異世界のカードショップ
お出かけに当たって新たに服が用意された。
お城で着ているいかにも貴族らしい豪奢なドレスとは違って、シックで機能的だけど仕立てのいいケープ付きのワンピースだ。これで平民とまではいわないけど、裕福な商家のお嬢様くらいには見えるだろう。むしろドレスより動きやすくてこっちのほうが私は好きかも。
そもそも私、貴族じゃないし。
「お似合いですわ、リセさん」
「エルちゃんも。お姫様じゃないみたいだけど、そっちも可愛いよ」
「ありがとうございます」
エルちゃんも色ちがいのお揃いを着ている。髪を編んで伊達メガネまでかけて、変装はばっちりだ。
私? なにもしてないけど、私はまだ聖女だって公表されてないからセーフでしょ。
ちなみにクルスさんは騎士の鎧を脱いでレザーパンツとジャケットに着替え細剣を帯刀している。お嬢様を護衛する用心棒、って感じの格好だ。
さあこれで準備万端! 町に出掛けよう!
お城から城下町まではおよそ5キロほど。この世界に車などはないので、移動には馬車を出して貰った。
がたごとと揺れる馬車の中、私はエルちゃんとカード談義やお互いの世界のことなどおしゃべりして過ごした。
「それでね、私の世界ではおっきなカードスタジアムがいくつもあって、ほぼ毎週大会が開かれてるの」
「まあ、それは楽しそうですわね。それは身分に関係なく参加出来るのですか?」
「うん。ジュニアクラスとシニアクラス……大人と子供で別れてたりするけど、基本的に参加は自由だよ」
「素晴らしいことですわ。我が国でも色々と試みはしていますが、身分や貧富による格差はどうしても無くなりません。本来ならカードバトルは誰にでも等しく行う権利があるというのに」
こちらの世界ではカードバトルをするにも地方や身分の差によって色々と障害があるらしい。
私達の世界と違って社会福祉が充実してるわけじゃないから、どうしても格差が生まれちゃうんだって。
私は王宮でけっこういい暮らしをさせて貰ってるから、その辺りを気にしたことがなかった。やっぱりお城の中にいるだけじゃ判らないこともあるんだね。
「私が聖女として頑張れば、そういうのも変わるのかなあ……」
ぼんやり呟くと、エルちゃんは優しく微笑んだ。
「そう気負わないでくださいな。国を治め国民を案ずるのは私達王族の務め。リセさんはまずご自分に出来ることをなさってください。それがこの世界の平和に繋がるのですから」
「うん……そうだね。いま悩んでもしょうがないか」
聖女の責任を感じて少し気が重くなったけど、今は自分に出来ることをひとつひとつやるだけだ。
まずはその為のデッキ強化! 強いカードを見つけるぞ~!
町へ着いた私達は早速カードショップを訪ねた。
木造のお店で、建物中央に位置する入口から向かって正面の奥に店員さんが座っているカウンターがある。そこを境に左手にはレアカードが入れられた高級そうなショーケースが並び、右手にはいかにも安価そうなカードが雑多に詰められた箱や、フリーバトルを行うテーブルなどがある。左右で店の雰囲気がだいぶちがうけれど、どちらもたくさんのお客さんで賑わい、繁盛しているようだった。
「すごい! 本当にカードショップだ! バトルスペースもある!」
この雰囲気は元の世界のカードショップと似たものがある。ショーケースのカードを眺める人達。わいわいとカード談義をする人達。実体バトルではなく机にカードを並べてバトルしている人達。カードとにらめっこしてデッキ構築に励んでいる人達。どれも元の世界で見たことのある光景だ。
世界は違っても、カードバトラーの本質は案外変わらないのかもね。
「これはこれは。ようこそおいでくださいました。我がカードショップへは何をお求めで?」
入口付近で感動していたら、小太りの店員さんが声をかけてきた。すごい笑顔で揉み手をしながらすり寄ってくる。
露骨なゴマすりに私がちょっと引いていると、エルちゃんが応対した。
「レアカードを見せていただけますか?」
「かしこまりました。こちらのショーケースです。どうぞご覧ください」
店員さんに案内されて店の奥のショーケース置き場へと向かう。
「なんていうか、すごく露骨な店員さんだね」
「私達の格好を見て上客だと踏んだのでしょうね。ここまで贔屓するのは他のお客さん達の反感に繋がるのであまり良くないのですが」
バトルスペースの方をみたら私達に面白くなさそうな視線を向けている人がいた。
「けっ、金持ちのお嬢様かよ。いいよなあ。シングルでカードが買えて。こっちはなけなしの金で安いクズ魔法石からカードを漁ってるってのによ」
「しっ、聞こえるぞ」
これがエルちゃんのいってた身分の格差か……。
実際目の当たりにすると、ちょっと悲しい気分になる。
うつむき加減になっていると、肩にぽんと手を置かれた。クルスさんだ。
「リセ様。どうかお気になさらず。貴女にはなんの非もないのですから」
「うん……ありがとう、クルスさん」
クルスさんはその広い背中で私達を冷たい視線から守ってくれた。
こういう気配りが出来て本当にかっこいい。
「さあご覧ください。こちらは当店の目玉カード達。他ではお目にかかれない逸品ばかりですよ」
ショーケースの前に来て、私はカードを眺める。透き通ったガラスのショーケースの中で、一枚一枚のカードが宝石のように綺麗に陳列されていた。
「すごい。レアとハイレアがいっぱい」
目玉というだけあってカードのレアリティもすごかった。元の世界でもけっこう高価だったカードも置いてある。
「そういえばエルちゃん、カードの相場はいくらくらいなの? 私、こっちのお金の価値判らない」
「そうですね。そちらのハイレアカードでしたらこの町の一等地に一軒家が建てられるくらいの金額がします。他にも高価なカードが多いですね」
「ええっ!? あれがおうちと同じ値段なの!?」
てことは元の世界でいうと何千万か何億円もするってこと!? 元の世界でも高価なカードはあったけど、何千円とか何万円の話だ。これは桁が違う。
「だだだ大丈夫なの……? こんな薄いガラスの中に入れてて。盗まれたりしないの?」
「魔力を含んだ強化ガラスですから。簡単には壊れませんわ。仮に盗んだとしたら、カードの盗難は重罪ですので衛兵が飛んできてすぐにお縄です」
「怖っ……」
この世界のカードの価値を改めて思い知った。カードは大事にしなきゃね。
「どうですリセさん。目ぼしいカードはありますか?」
「えっ? いや、流石におうちが買えるようなカードを買うわけには……」
「心配いりませんわ。リセさんのデッキの強化のためでしたら予算は潤沢にでますから。遠慮なく好きなカードを選んでください」
カードの価格に及び腰になる私に対して、エルちゃんは余裕の態度だ。さすがお姫様。
「ちなみにエルちゃんのティターニアっていくらぐらいしたの……?」
「あれは我が国に代々伝わる国宝のレアカードですので、値段はつけられませんわ。仮にオークションに出したとしても、小国では手が出せないような価格がつけられるでしょうね」
「そ、そうなんだ……」
私、国家予算級のカードと戦ったのかぁ……。傷とかつけなくて本当に良かった。
って、今は私のカードを探すのが先だ。
とはいえざっと見ても私のデッキが強化出来そうなカードは無かった。というか私も持ってるカードも多い。デッキには入れずストレージボックスの中に眠っているレアカードと同じものもあった。あれを持ってきて売ってたら私も大金持ちになってたのかなって一瞬思ったけど、そもそもこの世界で私がお金を儲けても意味はないから、その考えはすぐに捨てた。
「ここのカードには欲しいのは無いかな。むしろ魔法石ってのが気になる」
「では魔法石を購入しましょう。店員さん、ご案内ありがとうございました」
案内してくれた店員さんにお礼をいって私達はカウンターへと向かう。
店員さんは私達をにこやかに見送った後「けっ、冷やかしかよ」と悪態をついていた。……やな感じだなぁ。