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たとえその責任を押し付けられたとしても

 クラス会議が終わるや否や、クラス内の雰囲気は解放感で満たされた。

 厄介事から免れたことで、誰もが晴れた気分でいたからだろう。

 ただ一人、三崎敬太を除いて。


「三崎、悪いな。喫茶店とかお化け屋敷なんかと違って斬新なアイデアだし、お前ならではのアイデアだから俺も混ざりたいって思ったんだけど……卓球部の方もいろいろ忙しくてさ」


 七瀬が会議を終了させたすぐ後に、三崎の前の席の長浜が三崎に話しかけてきた。


「あ……いや、いいよ。……確か二年から一人選ばれる副キャプテンしてたんだよな? そっちの方に力入れないと、後輩達から示しつかないだろ」


 三崎には、去年は所属していた同好会に先輩はいた。

 しかし誰かから先輩と呼ばれたことはないし、後輩を持ったこともない。

 仲がいいクラスメイトは二人しかいない。

 その二人は、自分の知らないそんな世界にいるような気がして、何となく距離が開いた気がした。

 そのもう一人の立川も、すまなそうな声を出す。


「俺もさ、今の時期どっちも実技の練習してないけど、基礎体力を鍛える時期でな」

「あ、あ…‥うん。分かってるよ。夏は水泳部で、冬はスキー部だっけ?」


 二つの部を掛け持ちしている立川は、部活での肩書はない。

 だが学祭では両方に顔を出さなければならないようで、このクラスで掛け持ちで部活に所属しているのは立川だけ。

 二年A組の生徒の中で、忙しさでは七瀬に次ぐと思われる。


「あぁ。けど体空いてるときで、ほんの二、三分くらいで終われる手伝いなら遠慮なく声かけていいから」


 三崎はぼんやりと考えた。

 二人の言葉は、自分が進行してる会議の時に発言されたら、ひょっとしたら信頼できなかったかもしれない。

 けれど、何でもない時間の時のこの一言は、なんだかとても有り難い。

 それで催し物の責任者としての役目にやる気が出るかと言えば、それはまた別の話だろうが。


「あ、ありがと。あ、そう言えばさっき、七瀬さんが意見箱がどうとか言ってたけど、もし良ければそれにも意見とか書いてくれたら……」

「あぁ、それならいつでもできるな。いろいろ書いとくよ。じゃ、また明日な」

「立川も忙しいな。って、俺もか。じゃまたな、三崎」

「うん、いってらっしゃい、長浜。立川も」


 三崎から離れかけた立川は、おーう、と返事をしながら教室を出た。

 そしてまた三崎は一人きりになる。

 普段から、三崎に積極的に近づくのは二人だけ。

 その二人がいなければ一人ぼっちだが、クラスメイト達はさらに輪をかけて距離を置いている。

 余計な役目の巻き沿いを食らいたくない、という思いがありありだ。

 が、そこに一人の女生徒が近寄ってきた。


 クラス委員長の七瀬だ。


「お疲れ様。明日のことなんだけど、放課後、予定空けといてね」


 三崎が普通の男子なら、女子生徒からこんなことを言われればドギマギするだろう。

 だが、クラス会議が終わったばかり。

 更に言えば、助け舟を求めた相手。

 しかもその要請を突っぱねられた相手でもある。


「……な、何で?」


 三崎は口を尖らせるが、七瀬は意に介さない。


「生徒会の会議室で、クラス代表に集まってもらって説明を聞いてもらうのよ。学祭でクラスへの対応……っていうか、指示……というか。要は説明会ね」

「クラスの責任者って……委員長……」


 三崎の文句を聞いた七瀬は、はぁ、とため息をついた。


「学祭のクラスの代表よ? 委員長がなる場合はあるけど、あたしは生徒会の書記もやってんの。だから催し物の責任者を決めたんじゃない」

「そ、そんなのに顔を出すなんて、聞いてない……」

「考えれば分かることでしょう! 大体、説明なしに催し物の準備、あれこれできるわけないじゃない」


 七瀬はいらいらし始めたのか、次第に声が大きくなる。

 だがそれでも、他のクラスメイトは二人に近寄ろうともしない。

 君子危うきには近寄らず、といったところか。


「……それと、説明会の説明はしっかり聞いてよね。メモとかちゃんとしなさいよ」

「な……何で……」

「あなたの普段の授業態度見れば、忠告したくもなるわよ。いつも窓の外ばかり見て。成績が悪いのもそのせいでしょうに!」


 三崎は何かを言い返したかったが、ぐうの音も出ない。

 その様子に構わず、続けて言い放つ。


「明日の放課後、すぐに生徒会の会議室に直行。分かったわね!」


 同じクラスメイトなのに、なぜこんなにも命令口調なのか。

 三崎はそんな理不尽さで腹に据えかねるが、背を向けて自分の席に戻り、意見箱の作製を始めた七瀬を見て、何かを言う気も失せてしまった。


 ※※※※※ ※※※※※


 翌日、普段通りの一日。

 二年A組の教室内は、今までとは一点だけ違う。

 昨日のうちに完成した意見箱が、黒板側の入り口に置かれていた。


 そして三崎も、その心中は大きく違っていた。

 昨日よりも気が重い。

 これから一か月半、どれくらいの負担がかかるのか、見当もつかない。

 とりあえず、一日の授業は普段通りで過ごした。

 そして放課後。


「……な、何?」


 三崎が怯えた声を出すのも無理はない。

 七瀬が腕組みをして、三崎の席の前に仁王立ち。

 雰囲気に押されてた、三崎の前後にいる長浜と立川はこっそりと自分の席から消えた。


「相変わらずの授業態度。それは自業自得で済まされるから何にも言わないけども」

「う……うん」

「説明会の話は大事なことだから、ぼんやりして聞き逃したって言われても、誰も何の助けも出ないから。あたしは書記の役目があるし、出席する生徒達にクラスメイトはいないから」


 睨まれた三崎は怯えはするが、ゆっくりと席を立つ。


「分かってるよ……」


 気が重い理由が分かった。

 自由気ままに何かをする分には、成功も失敗も自分にだけかかってくる。

 けれど、自分の失敗が多くの人に迷惑がかかる。

 そしてその指摘を他人から受けた時、どうすればいいのか。

 責任をとれ、と言われても、具体的にどうすればいいのか分からない。

 そんなことを言う連中の目的が分からない。

 失敗しなければいいのだが、何かにつけて失敗したと指摘してくる奴がいてもおかしくはない。

 責任を負わなくていいクラスメイト達から責任を押し付けられた。

 気楽な立場にいたかった。


 だから目立たずにいようと思ってんだな、と自分への探求に一つの答えが出た。

 が、答えが出たところで現状は変わらず。

 自分の趣味を活かせるイベントへの注意点がイベントの成功に導いてくれるなら、その話はしっかり聞いておかないとな、と心を固めた。

 だが締まらない話で、七瀬は三崎がそんな決意を持ったことを、当たり前だがつゆ知らず。

 三崎が途中で逃げだしても捕まえて、引きずってでも連れて行くつもりで、監視するように三崎の後を付いて行った。


 ※※※※※ ※※※※※


 会議室で説明会が始まった。


 教室内で必死に書き取るのは何年振りか。

 黒板に書かれたことを書き写すのは、実に簡単な事。

 消される前にすべて書き込めば問題ない。

 だから窓の外をボーっと見ることができる。

 が、時々書き逃すこともある。


 人の話をメモするのは実に苦手だ。

 書いてるときには、書いてることを理解できる。

 しかし帰宅してそのメモを見ると、一体何のことか分からない時がある。

 メモを取る時間が無駄になる。

 同じ、時間を無駄にする行為。

 ならば、窓の外を見てボーっとする方が、リラックスできて何よりだ。


 というのが、三崎の理屈。


 しかし、この説明会ではそういうわけにいかない。

 説明をする顧問の先生、そして生徒会長からの説明を、説明する人の目を見ながらしっかりとノートに書き残す。

 七瀬の、自分を睨む眼を気にしている暇などないくらいに。

 三崎はとにかく必死で神経を使い、いつ読んでも何のことか分かるように記録を残した。


 そして説明会が終わり、集まった生徒らは次々と退室していく。

 そんな中で、机の上に一人突っ伏す三崎。

 三崎は近寄ってくる気配を感じたが、それが誰かは見なくても分かった。


「……真面目に書いてたじゃない。ちょっとは見直したわ」


 三崎は微動だにせずもごもごと返す。


「……何言ってるのか分からないわ。で、今日の説明会のことをみんなに報告する?」

「……報告……する必要……あるかなぁ……」


 三崎は上体をゆっくりと起こす。

 説明を受けた報告をしても、それに何の意味があるだろう? と疑問を持った。

 けど、クラス全員から催し物の手伝いを拒絶されたとは言い切れない。


「……と、とりあえず……ホームルームの時に……七瀬さんから……」

「まったく……何のための責任者なんだか。まぁいいわ。今は相当疲れてそうだし。それくらいはやったげるわよ。じゃ、お疲れ様」


 三崎からの「あぁ」と言う返事を背中で聞きながらふと思う。

 普段の授業もあれだけ真剣に聞いたら、もう少しまともな成績になれるかもしれないのに、と。


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