神のお告げ
「神のお告げによると、キミは向こうの世界で神自身によって殺されたんす」
何もうまく理解できないうちに、どんどんと話は続いていく。
「神が自ら手を下すなんて珍しいんすけどね。それほど、キミが向こうの世界で必要のないコマ……いや、人間だったってことっすね」
「詳しいことはあたしもあんまり聞いてないんすけど、とにかくキミにはこっちの世界で過ごしてもらうことになるっす」
「ちょっと待て!黙って聞いていれば、何を訳の分からんことを!そもそも、神が俺のことを殺した?そんなの信じられるわけがないだろ!何なんだお前は!夢なら早くさましてくれよ!!」
「ちょっと落ち着くっす。現状は説明した通りっす。それでも理解に苦しむのは分かるっすよ。でも、冷静に考えてみるっす。キミは夢と現実の狭間で死を経験したはずっす。それによって、あっちの世界の肉体は消えたっす。それが『死んだ』ってことっすね。でも、魂はこっちに来たんすよ」
確かに、生きたまま焼かれる感触は残っている。あれが現実だったとでもいうのか?
「いや、でもそんなこと不可能だろ!神なんていないし異世界なんてないんだ!ただの空想だろう!」
「もしかしたら、俺は今、誰かの手によって仮想現実を見せられているだけじゃないのか。そう考えた方が100倍は合理的だ!」
「いい発想っすね。これはあくまでも現実や異世界ではなく、キミが見せられている夢、っことっすね。その考えも悪くないっすけど、結局状況は変わんねえじゃねえっすか?」
「どういうことだ」
「だって、今この瞬間がキミにとって夢だろうと現実だろうと、キミにとってここから抜け出す方法はないんすから。自分で覚ますことのできる夢ならもうとっくにさめてるっすよね」
「いや、それは違う。夢を見させられているなら、覚ましてもらえれば覚められるだろ」
「違うっすよ。キミにとっては、何も変わらないっす。覚ましてもらわなきゃ覚めないってことっすよね。それなら、キミ自身どうしようもないってことじゃないっすか」
「あと、そもそもここは夢じゃないっすね。確かに、それを証明するのは不可能ってもんっす。キミが過ごしていた『現実世界』だって、『夢』だったかも知れないっすよね。よくある話っすけど、それを証明する方法はないんすよ」
「だから、夢だろうとそうじゃなかろうと、その世界で必死に生きていくしかないんすよ。最も、キミは向こうの世界では必死に生きることも叶わなかったみたいっすけど……」
確かに、そうかもしれない。この夢が自分で覚ませない以上、俺がとれる行動はただ一つ。
「この世界で生きるしかないのか……」
「そういうことっすね」
腹をくくってここで生きる、か。いや、それしかないのか。まあ、向こうの世界だってさして楽しくもなかったのかも知れないな。払拭できない後悔に追いかけられ続け、プレッシャーの中で自分は有意義な生活を送っていると言い聞かせるだけの、あんな生活……
いや、待て。
「死んだ人間はみんなこっちに来るのか?だったら……!」
「来ないっすよ。ここは天国でも地獄でもねえっす。キミの住んでた世界からこっちに来た人間もいるかも知れないっすけど、その可能性はかなり低いっすね」
「そうか……」
早くも、微かに残った希望の光を失った。いや、でもまだ可能性が断たれたわけでは……
「それで、お告げってのは何なんだ」
「あ、すっかり忘れちまってたっす」
「それでは言い渡すっす」
「『汝よ。汝は向こうの世界で私が与えた使命を全うできなかった。そして、汝はもはやそれを叶えられぬ。生きている意味すら見出だせない人間である。よって、私の手で殺すことにした。よく聞け。汝は、クズだ。どうしようもないくらいのな。だから、そんなクズな汝に改めて、この世界での使命を与えよう。もし、汝がその使命を果たすことができたら、汝のねがいごとを一つ叶えてやろう』」
「続きは?」
「以上っす」
「は?」
「へ?」
「いや、続きがあるだろ」
「ないっす」
「どういうことだ」
「いやあ、これが神のお告げっすから。あたしはこれを伝えるのが役割っすから詳しいことはよく分かんないっす。でも、この続きはないっす」
「いや、おかしいだろ!適当すぎるだろ!そもそも使命って何なんだよ。俺はそんなもん与えられた覚えはないぞ!しかも、こっちの世界での使命も不明じゃないか!そんなもん、どうやって果たせっていうんだ!」
というか、神様に殺されるってそんなことがあり得るのか。しかもクズ呼ばわり。俺以上のクズな人間なんて他にいくらでもいるだろう。どうして俺が!重大な犯罪を犯したこともないぞ!どうしてここまで憎まれなければならない!
「こんなの、無茶苦茶じゃないか!!」
「まあまあ、落ち着くっす。あたしも神の意向は良く分かんないっすけど、もうそういうことなんす。無茶苦茶だろうが、やるしかないんすよ」
「ちなみに、使命は必ずどの世界のどの生き物にも与えられてるっす。しかも、その内容は本人は知り得ないっす。もちろん、使命が与えられてることすらっす。時には、反社会的な使命を与えられる人間もいるっす。そうやって、全ての世界は成り立ってるんす」
「だから、使命を果たせなかった人間は存在価値を失い、その世界から脱落させられるっす。と言っても、ほぼ全員が何らかの形で、死ぬまでにはその使命を果たすんすよ。でもキミは、それも叶わないと判断されたってことっすね」
「じゃあ俺は何のために生きていたんだ!神の使命を果たすためか!?あまりにも理不尽だろ!どうして俺は死ぬまでには果たせないって勝手に判断されたんだよ!」
「それは分からないっす。あたしは、神のお告げを言い渡すだけの役割っすから。事実は知っていても、神の意向や目的なんてものは教えられてないんすよ」
こいつは事実しか知らず、全ては神の意向、なのか。なら、悪いのは全てその神ってやつだな……!
「悪かった。お前にあたっても何にもならねえよな。気が動転してた」
「分かってくれればいいんすよ」
「で、使命を果たせなかったら俺はどうなる?この世界でまた死んでどっかに飛ばされんのか?じゃあ俺が何もしなければ?ここで何もせずただのんびりと過ごしていたら?」
「申し訳ないんすけど、それも分からないっす。勝手かもしんないっすけど、果たせなかったら、ってことは書いてないんす」
神ってのはずいぶん意地悪なのか適当なのか……こんなやつに世界は動かされてるのか。くだらない。
「そうか」
「けど、『使命』という意味ではキミが何をしようとしなかろうと、果たすことになるかもしんないっすよ。なんでも、内容が分かんないっすからね。何もアクションを起こさず、平穏に暮らすこと、それが使命かもしんないっすから」
「ははは。神ってのは冗談がキツイすぎるだろ。そんなもん、無限の可能性があんじゃねえか。要するに、アクションを起こしたところで空回りしかしないかも知れねえんだろ。だったら、俺は平穏に暮らしてやるぜ。ねがいごとなんて特にねえしな。果たせなかった罰も良くわかんねえし、どっか飛ばされるならそれはそれでもう、どうでもいいさ。向こうの世界でだって、何もわかんねえまま生きてたんだから、こっちでもそれでいいさ」
「そうっすか。でも、ねがいごとは叶えてもらった方がいいと思うっすよ。何でも、叶えられるっすから。キミがもし何か後悔していることがあれば、それも拭えるっす。過去に戻ることも、大金を手にすることも、地位や名声を得ることも、不可能なことなんてないんすよ。確かに、使命がなにか分かんない以上、どうしようもないっすけど」
「それに……」
「ここはバトルロイヤルな世界っすから。平穏に過ごすことも、恐らくは不可能ってもんすよ」