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言動がまともになれば、付き合ってくれる人も増えていくようになるかもしれない

 校内での三崎の変化は、クラスメイトの何人かからも確認されるようになった。

 授業中に先生から受ける質問には、相変わらず「分かりません」を連発するが、少なくとも彼の授業態度には嫌悪感を示す者はいなくなった。

 ただ、何をいまさら、と感じる生徒はいたようだが。


 そして、弁当の件。

 昼休みの時間に食べることはなくなった。

 その代わり、放課後に弁当を食べて帰るようになった。

 課外活動は、所属している生徒は彼一人のみの囲碁将棋同好会。

 しようがすまいが、彼の意思次第。

 顧問は特に強制することもないし、生徒会からも費用は出ないため、学祭での活動も義務付けられてはいない。

 むしろ同好会単独での学祭参加は許可が下りづらい。

 だから、学祭の準備期間内なら、校内で唯一自由に動ける生徒とも言える。


 いずれにせよ、本人には無理やり変えようとしたのではなく、変わりたいと思ってたわけでもない。

 そのように変えざるを得なかったところもあり、変わっても差し障りがない範囲で変化したのである。

 その結果、彼にとって腰が引ける出来事が起きた。


「なあ三崎……って、何いきなりビビってんだよ」


 三崎が弁当を食べようとしていた放課後。

 長浜が近寄るが、彼の後ろにいるクラスメイトを見た三崎は顔を引きつらせ、わずかだが椅子ごと後ろに仰け反った。


「あ、えと、あぅ」

「あのなぁ……人見知りにも程があるぞ。大体去年一年ずっと一緒だったし、修学旅行でも会話の一つや二つくらいならしただろうが」

「あ……うん……田宮……君、だよね……えっと、なんで、長浜と……?」

「長浜、お前、三崎からも呼び捨てか」

「あぁ。そりゃ、まぁな。立川もだぞ?」

「まじかよ」


 長浜と一緒にやってきたのは田宮新次郎。

 三崎が田宮のことをよく知らなかったように、田宮も三崎のことはよく知らない。

 だから、あまり会話をしないクラスメイトが呼び捨てする相手がいることなど思いもせず、それが一緒にいるクラスメイトもその一人と知り、驚いている。


「あ、俺、部活が長浜と一緒なんだ。去年は入部早々怪我で休部。リハビリしてたんだよな。で、今年になってようやく復帰ってな」

「あ……う、そ、そう、なんだ……」

「あぁ。……ところで何で今頃飯食ってんの?」

「え? あ……う……」


 田宮から質問された三崎は、答えに詰まった。

 弁当をこれから食べようという時に、その一部始終を話すにはやや時間がかかりすぎる。

 それに、途中で遮られるかもしれないことを考えると、その質問の答えは田宮に必要なのかどうか。


「田宮、それ、これから弁当食おうとしてる三崎を咎める感じだぞ?」

「え? 俺、ただ聞いてみただけなんだけど? こいつ、そんなにめんどくさい奴だっけ? 奇妙な奴なのは知ってるけどさ」


 三崎への用は弁当じゃないだろ、と長浜は指摘する。

 それもそうだった、と本来の用件を思い出した田宮は、再び三崎に話しかけた。


「あー、飯食いながら聞いてもらって構わないんだけどさ」

「ん……」


 田宮は持っているカバンの中をまさぐりながら話を続ける。


「お前さ、こないだの会議で……クイズ大会やるっつってたろ?」

「う、うん」

「えっと……あ、あった。これだ。お前、この本持ってる?」


 田宮のカバンから、テレビのクイズ番組の問題集っぽい本が出てきた。

 全国的にも人気がある番組で、時折クラス内でも話題にあがるほど。

 しかし三崎はその本に目をやると、すぐに弁当に戻す。


「それ……一昨年に出た奴」


 弁当と向き合いながらも、一目見ただけだがその本について口にする。


「お、おう、よく知ってんな」

「んぐっ。……俺も持ってる」


 クイズ好きなだけはある。

 好きになった番組で出る問題を集めた本の一冊や二冊をもってたところで、三崎の足元にも及ばない。


「えと、問題の種類によっては、時期にそぐわないものもあるから。情報が古くなることもあるし」

「え? だって一昨年だぜ?」

「うん。情報化社会、だしね」


 そうなんだ、と言いながら、田宮は出した本をまたかばんに戻した。


「力になれるかと思ったんだがな」

「気持ち、うれしい。ありがと」


 二人のやり取りを傍で見た長浜は不思議に思う。

 殆ど会話をしない者同士で、しかも片方が人見知り。

 なのに思った以上に会話がスムーズ。

 しかし思えば自分もそうだった、と思い返す。

 趣味があい、会話がいきなり盛り上がった。

 三崎が人見知りな性格をしていると気づく前に。

 俺はゲームで、田宮はクイズか、と独り言ちるが、結局のところ好きな趣味が合ったときの力というのはつくづく偉大、と感心した。


「お話盛り上がってるところ、ちょっとご免……って、弁当食べてる途中でごめんね? でも三崎が悪いから」


 突然割り込んできたのは、またも七瀬。

 話しかけられない日はないような気がする三崎だが、いきなり自分が悪いと言い出した七瀬に、またも怯えの色を見せる。


「あんたいっつも忘れてるでしょ。ほら、意見箱。結構貯まってるよ? あんたが中身検めないことには、これ作った意味ないし、あたしの作業も無駄になるから、ちゃんと開けて確認してね? 確認したら戻しといて。用件はそれだけ。じゃあね」


 意見箱を置き土産にして、つむじ風のように一瞬で七瀬は立ち去った。

 それについていけない三人。


「……七瀬さんって……」

「ん?」

「三崎、結構仲いいの?」

「んー……」


 三崎は箸を持ちながら考え込む。

 仲がいい、と言えるのだろうか?

 勉強も教えてくれる、とは言ってくれるくらいではあるが、期間限定ってところが、仲良しって訳でもないと言われそうな気もする。

 答えに困る質問も、答えを言うのに割と緊張する。


「いきなり呼び捨てにするお前程は……仲良しとは言い難いかもしれないな」

「あ……そう言えば」

「そう……だね」


 社会人だとそうはいかない。

 学校の存在意義は、ひょっとしたらそんな所にもあるのかもしれない。




 、



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