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町へ出かけよう

「デッキの強化がしたいッ!!」


 私の寝室として与えられた王宮の部屋の中。

 マナーのお勉強も一段落して時間が空いた昼下がりのこと。デッキのカードを机に並べて構築を練っていた私は、ふと思い立って声を上げた。

 その声に、隣に立っていた護衛兼お世話係のクルスさんは、不思議そうに首を傾げていた。


「リセ様、デッキの強化ならたった今行っているのでは?」

「違うの。これはあくまで調整。いま出来るコンボの確率を上げたり事故を減らしたりするだけ。でもそれだけじゃあ駄目! もっとデッキを大幅に強化するようなことをしなきゃ!」

「はあ……そうなのですか」


 熱く語って見せてもカードバトルに疎いクルスさんにはあまり伝わらなかったようだ。

 だけどこれはわりと急を要する事態だと思ってる。正直、今の私のデッキではこの世界で戦っていくには力不足だと感じているのだ。


 この世界、グランタジアに来てバトルした相手はみんな強かった。モンスターの展開やマジックを絡めたプレイングも見事だし、なによりエースカードが強力なのだ。モランドさんのサンダー・マジシャンも、エルちゃんのティターニアも一枚で戦局を変えるようなすごい効果を備えていた。私はゴッドレアカード、竜騎士アイリスのおかげで勝ってこられたけど、他のカードのパワーは完全に負けていた。メインアタッカーのブレード・ドラゴンですらステータス負けしていたし。プレイングでカバーするのも限界があるし、このままアイリスだけに頼りきっていたらいずれ壁にどん詰まりする。それを解消するためには、もっと強いカードを手に入れてデッキのパワーを底上げしないといけないのだ。


「というわけで新しいカードが欲しいの。クルスさん、カードはどこに行ったら手に入るの?」

「カードならば城の宝物庫にありますので、そこから選ばれては?」

「うーん、そこは前に見たけどあまりピンとくるのは無かったんだよね。それにカードといえばパックを剥くのが醍醐味だし!」


 パック開封はバトルやデッキ構築に並ぶカードゲームの楽しみのひとつだ。どんなカードに出会えるかわくわくと胸踊るあの瞬間。強力なレアカードを引けたときのあの喜び。

 この世界に来てからはパックを剥いていないので、そろそろあの楽しみを味わいたくなってきた。カードバトラー特有の禁断症状だ。


「リセ様、パックとはなんですか?」


 妄想に耽っていた私はクルスさんの言葉にハッと目を覚ます。


「パックを知らないの? 未開封のカードが入った袋のことだよ」

「カードが袋に? ちょっと想像がつきません」


 なんてこと!? この世界のカードはパックで売ってないの!?

 そもそもカードはどうやって作られてるのだろう? 元の世界みたいに大量に印刷する機械があるのかな? それとも異世界らしく魔法で増やしてるとか? うーん、気になってきた。


「ねえ、こっちの世界ではカードはどうやって作られてるの?」

「私も詳しくはないのですが、確か魔法石から出てくるはずです」

「魔法石?」


 知らない言葉が出て来て、今度は私が混乱した。

 どうやら同じカードゲームでも、カードの生い立ちなんかは元の世界とはかなり異なっているらしい。その辺りはお勉強では教えて貰えなかった。詳しく知りたいけど、クルスさんはよく知らないみたい。

 だったらこういうのは、詳しそうな人に聞くのが一番だね。あの人のところに行ってみよう。

 私はカードを纏めて部屋を出た。

 

 


「てわけで教えてください、モランドさん」


 私がやって来たのはお馴染みのカードバトル修練場。

 声をかけたのはカードバトル指南役のモランドさんだ。淀みに侵されたカードを持っていたせいで悪い心に支配されてたけど、今はすっかり元通りになって仕事に復帰したらしい。良かったね。


「カードの発生方法ですか。いいですよ。お教えしましょう」


 いきなりの訪問だったけど、モランドさんは優しく微笑んで受け入れてくれた。

 バトルしたときは悪者っぽく高笑いしたりして色んな意味で怖かったけど、やっぱりこっちが本来の性格みたいだ。


「カードは基本的にパワースポットから涌き出た魔力が集まった魔力溜まりから発掘される鉱石、魔法石の中に生じます。どのようなカードが生じるのかは不確定ですが、より強い魔力を含んだ魔法石ほど強力なレアカードを封入しているのです」

「それじゃあこの世界のカードって、人が作ってるわけじゃないんだね」

「もちろんです。人がカードを作るなど恐れ多い。なにより魔力を含まぬただの紙切れでは実体バトルには使えません」


 あれ? だとしたら私が持ってる元の世界のカードは、ただの紙切れじゃなくって魔力を持ってるってこと? これこそ機械で大量生産されたものだと思うんだけど。こっちの世界に呼び出されたときに、なにか変化したのかな? うーん、分かんない。


「その魔法石はどこで手に入るの?」

「購入するなら雑貨屋や魔道具屋などどこにでもありますが、一般的にはカードショップがお勧めですね。品質の良い魔法石から安価なものまで数多く揃えられています」

「ちなみにカードの単品買いはある?」

「もちろんございますよ。魔法石から開封されたレアカードが目玉商品としてショーケースに並べられています。ただし希少なカードなどは一般販売はされず、オークションや大会の景品などに用いられることも多いです」


 カードの生まれかたは違うけれど、販売方法や流通の仕方なんかは元の世界と似ているようだ。

 話を聞いたらますますこの目で実際に見てみたくなった。


「ねえ、クルスさん。私カードショップに行ってみたい。連れてってくれない?」

「城の外へですか? 申し訳ありません。それは私だけの判断では決めかねます」

「え~そんなぁ~」


 私のおねだりをクルスさんはやんわりと断る。

 考えてみれば聖女としてこの世界に呼び出されてから、外出らしい外出をしていない。大体いつもお城の中で過ごしてるし、外へ出てもせいぜい花壇のある庭園やカードバトル修練場のある中庭くらい。そろそろこの世界の町並みとか見てみたいんだけどなぁ。


「待てよ、だったらもっと偉い人の許可があればいいんだよね?」

「ええまあ、それでしたら……」

「だったら訊いてみよう! 行こっ、クルスさん」


 思い立ったら即行動だ。私はクルスさんに呼び掛けてお城へ向かう。


「あっ、モランドさん。ありがとうね。お仕事頑張って!」


 モランドさんへのお礼も忘れない。モランドさんは優しく微笑んで私を見送ってくれた。




「まあ、城下町のカードショップへ?」


 やって来たのはお姫様、エルちゃんのお部屋だ。

 本当は一番偉い王様のところへ行こうとしたのだけど、それはクルスさんに途中で止められた。いくら聖女でも執務中の王様のところへいきなり押し掛けるのは駄目なんだって。前にバトルしてたときに見に来てたから、案外暇なのかなって思ってたけど、そうでもなかったみたい。

 だからお姫様のエルちゃんのところへやって来た。

 エルちゃん、今日はお部屋でくつろいでるっていってたからね

 カードショップに行きたいことを話すと興味を持ってくれた。


「新しいカードを入れてデッキを強化したいの。それにこの世界でカードを売ってるお店のことも気になるし」

「そうですね。リセさんは救世の聖女。その本分はカードバトルにこそあります。デッキの強化はなにより優先すべきことですものね。そのためにカードショップを訪ねるのは当然といえるでしょう」

「そうそう。エルちゃん判ってる!」


 私がぐっと親指を立てるとエルちゃんもにっこり微笑み返す。あの日バトルして以来、私達はすっかり仲良しだ。


「いいでしょう。お父様には私から伝えておきますわ」

「やったあ! ありがとうエルちゃん!!」


 これで町へ行く許可が降りた。初めての異世界ぶらり町内探索だ。わくわくするなぁ!

 期待に胸踊らせていると、エルちゃんは侍女さんに声をかけてなにかを取りにいかせた。


「私も城下のカードショップを訪ねるのは久しぶりですわ。すぐに支度しますから、待っていてくださいね」

「ふえ? エルちゃんも来るの?」

「ええ。リセさん町に行くのは初めてでしょう? クルスがついているとはいえお一人では心配ですし、ちょうど暇でしたから」


 一緒にお出かけ出来るのは嬉しいけど、お姫様がそうほいほいと町へ行っていいのかな?

 そんな疑問が顔に出てたのか、エルちゃんは笑っていった。


「大丈夫です。ちゃんと変装して身分を隠していきます。時々、公務の一環で町の視察には出掛けていますからね。慣れたものですよ」


 そうなんだ。じゃあさっきの侍女さんには着替えを取りに行ってもらったんだね。

 それにしてもエルちゃんっておしとやかに見えてけっこう行動的だよね。私とのバトルもノリノリだったし。


「クルス、頼みますよ。お忍びなのであまり護衛を引き連れていくわけにはいきません。あなたが私とリセさんのことをしっかり守ってくださいね」

「はっ! 心得ております」


 エルちゃんが呼び掛けると、クルスさんは緊張した面持ちで敬礼した。

 そういえば二人でお出かけするってことは、クルスさんは聖女の私とお姫様のエルちゃんの両方を守らなきゃいけなくなるんだった。責任重大だ、これは。

 私は心の中でクルスさんに謝っておいた。

 


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