転生
意識を失った男が目覚めたのは、日常なのか。はたまた、それも夢なのか。今日も男の日常が始まるはずだったが……
「ん……そろそろ朝か」
太陽の光はカーテンに遮られているが、それでも薄い日光が瞼を刺激するがわかる。いつもの感覚。
「あれ……」
「身体が……動かない?」
おかしい。どうしてだ。確かに、意識はここにあるはずなのに、身体が動かない。それどころか、目も開かない。手も、足も、指先も、そこに意識を集中しているはずなのにピクリとも動かない。
「おいおい、よしてくれよ。なんだってんだ。これじゃ朝を満喫できないじゃねえか。金縛りか?」
自由に巡らせられる意識とは裏腹に、身動ぎのできないその塊は、もはや生を感じさせない。
「なんだか暑いな。今は初冬だぞ。朝からこんな暑いなんてどうなってんだ。いや、熱い……?」
男の瞼を刺激するその光が朝日ではなく、メキメキと勢いを増す赤い光であることに男が気付くまで、数秒とかからなかった。
「はっ!」
こうして男の意識は再び途切れたのであった。
ーーー「チッ。寝覚めの悪い夢だ。朝からどうして……」
いつも通り、目を開けながら身体を起こす。
しかし、飛び込んできたのは、普段の日常とはかけはなれた神秘的な景色であった。
緑。森か?いや、そんな言葉では形容しきれない。生を感じさせる巨大な空間。見たことのない異質な形の木に囲われている。
いや、そんなことはどうでもいい。それよりもまだ夢が続いているのか。いい加減目をさましたいんだが……って、あれ。俺、今完全に意識あるよな。というか、さっきのだって、到底夢とは思えないほどリアルだった。生きたまま、焼きつくされる感触。
確かにこの身にその感覚は刻まれている。何が起こっているかも理解できず、ただひたすらに痛い。息ができない。全身に釘でも打たれたかのような痛みが走る……
しかし、理解できない。あれほど現実じみた感覚には違和感を抱くが、夢と解釈しなければ到底納得などできない。これが夢じゃなければなんだというのだ。
「あの……」
いやまて、というかなんだこの感覚は。目の前の景色にばかり気をとられていたが、どうも身体の様子がおかしい。思うように動かせない。一体、どうなっているんだ。
「すみません……」
それよりも。身体を起こして目を開けたはずなのに、動かせない。顔も視界も何もかも。自分が呼吸をしているのか、それすらも分からない。
確か俺は……
その時、勢いよく視界が切り替わる。と、同時に上に下に、左に右にガクガクと視界が乱れ始める。
なんだ、これは……
次々に起こる理解不能な現象に呆気にとられながらも、思考を巡らせる。
確か昨日、俺はいつも通り家に帰って、いつも通りの流れで床についたはずだ。それから……
そうだ。時間について、その重要性を噛み締めていたはずだ。それから……
目を閉じることもできないまま、なんとか思考を巡らせていたその「塊」は突如左頬とおぼしき場所に鈍痛を覚える。
「痛っ!!」
わからん!一体、どうなっているんだ!!
意味不明の状況に苛立ちを覚え始めた茶色い塊は、何とかして身体を動かそうと試みる。
「って。声が、出る……?」
さっきまで喋ろうとしても一切声が出なかったにも関わらず、声が出せるようになったのか。
「あのう。誰か、いますか」
それでも身体は未だ動かず、辛うじて、ピクピクと痙攣するかのようにその塊は震えていた。
「あ、喋れ……すね。じゃあ、こっち……すか?」
ん、何か聞こえ……る?そういえば、さっきから何か音が聞こえているような。
「えっと……誰かいますか」
喋れているのか?そういえば、自分の声も自分の耳にはうまく届いていない。自分が何を口に出しているのか分からない。どうにか伝わっているのだろうか。
「んー、まだよく分かんないすね。一旦、持ち帰るっすか」
そういって形を変えた「女」は、茶色い塊を持ち上げてその場を後にする。
朝から理解不能な状況を体験するその塊。一体、何が起こったというのか。そして、彼を持ち帰った彼女とは……?