神の遣い
暗い。ここはどこなのだろう。何も見えない。何も感じない。
「それで、どう……じゃ」
「いやあ、まだ……っすね。なんたって、まだ感……いっすから」
何を話しているんだ?
耳を凝らせば辛うじて拾い上げられないでもない言葉の欠片を、繋ぎ合わせ、文にする。
「ふむ。だが、そろそろではないのか」
「そうっすねえ。そろそろ、戻ってくる頃だと思うっすよ。持ってきた段階で、少し形も変形してきてたっすから」
変形?会話も記憶も全く理解が追い付いていない。確か、森みたいな場所に……
それで何者かに担がれてここまで運ばれた気がする。それは「歩く」感覚によく似ていた。それで……
そうだ。暗闇に放り込まれたんだ。
ガラガラ。
「あのう。そろそろ起きれないっすかね」
声だ。先よりも、近い。
「もしかして、観念しちゃったっすか?多分、もう動けるっすよ」
動ける?
バッ!!
放たれた言葉を理解するなり、身体を起こす。そして、声の聞こえた方に顔を向ける
「わっ!急に動いたらビックリするっすよ!」
「気分はどうっすか。そろそろ慣れてきたっすか?」
「あ、あの……えと……」
与えられた情報量が多すぎて。そして、何もかもが新鮮すぎて。何を口にすればいいか分からない。
「まあ、普通そうなるっすよね。いいっすよ。落ち着くまで、ここにいるっすから」
どれほどの間があったのだろうか。俺は口を開く。
「ここは……」
「そろそろ落ち着いてきたみたいすね」
「ここは、簡単にいうと異世界っす」
異世界?あー、ゲームやアニメでよくある……って、は!?いやいやいや、訳がわからん。そんな世界実在しないだろ。空想の世界だろ。
「もう大丈夫みたいなんで、とりあえず一方的に喋るっすね」
「ここはキミが住んでいた世界じゃないんすよ。そして、ここがキミたちのいう異世界っす」
「なぜ……」
「ん?なぜここにいるのか。という質問なら、残念ながらキミが死んだからっすね」
「向こうの世界で死んだキミは、神の意志で異世界転生を果たしたってわけっす。まだこっちでの肉体が定まってなかったっすから、さっきまでは茶色いただの塊っしたよ」
「感覚もおぼつかなかったと思うすけど、それはこっちの世界に来た副作用みたいなもんっすね。こっちに来ても始めから完全な肉体は与えられないんすよ。自らの強い意志によって、こっちでの肉体を手にいれるって感じっす」
「多分まだよく分かってねえと思うっすけど、続けるっすよ」
「こっちに来た時点では、生きるとも死ぬともとれない、不完全な状態なんすよ。形も感覚もない状態っす。でも、こっちの世界での適性を身に付け始めると、ごく稀にその塊はその強い意志のもとに肉体と感覚を有するようになるんす」
「悪いっすけど、キミに適性があるか分かんなかったっさから、出会ってすぐにガクガク揺すったり殴ったりしちまったっす」
「痛かったすか?申し訳ねえっす。でも、良かったっす。どうやら、キミは転生に成功して、無事肉体を手に入れられたみたいっすね。」
「とりあえず、キミの状態についてはそんなもんっす」
「何か、質問はあるっすか?」
さっきから何を言ってるんだ。このうさぎ……?は。なぜうさぎが喋ってる。なぜうさぎの言葉がわかる。
しかも、転生?死んだ?ここが、異世界?そんなこと言われても受け止めきれんな。まだ夢だと思った方が納得がいく。
「あ、自己紹介がまだだったっすね」
「あたしはシャラ。神の遣いをやってるっす。あ、キミの世界ではヒトは他の動物とは喋んなかったすね」
その言葉と同時に、白いふさふさの身体で赤い目をした饅頭のようなその塊は、白いスベスベの肌で赤い目をした女へと姿を変える。
「まあ、今のキミはヒトじゃないっすから、この姿になる必要もないんすけどね。まだ自分が何者かもわかってないみたいなんで、とりあえず合わせるっす」
ますますわからん。夢なら早く覚めてくれ。頭がおかしくなりそうだ。うさぎがヒトに?あり得ない。
「じゃあ今から神のお告げを言い渡すっすよ」