友達がいない人は、必ずしも人から嫌われてるわけではないようで
その翌日。
三崎の後ろの席の立川は、一時限目の授業で珍しい物を見ている。
前の席の三崎が、授業開始直後から一度も窓の方を見ていないのである。
かと言って、今までのようにずっと机の上を見ているのではない。
先生の話や板書にあわせて、首を前と下を不規則に往復している。
明らかに先生の話をしっかりと聞いているようなのだ。
授業が身に入っているかどうかは、今は考える必要はないだろう。
今の三崎は、一人で学祭の準備をしなければならない現状と立場。
しかし授業を真剣に受けているのであれば、少しでも構わないから仲がいい奴の力になりたい、思うのは自然の事。
立川は心の中で三崎を応援しながらも、自分もこいつには負けられないと思いながら授業に再度集中した。
※※※※※ ※※※※※
「やればできるじゃない」
と、この日の昼休みの時間開始早々に、七瀬が三崎の席にやってきた。
三崎の態度に怯えがなかったら、誰だって彼氏彼女の関係と思われるに違いなかった。
「あ、えっと……お、俺、ちょっと考え事あるからっ」
「え? ちょっと、三崎くん?」
が、また昨日と同じように、七瀬から逃げるように教室から出ていった。
「なんで逃げるのよ。これじゃ進展聞くに聞けないじゃない」
頬を膨らませる七瀬。
しかし彼女の不満を聞いた二人は、あいつから話し出すのを待てばいいのに、と肩をすくめた。
一方の三崎は昨日と同じく、屋上でひとりぼっち。
昨日と違うところは、弁当を持ちだす時間的余裕があったこと。
しかし、弁当は故意に置いてきた。
満腹になると頭が働きづらくなる。
頭を悩ませている彼には、それは仕事の邪魔になるからだ。
「昨日は……問題数は五十越えたんだよな。学祭は確か九時から三時までの六時間……だから、三百六十分。一分に一問ってペースは難しいだろうから、それくらいあったら十分ってことだよな。あとは進行の仕方だな。うーん……」
一人で物事を進めるのに都合がいいことは、一緒に作業する者達に、随時進行して変化する情報の確認をする手間がいらない、という点だ。
しかしデメリットもある。
三人よれば文殊の知恵。
一人じゃ出ない知恵も出る。
だが今の三崎には、その人数も集められない。
それどころか、自分では思い付きもしないアイデアを持っているかもしれない誰かに助けを求めることすらも思い付かない。
「……今日は、流石に眠っちゃうわけにいかないか」
三崎は静かな屋上を後にして、昼休みが終わるというのにまだ賑やかな2年A組の教室に戻る。
そして午前中同様、誰の目から見ても真面目な姿勢で午後の授業に臨む三崎だった。
※※※※※ ※※※※※
1日全ての授業が終了。
そしてホームルームも終わったすぐ後、七瀬は再び三崎のそばにやってきた。
「糾弾したり責めたりするつもりはないから、逃げないでよ」
その言い方が既に、三崎にとっては七瀬から責められてるように感じていたりする。
が、その口調はいたって穏やかだ。
七瀬を前にして委縮するかもしれない三崎を案じた仲良しの二人は、その様子を見て「じゃあまた明日な」と声をかけ、それぞれの部活に向かう。
教室内には何人かの生徒はいて、七瀬の席にはいつも通り彼女が戻るのを待ってるクラスメイト達がいたが、窓際の席では三崎と七瀬の二人きりとなった。
「あ、え、う、うん……ごめん……なさい……」
ごめんなさいと言われるようなことでもないんだけども、と、七瀬は何ともやり切れない。
授業態度が改まりつつある三崎に、次は日常会話の態度の改善を要望したくなる。
「で、学祭の件はどれくらい進んでるの?」
と聞きつつ、その挙動不審な言動に頭を巡らせた。
自信のなさなのかそれとも周囲を怖く感じているからか。
そんなことを考えてるうちに、リハビリか何かに付き合わされてるような気もしてくる。
「えっと……問題数の目安もついたし、あとは……形式、かな……」
面倒な奴と会話しなきゃならなくなったが、三崎からの報告を聞き、それも学祭が終わるまでの我慢か、と気持ちを切り替えた。
「そう、進んではいるのね。教室内の準備は前日祭の前の日でないと取り掛かれないから、それまでできることは完了させてね。その日は丸一日教室の準備に時間をかけられるから、その時は何人か手伝ってもらえるかもしれないから、その計画も立てといてね? 計画、作れるよね?」
いくらみんなが部活の方で忙しくなるとは言っても、その日だけならみんなからの協力は得られるはず。
というか、どのクラスも部活の様々な出し物やイベントの準備で忙しい。
一日をクラスの準備のために授業のない日にしたのは、全校生徒がクラスにも協力するように、という生徒会側からの配慮。
クラスがまとまって活動する数少ない機会、とも言える。
七瀬は、その時は流石に三崎から指示を出すべきと考えていた。
そのためにも、その日まではそんな段階に到達してもらわなければ困る。
何せ今のところ、全てを三崎に託している状態。
どんなに頼りなさげに見えても、頼らざるを得ない。
計画の進行も心配だが、自分と会話するだけでもそこまで緊張するほどだ。
その態度の改善も、その時に備えての必須事項の一つに思えてくる。
「人手も足りなくなると思うし、授業のこともあるし、いろいろ大変だと思う。困ったときは頼っていいからね? あ、あと、あたしはこれから生徒会に行くから、意見箱、中身検めてみて? 何人か投函してるっぽいから」
「あ、あん。……うん」
あぁ、とか、うん、とか、短い返事をするときすら軽い緊張が見える。
その二つをまとめてしまうほどに。
気の毒と言えば気の毒だけど、去年もそうだったかなと七瀬は小首をかしげる。
が、去年はそれこそ会話したことはなかったことに気付く。
七瀬は、そりゃ初めて会話した気分にもなるわ、とちょっと呆れた。
もっとも三崎に対してか、会話をしたことがあるつもりでいた自分に対してか、それとも互いに交流をしていたつもりのクラスメイト達になのかまでは曖昧のまま。
「……三崎君。今までこんなこと話したことなかったけどさ」
「あ、うん」
「授業態度は真面目になっても、いきなり成績が上がることはないと思うから。分からないことがあるなら、周りに誰かがいても気にしなくていいから聞きにおいでよ。それだけでも学祭の準備の負担、軽くなるでしょ? 学祭が終わっても勉強に付き合えるかどうか分かんないけど」
三崎は学祭のクラスの責任を負っている。
彼からは言い出すこともないし、そんな発想もないだろうが、学祭の準備で勉強が疎かになった、などと言ったとしたら、それはある意味正当な抗議とも言える。
だから、自分から言い出したこのことだって、ごく自然の流れのはず。
学祭まで、と期間を限定するならば、誰からも変な難癖をつけられることもない。
「あ……うん……」
殆ど態度と反応に変化が見られない三崎は、机の中からノートを取り出す。
早速質問があるのかと思いきや、ノートを広げたページには、イラスト付きで学祭の計画について書かれていたようだった。
が、文字は細かく、七瀬には読めない字が並ぶ。
「……じゃあ意見箱の確認の件、お願いね」
返事はない。
既に集中しているであろう三崎の作業の邪魔にならないように、七瀬は静かにそう言い残してその場から離れた。