自己改革は難しいけど、変える箇所を見誤らないまま前を向くだけでも大切
昼休みの時間が始まって早々七瀬から怒られた三崎は、そのせいではないだろうが教室を退室した。
その日の午後のすべての授業で、三崎は姿を見せなかった。
そして放課後。
席が空いた窓際の列。
その空席の前後の生徒が顔を見合わせる。
「いくらなんでもまずくね?」
「けど今までさ、何言われても平気なツラしてたよな。昨日のクラス会議だってそうだった」
「だよな。しかもあいつ、弁当食ってねぇだろ」
言われてみれば、と立川は思い返す。
ノートと筆入れを持って教室を出た。
しかし昼食の弁当は手にしていなかった。
「学食とか購買とか……」
「弁当置き去りにしてか?」
ともあれ、その原因を直接作ったのは七瀬である。
七瀬のはずだ。
二人は七瀬の方を見る。
その七瀬は、机の上と中の物をがたがたと出し入れしている。
再び長浜と立川は顔を見合わせる。
「あいつがどこにいるか、なんて探す暇もないしなぁ」
「俺も。けどあいつ、このまま役目を放棄したら……」
再度七瀬を横目で見るが、七瀬に何かを気にするようなそぶりはない。
「ま、どっかで出くわしたらなにか適当に一言言っとくか」
「だな」
他のクラスメイト同様、二人もそれぞれ部活に向かう。
が、教室の出入り口で、教室に入ってくる生徒とぶつかりそうになった。
その相手は……。
「おっとすま……って三崎じゃねぇか。お前、どこ行ってたんだよ」
「どこにいるか見当もつかなかったから探す時間もなかったし。心配はしてたけどよ」
昼休みからずっと行方不明だった三崎だった。
「あ、あは。屋上。ちょっと集中したかったから。そしたらいつのまにか寝てた」
「クイズ大会か? 熱心なのはいいが、ほどほどにしとけよ?」
「屋上で寝てたって、風邪ひくぞ? んじゃ俺ら部活だから。また明日な」
確かに、付き合うことで自分に利益をもたらす相手とは仲良くしたいものである。
しかし学力も低く授業の態度もよろしくない三崎は、クラスの大部分からは付き合っても何の得にもならないと思われている。
それでもこの二人はそんな三崎を気にかける。
三崎の、クイズ以外の趣味や関心があることが二人の趣味とあったことがその理由。
そしてそのことで気が許せる間柄となり、何の気兼ねもなく裏表もなく付き合えるということから二人は三崎を気にいるようになった。
当然この三人は、互いに勉強を教えたり教えられたりという関係ではない。
それが逆に、気楽に付き合えるということで、三崎を癒しキャラと認定するようになったようだ。
ところが三崎は人見知りするタイプ。
いきなり大上段で近づいてくる者には警戒心丸出しで、逆にその人物からは遠ざかる。
もし彼がそんなタイプじゃなかったら、仲良しになれる人はもう少し多かったかもしれない。
もちろん誰もが、そんな三崎に気を遣って接触するばかりじゃない。
三崎が付き合える相手も、自ずと狭まれる。
三崎自身も、このままではいけないとは思うところはあるらしく、用事がある相手には緊張しながらもその距離は縮める努力はする。
だがその緊張を抑えられないこともある。
その様子はまさに挙動不審。
無邪気な子供達なら、それでも仲良くなろうとすることもあるだろう。
しかし気遣いができるくらいの年齢になれば、そんな行動は自分を嫌がられているものと判断されることもある。
本人はそうは思ってなくても相手からは嫌がっていると思われた場合、無理に接近するのは控えられるようになる。
その結果、友人ができない状況になり、三崎の場合はその二人以外友人がいない、ということになる。
だが、そんな気遣いをする気がない者は、ずかずかと彼の領域内に踏み込んでくる。
七瀬がそうだった。
「あ、ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
三崎とは違って、クラスメイトからは好かれている彼女は、自分の周りにいる友人たちをそこで待たせて自分の席から離れる。
友人たちは彼女の背中を目で追う。
その七瀬は、自分の席に戻った三崎に近寄っていった。
「……ちょっといい?」
「う……あ……、あ、はい……」
七瀬は、昼休みのときの様子とは打って変わって、やや穏やかな物腰だ。
「……お昼の時は、いきなり怒鳴って悪かったわ」
怒鳴られ他時は委縮していた三崎だったが、態度が急変した彼女を見ても、それはそれで委縮してしまう。
「う……あ……いえ……いや……」
その謝罪を受け入れてはいるが、やはり口ごもっている。
「……授業の邪魔にならなければ、それでもいいわ。授業中寝ている人も、二、三人どころじゃないこともあるし。それに比べたらあなたの態度は、そこまで気にならない。だから……学祭の準備の仕事も大事だけど、授業もできる限り真面目に受けてください」
「う……うん……」
自分の言いたいことを分かってもらえた、と判断した七瀬は、くるりと背を向ける。
自分を待ってる友人たちの所に戻ろうとしたとき、思いもしない三崎からの返事が聞こえてきた。
「えと、授業さぼって、ごめん」
「……あたしに謝られてもね。あなたの成績のためよ。それと、人の話を真面目に集中して聞いて、それをノートに書くことができるんだから、授業だって真面目に取り組めば成績は上がるはずよ?」
七瀬はそのままそう言い終わると自分の席に戻る。
三崎からの小さな「うん」という返事が聞こえたかどうか。
そんなに長くない時間だったが、彼女の友人たちからは待ちかねたようにあれこれと話しかけられている。
三崎は、七瀬から見放された、と思っていた。
昼休みにはまともな返事もできないまま教室から出た。
呆れられてもしょうがない、と思っていた。
学祭の準備に、公式的には誰からの協力も得られないことを知った。
だから、自分一人で何でもやり、それが終わればまた誰からも気に留められない高校生活に戻る、と思っていた。
それでも、言動を謝った上に自分のことを気にかけてくれた。
ちょっとだけうれしくもあり、その謝罪に報いるようになろう、という意欲が三崎の心に湧き上がる。
たとえその「うん」が七瀬に聞こえてなかったとしても、その期待には応えてみよう、という気も起きてきたのだった。