反対の声がないからと言って、みんな賛成とは限らない
「俺、三崎とはあんまり喋ったことなかったけどさ」
「ん?」
「七瀬ともあんまり接点ないんだよな」
自分の席で友達と談笑している七瀬を見て、田宮はぼそりと呟いた。
しかし彼女はのんびりする気もなさそうで、机の中の教科書やノートをかばんに詰め込み、教室から出ようとしている。
「でさ、男子ともあんまり喋んないだろ?」
「まぁそうだな」
「学祭の会議以来だと、結構三崎と会話してるんだよな」
「そりゃ責任者にさせられちまったからな」
「あー……だからか」
「何がよ?」
「七瀬、三崎に気があるのかと思ってさ。うおっ!」
田宮が寄りかかっていた三崎の机が、大きな音を立てて揺らいだ。
田宮が驚いて三崎を見ると、慄きながら信じられないような目で凝視していた。
「まぁ気があるとしても、せいぜい授業態度の指摘くらいだろ。話題作りにも無理がある。それと三崎も落ち着けよ」
長浜はそんな二人に呆れ顔を向けた。
学業も、学業から離れてるときも、二人の間にはかなりの格差がある。
接点だって田宮以上に少ない。
無理やりくっつけたところで、その話には無理が生まれる。
「そろそろ部活に行かねぇと遅れるぞ?」
「お、おぉ……あ、でもほら、こいつはどうするよ?」
田宮が指差したのは、粗方空っぽになった三崎の弁当箱と並んでいる意見箱。
投書の入り口は広くはなく、ひっくり返しただけでは出て来そうにない。
「いや、三崎が見るべきもので、俺らは見ちゃまずいだろ」
「でも、何が書かれてるかは興味あるな。三崎への手紙が入ってるわけじゃないんだろ?」
「あ……う、うん。多分……」
口ごもりながら恐る恐る箱をひっくり返し、ゆっくりと揺らす。
折りたたまれたメモが一枚、また一枚と出てくる。
「長浜―、何やって……って、田宮もいたのか。何してんの? 部活そろそろだろ?」
そこに近づいてきたのは立川。
いつも一緒に教室を出てそれぞれの部活に向かうのだが、三崎の席にまだいたことに気が付いて声を掛けに来た。
「お、投書か。何書かれてんの?」
「立川も遠慮ないんだな。三崎と結構仲良しなのか?」
「まぁそうだな。でも田宮と三崎も珍しい組み合わせだな」
「クラス内じゃ誰と組み合わせても珍しいだろ」
「俺は、趣味でクロスワードとかやるんだよ。クイズっぽいのもあってさ。それでその類の本も買ったりしてな」
立川と田宮がそんな会話を交わしている途中で、長浜が低い声を出す。
「おい……何だよこれ」
いきなり雰囲気が変わりそうなその一言に、二人は反応して長浜を見る。
長浜はピクリとも動かず、机の上を凝視していた。。
三崎はというと、箱をひっくり返したまま止まっている。
「どした? 二人とも」
「何かメモが……って……」
三崎の机の上には、折りたたまれた七枚ほどのメモ用紙が散らばっている。
そのうちの一枚が自然に開き、書かれた文字が露わになる。
立川はその文字を読み取った。
「……『諦めたら? そこで試合終了だよ?』……って……」
「……こっちは『無理するな。もう休め』だと……」
憤りを見せる長浜と立川はまだしも、一回目のクラス会議の時にはそれほど積極的にはならなかった一人の田宮はそんな立場にはなれない。
が、周りに流されようが周りから押し付けられようが、前向きな姿勢で取り組んでいる者の足を引っ張るようなメモを見て、何とも思わないほど無関心でもない。
田宮は周りを見渡す。
二、三人のクラスメイトは残っているが、彼らの誰かが投函したわけでもない。
メモは当然無記名。
やるせない思いが湧いてくる。
「あの、さ……」
しばらくして三崎が声を出す。
頼れることがあるなら頼ってほしいと思ってる二人は、敏感に反応する。
しかし、三崎の言葉は、そんなに気にするふうでもなく。
「このメモ……そのまま捨てて、いいのかな」
三人の思いとは裏腹に、気の抜けたような口調。
しかし落ち着いて考えてみれば、そのまま捨てられたメモを誰かに見られたら、意見箱の意味もないように言われるかもしれない可能性もある。
作ったのは七瀬だが、管理責任者は三崎も該当する。
だが捨てられるメモは、明らかに三崎に協力する意思のない中身。
捨てられても仕方がないだろうし、保管する意味すらないものだ。
「……文句言われる筋合い、ないんじゃないのか?」
田宮は思ったことを口にする。
それは確かに道理ではあるのだが、三崎はそうは思わないらしい。
「……えっと……無駄な物を作って、何したいんだ? って、七瀬さん、責められないかな……」
「三崎、お前、気を回し過ぎじゃないのか? そこまで考える必要ないだろ」
「だったら、七瀬さんが始めた学祭の会議自体、無駄だったんじゃないの?」
立川も三崎のことを思いやるが、三崎は三崎で七瀬の立場を考える。
そんなことまで考える奴だったか? と、今まであまり会話をしたことのない田宮は、自分の勝手な三崎のイメージを改める。
「細かく破いて捨てられても、その捨てられたメモの状態を見て、捨てた奴のイメージ浮かんじまうからな」
得づらい協力を得るための苦肉の策が、苦労しか生み出してくれない箱。
実に面倒なものを用意してくれたものだ、と長浜は心の中で愚痴を言う。
「校内のどこかのごみ箱に捨てても、万が一見られたらよくないよな。書いた本人がそれを見たら、三崎になんやかんやと文句を言ってくること間違いない」
田宮の言葉を聞いて、この手の嫌がらせをする奴に限って、自分のことを棚に上げるのは得意だからなぁ、と立川はぼやく。
「じゃ、じゃあ家に持って帰って、うちで捨てればそれでいいよね」
「そこまでするほどのことか? とも思うけど……」
「た、立川が気にすることじゃないよ」
三崎はそう言うと、その二通を学生服の胸のポケットにしまい込んだ。
「……ほかは?」
「ま、まだ読んでないから、見なかったことにするよ」
残りのメモを、再び箱の中に戻す。
それを見て田宮がつぶやいた。
「何かで見たことあるぞ? 何だっけ……あ、バレなきゃ犯罪じゃないんですよ、だ」
「いや、それ、当てはまってないから」
クイズが好きって割には、この場面とはどこかがズレてる言葉を持ち出す田宮に呆れた長浜だった。




