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聖女は大変

 私、月花梨瀬が、カードと魔法の異世界グランタジアにやってきて、一週間が過ぎた。

 ゴッドレアカードに選ばれた聖女としてこの世界で戦うことを決めた私は、毎日カードバトル三昧! いろんな人達との白熱のバトルや、異世界のモンスターとの出会いにわくわくの日々を送っている……というわけではなかった。


「はい、1,2,1,2! 背筋を伸ばして! 足運びをスムーズに!」

「ひええ………」


 白いタイルが敷き詰められた宮殿の一室。

 つり目の怖いおばさんの厳しい声と手拍子に合わせて、ぎこちないステップを踏む私がいた。

 なんでこんなことしてるのかって? 

 どうやら聖女というのはカードバトルだけしいればいいものじゃないらしい。国の象徴として社交界にも色々と顔を出さないと駄目なんだって。だからその備えとして、この国の貴族の礼儀作法を勉強させられているのだ。

 今は社交ダンスの練習中。これがまた辛い!


「ほら! また間違っていますよ!! そこは右足からだと何度も教えたでしょう!」

「ふええ、そんなこといったってぇ~!」


 教育係のゾラさんはちょっとでも間違えると厳しく叱ってくる。元々運動は苦手なので、一週間やそこらで華麗に踊れと言われても無理だ。

 だけどゾラさんはそんな甘えたことは許してくれなかった。


「もう一度最初からやり直しです。さあ早く準備して」

「ま、待って、待ってよ! もう朝からやりっぱなしだよ!? ちょっと休ませてよぉ~!」

「なにをいうのです。聖女として活動する以上、貴方様には最低限のマナーを身につけていただきます! でなければ我が国の品位が問われますからね。休んでいる暇などないのですよ!」

「そんなぁ~! たすけてクルスさぁ~ん!!」


 私は部屋の隅でずっと見守っている護衛のクルスさんに助けを求める。重たい鎧を着てずっと立ちっぱなしでいるのに、涼しい顔をしている。すごい人だ。

 クルスさんは困ったように眉を潜めつつも、私に助け船を出すようにゾラさんに声をかけた。


「ゾラ殿。聖女様はかなりお疲れの様子です。このまま続けるのは少々酷かと……」


 クルスさんの言葉を受けてゾラさんはしばし思案する。

 お願い、休憩プリーズ……!

 

「……判りました。では少しだけ休憩としましょう」

「やったあ!」

「その後はまたビシビシいきますからね!」

「は、はいっ!」


 ゾラさんの鋭い眼孔に射ぬかれ、ピンと背筋を伸ばす。やっぱり怖い!


 ゾラさんが部屋を出ていくと、私は緊張の糸が切れたようにふにゃ~と崩れ落ちた。

 地べたに座り込む寸前、素早く近寄ってきたクルスさんに身体を支えられた。そのままクルスさんにもたれかかってだらりと項垂れる。


「つ、疲れたぁ~……」

「大丈夫ですか、リセ様」

「大丈夫じゃないよぅ……まさか聖女やるのがこんなに大変だなんて。ねえ、本当にこれやんなきゃ駄目なの?」

「ええ。ゾラ殿もおっしゃっていた通り、国の品位に関わることですので。聖女様も公式の場で恥をかくことは望まれないでしょう?」

「そりゃそうだけどさ~」


 判っていてもつらいものはつらい

 これならモランドさんとバトルしてたときのほうが、怖かったけど楽しかった。

 いま思い出しても、あのバトルは本当に楽しかった。

 実体化するモンスターで戦うというだけで大興奮なのに、モランドさんの腕前も一流で、背中がヒリつくようなスリルと躍動感が味わえた。

 そうだ。私はカードバトラーとして腕を振るうためにこの世界に呼び出されたのではなかったのか。

 なのにあの日以来、誰ともバトルはやっていない。食事マナーに挨拶マナー、躍りの稽古やこの世界の歴史の勉強等々と、勉強漬けの毎日だ。

 実力者のモランドさんに勝ってしまったことで、バトルの腕を磨くよりも礼儀作法の教育を優先しようと思われてしまったようだ。

 まさかこんな落とし穴があったなんて。自分の強さが怨めしい(自惚れ)。


「ああ~! バトルしたい~!! ドラゴン達にまた会いたい~!! 新しいコンボ試したい~!!」


 私はクルスさんに寄りかかったままパタパタと腕を振り回す。

 クルスさんは「リセ様、どうか淑女の振る舞いを」と嗜めてくるけど、ゾラさんと違ってきつく叱ってはこない。ちょっとだけ甘えさせてくれる。この世界で甘えられるのはクルスさんだけだよ。本当に優しい。


「あらあら、ご機嫌斜めのようですね、聖女様」


 そうしていたらふと声をかけられた。私は慌てて振り向く。

 ゾラさんがもう戻ってきた!? こんな姿を見られたらまた叱られる!!

 と思いきや、そこにいたのはゾラさんではなく豪奢なドレスを纏った女の子だった。この世界にやって来た日、私を出迎えてくれたこの国のお姫様だ。確かエルマ姫とかいったっけ。

 ゾラさんじゃなくて良かったけど、なんでお姫様がここに? ってこのままじゃまずいか。

 

「えっとお姫様、本日はお日柄もよく、ご機嫌うるわしゅう……」


 慌てて姿勢を正し、付け焼き刃のマナーで挨拶しようとする。

 するとエルマ姫はクスクスと口元を隠して笑った。


「そんなに畏まらなくて良いのですよ。聖女様は我が国にとって大事な客人。私が王女だからと敬意を払う必要はありません」

「そう? 敬語じゃなくていいの?」

「ええ。楽にしてくださいまし」


 なら良かった。お姫様とはいえ、同年代の子に敬語ってむず痒くて使いにくいんだよね。

 クルスさんはもどかしそうにしてるけど、本人がいいっていってるんだから甘えることにする。


「お姫様はどうしてここに?」

「少し暇な時間が出来ましたので聖女様とお話をと。初めてあった日以来、ろくに話すことも出来ませんでしたから」


 そういえばエルマ姫と話すのも初日以来か。

 勉強漬けの毎日でゆっくり話をする余裕なんてなかった。


「まずは改めてお礼をいわせてください。あなたにとってなんの縁もないこの世界の為に、戦う決意をして頂けたこと。心より感謝しています」

「あ、うん。うまくやれるか分からないけど、頑張ってみるよ」


 世界を救うとかまだ実感は沸かないけど、カードバトルでなんとか出来ることなら、私にだってなんとかやれそうな気がする。

 やると決めたからには精一杯頑張るつもりだ。


「ところで先ほど部屋の外まで聞こえる声で騒ぎ立てておられましたが、聖女様はカードバトルの相手をご所望で?」

「ひえっ、聞こえてたの!? うわあ、恥ずかしいなぁ……」

「ふふふ、元気があってよろしいではございませんか。それで、もしよろしければ、私がお相手いたしましょうか?」


 エルマ姫の提案に私はかっと目を見開く。


「えっ! お姫様もバトル出来るの!?」

「勿論。デッキも持っています。モランドに勝ち越す程度には腕に自信もありますわ」


 エルマ姫は不敵に笑って左腕に光るリングを掲げてみせた。

 あれこそはモンスターを実体化してバトルすることが出来るバトルリングだ。そういえばモランドさんとの戦いのとき、みんな理解出来てなかった私のコンボの意図を即座に理解して解説してたのもエルマ姫だっけ。バトルに精通してる証拠だ。

 しかもあのモランドさんに勝ち越すって、かなり強いんじゃない!? 戦ってみたい!!


「すごい! やろうよやろう!!」

「ええ。では修練場に行きましょう」


 私は意外とノリのいいエルマ姫と共にカードバトル修練場へと向かう。折角なので実体バトルがしたい。狭い室内じゃモンスター達は出せないからね。

 廊下を歩いていく私達の背後で、クルスさんが心配そうに呟く。


「リセ様、ダンスのレッスンは……」


 その声は私にはもう聞こえていなかった。


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