いつも無気力な奴が前向きに
三崎がクラスメイトの一部から蔑ろに見られている理由は、第一に学業成績。
テストはすべて赤点。
追試を受けないテストはなかった。
これでは見下されるのも仕方がない。
三崎自身もそう思っている。
しかし、理由はまだほかにもあり、自分でも最悪の成績と分かっていながら、少しでも成績を上げようとする気概、やる気もなかったから。
いわゆる無気力。
そこから生まれるイメージは、だらしない奴とかものぐさなど。
そんな奴とは付き合っても何のメリットもない。
むしろ存在するだけで目障り、とまで思われている。
極端なことを言えば無価値。
誰からも必要とされていない。
だからこそ、誰かから必要とされているため時間をなかなか作れないクラス全員から、引き受けることができない役目を引き受けろ、とクラスの催し物の責任者の肩書を押し付けられた。
ちっとは何かの役に立て、というところだろう。
だが公金のネコババ呼ばわりはいきすぎだ。
大体、クラスメイトの誰かの所持金とは違い、横領したところで、被害は学校側、生徒会であり、クラスメイトの誰でもない。
責めるクラスメイトも生徒会とは何ら関わりがない立場。
騒ぎを大きくして、三崎を弄る口実を増やそうとしているか、あるいは自分は三崎よりも善人であるというアピールをしているようにしか思えない。
当然その生徒を責める者も現れる。
しかしそれは、三崎を弁護することを意味していても、必ずしも三崎に価値がある証明になるわけではない。
三崎自身に、態度や成績に変化が見られない限り、クラスメイト達の評価は上がらないから。
しかしそのことが原因となって起こりうるクラス内での対立はない。
三崎も、自分が置かれているそんな状況に困惑する様子もない。
七瀬はクラス委員長として、そのことには胸をなでおろした。
そして、翌日からの三崎の授業態度は、少なくとも外をぼうっと見てる様子は見られなくなった。
生徒会からの説明会でも、熱心にメモを取る三崎の様子を見ていたこともあり、クラス内の雰囲気は、すぐでなくても好転するだろうという期待感を募らせていた。
が、しかし。
「三崎っ! あんた、何やってたのよ!」
各自弁当を出し始める昼休みの時間が始まった直後、二年A組内に七瀬の怒声が響き渡った。
「ヒッ!」
と声にならない悲鳴を上げたのは三崎ではなく、かわいそうなことに三崎の前の席の長浜である。
七瀬が自分の席の後ろに移動したのは分かっていたが、全く前触れもなく、真後ろからその怒声を浴びたのである。
何事かと長浜が振り返ると、七瀬が三崎に向けて説教をかましている場面。
その後ろにいる立川がその二人にばれないように、この場から離れようとジェスチャーをし、長浜は黙ってそれに頷いた。
七瀬がなぜそんなにも怒っていたのか。
それは、三崎の机の上に広がっていたノートが原因。
授業を真面目に受けるようになったかと感心していたが、三崎の前に立って初めて、熱心にノートに書きこんでいる理由が分かった。
学祭の企画を一生懸命に考えていたのである。
もちろん授業はそっちのけ。
クラスのために一生懸命になるその心意気は買う。
しかし授業の方が何よりも大事だろう。
学生の本分は勉強だ。
それを蔑ろにして何をするかという問題である。
「い、いや……だって……」
「だってもくそもあるかぁ!」
普通の女子高生が言うような言葉じゃない言葉を三崎に叩きつけた。
教室内にいる全員が二人に注目する。
その緊張感はすぐに解け、普段のざわつきに戻るが、三崎は見開いた眼を七瀬に向けたまま固まっていた。
「だって……お、俺一人でやるんだろ? 他の人に任せらんないから……時間、足りなくなったら困るし……」
「あんたの普段からの行動が、昨日の会議のようなことを引き起こしたんでしょうが! 適当な言いがかりで難癖をつける人が悪いのは分かり切ってるけど、その原因を作ってるのはあんた本人よ! あんたの態度が変わんなければ、このクラスでの境遇だって変わるわけないでしょうが!」
正しいことを主張することは、正しい行為。
しかしそれを多くの人に受け入れてもらえるかどうかは別の問題。
そして三崎にとっても。
「別に気にしないよ。金、使わなきゃいい話だし」
「ちょっ……。いろいろ費用かかっ……」
「えっと、俺、……自腹切るよ。それに俺、クイズ考えたり選んだりするだけじゃなく、企画考えるのも好きみたいだし。好きな事を自由にさせてもらえるなら、そんなの大した苦労じゃないよ」
力の入れる方向が、学生としては問題である。
企画を考えるといっても、学祭が終わったらその機会はほとんどない。
まさに好意の無駄遣い。
「そんな勝手な」
「な、七瀬さん」
「何よっ」
立ち上がって真正面に見据える三崎に七瀬はうろたえる。
力を込めて名前を呼ばれるなど、滅多にないこと。
何かの告白かとドギマギしていたが……。
「ちょっと一人で考えごとしたいから、話しかけたいときは意見箱、使ってね」
「え? あ、ちょっ」
クラスメイトの好奇の視線を浴びながら、三崎はその場で七瀬を残し、ノートと筆記具を持って教室を出て行った。
「