はペット禁止のマンションで、実をいうとペットを飼うことに憧れていたから嬉しい。しかもドラゴンなんて最高だ。
顎の下を指で撫でるとドラゴロンは「きゅーん」と気持ち良さそうに目を細めて鳴いた。
「リセさん。私にも触らせてくださいな」
「いいよ。優しくしてあげてね」
エルちゃんもドラゴロンの頭を撫でる。ドラゴロンはエルちゃんのことも気に入ったみたいで、大人しく撫でられている。元々エルちゃんって、バトルのときでもモンスターから優しくされてたもんね。そういうオーラが出てるのかな?
ちなみに私は礼儀作法を身につけた後でもモンスターの攻撃は普通に食らってた。さっきのバトルでもやられたし。違いはなんなんだろう?
「リセさん、この子の名前はなんにしますの?」
「えっ、ドラゴロンじゃないの?」
「それはカード名でしょう。犬を犬と呼び続けるようなものですわ。名前はきちんと別に決めてあげないと」
そうなんだ。だったら可愛いのをつけてあげなきゃ。
「うーんと……じゃあ、ゴロン。あなたの名前はゴロンにするよ!」
ドラゴロンのゴロン。ちょっと安直だけど、呼んでみたらこれがしっくりきた。
ゴロンも気に入ったのか、嬉しそうに鳴いた。
「これからよろしくね、ゴロン」
「ぎゃう!」
抱き上げて名前を呼ぶと、ゴロンは嬉しそうに返事をする。可愛いパートナーが出来て、異世界生活がますます楽しくなってきた。