魔法石と運命のカード
カウンターに行くと店員のお姉さんが笑顔で迎えてくれた。こちらは差別を感じない営業スマイルだ。
「いらっしゃいませ。魔法石をお求めですね。スタンダード、モダン、レガシィ。どれになさいますか?」
魔法石には規格によって種類があるらしい。
説明によれば、一般的なコモンやアンコモンのカードが出やすいスタンダード魔法石、レア以上のカードが出る可能性が高いモダン魔法石、ハイレアカードも出る可能性の高いレガシィ魔法石の三種だ。だんだんと高価になっていくけれど、スタンダード魔法石だからといってレアやハイレアが全く出ないわけではなく、モダンやレガシィ魔法石でも強いレアカードが必ず出るとは限らない。そこは元の世界のパックと同じく運みたいだ。
「どうしますか、リセさん」
「えっと、じゃあとりあえず全種類一つずつ買ってみようかな」
シングルカードほど莫大な値段じゃなかったので、とりあえず全部試してみることにした。
「スタンダード、モダン、レガシィを一種類ずつですね。お買い上げありがとうございます」
店員のお姉さんはカウンターの下から赤、黄、青のビー玉サイズの宝石を取り出して渡してきた。代金はクルスさんが出してくれた。こういうときの為のお金も持たされてるんだって。
「どうぞリセ様」
「ありがとう」
クルスさんが店員さんから受け取った魔法石をそのまま私に渡してきた。
これがこの世界のパック代わりなんだね。さっそく開けてみよう。
「……ってこれ、どうしたらカードが出てくるの?」
「握りしめて『開封』と念じてください。魔法石がカードに変化しますわ」
「わかった!」
3つの魔法石を両手で握りしめて「開封……開封……」と心の中で念じる。すると魔法石が光って、カードへと姿を変えた。出てきたのは12枚。魔法石ひとつにつき4枚入ってるみたい。
「本当にカードになった! すごーい!」
「私にも見せてくださいな。どんなカードが当たりましたの?」
エルちゃんと二人で出てきたカードを一枚ずつ確認する。
わくわくの瞬間だ。やっぱりこういうのがカードを買ったときの醍醐味だよね!
「コモンとアンコモンばっかり。しかも全部私が持ってるやつだ」
「スタンダード魔法石ですからね。でもモダンのほうにはレアカードが入っていますわ」
「本当だ。妖精族だよ。エルちゃん使う?」
「いいのですか? ではありがたく頂戴いたします。帰ったらお返しににリセさんのデッキに合いそうなマジックをお譲りしますわ」
「わあい、ありがとー」
スタンダードとモダンの魔法石から出たカードを確認して、エルちゃんと交換したりする。これぞトレーディングカードゲーム。
次はいよいよレガシィ魔法石だ。強いカードは出てくるのかな?
「えっ、これって……」
一枚一枚見ていくと、中に他とは明らかに輝きが違うきらびやかな装飾のカードが出てきた。
「おめでとうございます。ハイレアカードですわね」
「……うん、しかもこのカードに、こんなところで会えるなんて……!!」
「あら? 知っているカードなのですか?」
「うん! これは私が手に入れるはずだったカードだよ!」
私は引き当てたハイレアカードを握りしめて大いに喜んだ。そのカードのことを私は知っていた。この世界に来る前に参加した大会の商品だったカードだ。なぜか竜騎士アイリスのカードと入れ替わっていて、そのままこの世界に呼び出されたので結局手にすることはなかったのだけど、まさかこんな形で手に入れられるなんて思わなかった。ちょっと運命めいたものを感じてしまう。
「おい魔法石からハイレアが出たってよ!」
「なんだって!? お嬢ちゃん、見せてくれ!!」
私達の話し声が聞こえていたらしい。バトルスペースにいたお客さん達が集まってくる。
クルスさんが間に入って牽制しようとしたけれど、やって来たのは全く敵意のない、純粋にカードに興味を惹かれた人達ばかりみたいだったから、私は快く見せてあげた。
「うん、これがそうだよ」
「すっげ~、生のハイレアカードだ!」
「お嬢ちゃん、運がいいんだな! 俺なんてここ数年はレアすら当ててねえのによ」
「そりゃお前がスタンダード魔法石ばっか買ってるからだろうが」
「どうだいお嬢ちゃん。そいつを使って俺達と対戦してみないか? ルールが判らないなら教えるぜ」
集まって来たのは年上の人が多かったけど、みんな気さくで感じのいい人達ばかりだ。
元の世界を思い出す。初心者のころはカードショップやスタジアムで親切な人達にこうやって色々教えて貰ってたっけ。
そんや和気藹々とした暖かい空気のなかに、水を注すような声が響いた。
「けっ! なに喜んでやがるんだ! そいつらが来なかったら、いまごろ俺達がそのハイレアを引き当ててたかもしれねえんだぞ! 金持ちのくせに魔法石なんか買いやがって! 金があるならシングル買いしてろってんだ!!」
声を上げたのは、なんだか荒んだ目をしたお兄さんだ。
「おいカーティス、やめろって」
「うるせぇ! シングルのレアカードは高すぎて金持ちにしか手が出せねえ! それなのに魔法石から出るレアカードまで取られちまったら、俺達貧乏人は一生レアカードなんて手にすることが出来ないじゃねえか!! ちくしょう!!」
すごく荒れている。しかも八つ当たりだし。
元の世界にもマナーの悪い人はいたけど、これは相当だ。酔っぱらってるんじゃないかな?
「俺が汗水垂らして働いた金で当てたのなんてこんなクズカードだぞ!? 結局金持ち以外はカードバトルするなってことかよ! くそっ!!」
お兄さんはポケットからカードを取り出すと、叩きつけるように床に投げ捨てた。
それを見た私は思わず声を上げる。
「なんてことするの!?」
私は慌てて駆け寄り、床に落とされたカードを拾った。
「リセ様!」
「リセさんなにを……!?」
私の行動にクルスさんとエルちゃんが目を丸くしていた。
だってカードがかわいそうなんだもん! 床にしゃがんだまま、カードについた土埃を手で払ってあげる。良かった、傷はついてなさそう。
「なんだぁ? 金持ちのガキがそんなクズカードを欲しがるのか? だったらくれてやるよ。ありがたく拾いな、オラッ!」
「きゃっ!」
お兄さんは足元にいた私の背中を足で蹴ってきた。軽く押された程度だったから痛くはなかったけど、バランスを崩して転んでしまう。
「リセさん、大丈夫ですか!?」
「貴様、なんということを!!」
エルちゃんが駆け寄ってきて、心配そうに声をかける。
クルスさんはお兄さんの胸ぐらを掴んで、物凄い形相で凄んでいた。あの優しいクルスさんが、すごく怒ってる!?
これにはお兄さんも震えた顔をしていた。
「な、なにすんだよ!? おい店員! こいつ暴力を振るってるぞ! 出禁にしろ出禁に!」
「黙れ! 先にリセ様を足蹴にしたのは貴様だろうが! このお方を何者と心得る!! その罪、投獄くらいでは購えんぞ!!」
「ひいっ……た、助け……」
クルスさんはお兄さんを今にも殴り付けそうな勢いだ。私は慌てて止めに行く。
「待って、待ってクルスさん! 私は平気だから、そんなに怒らないで!」
「リセ様、しかし!」
「見て、怪我もなにもしてないから。私のために怒ってくれるのは嬉しいよ。だけど私はこんな怖いクルスさんは嫌だよ。いつもの優しいクルスさんに戻って。お願い」
必死に呼び掛けると、クルスさんはふっとお兄さんの胸ぐらを掴んでいた手を緩めた。
眉間の皺が消えて怖い顔がふっと緩む。
お兄さんは脱力してそのまま床に崩れ落ち、放心したようにクルスさんを見上げていた。
「あ、あの……」
「……失せろ」
「……え?」
「失せろといっている。俺が怒りを抑えられているうちに!」
「は、はいぃ~!!」
お兄さんは腰を抜かしたまますたこらと店を出ていった。
私達のもとに他のお客さん達が集まってきた。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「あいつは前から評判が悪い奴なんだ。気を悪くさせちまってすまねえ」
「あんな奴ばかりだなんて思わないでくれよ? 俺達ゃ新参者には優しくするからよ」
私のことを気遣ってくれる。他のお客さん達はみんないい人ばかりだ。良かった。
「申し訳ありません、リセ様。貴女様を守ることが私の務めであるにも関わらず、このような失態を……」
「だから大丈夫だってば、クルスさん。そんなに謝らないで。私はなんともなかったんだから」
謝ってくるクルスさんにはパタパタと手を振って平気なことをアピールする。元々はクルスさんから離れた私のせいでもあるんだからね。
「リセさん。今日はもう帰りましょう。みなさま、お騒がせして申し訳ありませんでした」
エルちゃんがそういうので、お城に帰ることにした。
対戦もしたかったけど、それは次の機会でいいか。お店にも迷惑かけちゃったしね。
「あっ、そういえばこのカードどうしよう?」
私はお兄さんが投げ捨てたカードを手に持ったままだったことを思い出した。返す間もなく出ていっちゃったんだった。
「貰っておいてはいかがです? ご本人もくれるといっていたものですし」
「それならいいかな? ちなみにどんなカードなんだろ?」
私は手にしたカードを確認する。コモンだけど、ドラゴン族モンスターだった。
「わあ、ドラゴンだ! しかも見たことのないやつ!」
「良かったですわね。リセさん」
「うんっ!」
私はごきげんな笑顔で頷く。
今日だけでドラゴンが二体も手に入った。これだけでもここに来た価値があった。
帰ったら早速デッキを強化しよう。
「クルスさん、エルちゃん。連れてきてくれてありがとう」
トラブルもあったけど楽しかった。
また来れたらいいな