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最終回:そして、高校最後の一年が始まった

「なぁ、三崎。他にどんな問題出したの? 俺ら、全然見てなかったんだよな、そ言えば」

「言われてみりゃそうだよな。俺らからも出したのか?」


 四つの机を向かい合わせるように並べ、三崎、長浜、立川のいつもの三人に七瀬が加わっている。


「立川のも見たけど、問題作れそうになかった」

「何だよー。残念」

「長浜は、ラリーっての? あれ長かったよな」

「まぁ、そうだな」

「けど、みんなが褒めるってば好成績だからな。珍しい記録だといじられるだけで終わったりするからさ。だからラリーの回数の問題は面白いと思うけど、からかわれるかもしれないと思ったから没にした」

「そうなのか。それなりに気を遣ってたんだな」

「だから熱が出たのかもな。知恵熱ってのか?」

「咳とかなかったからな。そうかも」


 三人の楽し気な会話を、まるで保護者のような気持で見守る七瀬。

 今まで一緒に昼食を食べていた友人たちとは、また別の刺激を受ける。


「で、他にはどんな問題を出したの?」

「え? あ、えっと、サッカー部の……誰だっけ。神谷……君、だっけ?」

「確かそうだったな。あいつがどうした?」

「雨の日の公式戦は三回出てた。ディフェンスって言ったっけ? 右側の」

「そこら辺は詳しくわからんな。で?」

「攻め込まれてクリアする時、対角線の方にボールを長く蹴り出すとき、百パーセント味方に繋がる、とかね」

「マジか」

「よく見つけたな」

「それ以外の方向は、敵に取られたりフィールドから出たりして、まぁ失敗ばかりだね」

「教えてやったらいいじゃん。強くなるんじゃね?」

「そしたら、『何でサッカー部にだけ教えるんだ』って文句言われるからね」

「勿体ねぇなぁ」


 三崎を嫌うクラスメイトは多い。

 だから昼食の時間は肩身の狭い思いをしながらご飯を食べているものと七瀬は思っていた。

 三崎は、誰かと一緒に過ごしてる間なら普通に会話もするし、普通にいろんな表情を見せる。


 彼のことをよく知らないみんなのことをどうこう言えた義理ではないな、と七瀬は思った。


「よしっ。これからは勉強中心の毎日にしましょう! あたしがきっちりコーチしてあげるから、大丈夫よ!」


 三人に向かって声を張り上げる。

 が、その三人からは冷たい視線で返された。


「な、何よ」

「……今さ、三人で遊ぶ予定を話してたんだけど……」

「人の話、聞かないタイプ?」

「四人で飯食う意味ないじゃん」


 七瀬がぼんやり考えているうちに、いつの間にかそういう話になっていた。

 しかし現実は甘くない。


「期末テストがこの後控えてんのよ? そんなことで大丈夫なの?」


 七瀬の水を差す一撃が、三人の心に食い込んだ。


「お、俺らは部活があるからな。部活しながらでも、それなりに成績はキープしてるから」

「ここは、まずは三崎がつきっきりで教わるべきだ」

「ちょっ! お前らっ……」


 三崎の目には絶望が映る。

 今度はどこからも助け船は来ない。


「クラス全体の成績も、委員長としては気になるのよ。学年最下位グループの三崎君。このクラスには他にそのグループに入ってる生徒はいないの。覚悟してもらうわよ?」

「そ……そんな……。お、お前ら……」

「ごっそさん。さて、午後の授業の準備するかなー」

「じゃ、またねー」

「お前らああぁぁ!」


 三崎の叫びは、二人の心に届くことはなかった。


 ※※※※※ ※※※※※


 三崎は七瀬に、ナナセの祟りなどと悪態をつく。

 が、結局七瀬の厳しい口調に逆らえず、放課後はずっと勉強を強制された。

 そのおかげか、いや、三崎に言わせればナナセの祟りか。

 それでも素直に七瀬の言うことに従いながら、いやいやながらも勉強させられた成果は現れた。

 テストの成績は、届くと思っていなかった学年の平均に近づいて、二学年の学校生活を終了した。


 三年になれば、進路も考える必要がある。

 進路は四つに分類され、大学の推薦受験、普通の受験、スポーツ推薦、就職のクラスに分けられた。

 長浜と立川は、スポーツ推薦のクラスに編入。

 七瀬は推薦受験を目指すクラス。

 三崎はというと……。


「クラスは分かれるけど、面倒見てあげるから普通の受験目指してみたら? それと、部活のことなんだけど……」

「掛け持ちすることにしたよ。去年の三年生達が、卒業式の後も迫ってきてさ」


 後輩達の面倒を見てくれ、と頼まれたらしい。

 そして殺し文句まで用意されていた。


「部活の成績を押し上げた功労もあったら、大学受験も合格しやすいんじゃないか?」

「就職だって、データ収集とかにも役に立てられそうじゃない?」


 まともに勉強して、上位の仲間入りができるかどうか怪しいところ。

 受験で合格できるかどうか難しいところである。

 ならば、面接でそんなアピールができれば、他の受験生に差をつけられるのではないか?

 ましてやほかの受験生にはできない芸当だし、とまで言われた。


「……でも現実を見たら、たしかにそうなんだよなぁ。受験にしろ就職にしろ、魅力的な人材っつったら、社会でも役立ちそうな能力を秘めているのが誰にでも分かるってのがさ……」

「それで掛け持ち? どうして?」

「ここでナイト能力を発揮できない、っていう限定のイメージがな。どこでも役に立ちますよってアピールの方が、融通利きそうだし」

「いいんじゃないか? 俺も協力してあげるよ。それにしても、同学年なのに、なんか……姉と弟って感じがするな」

「やめてくれ。勘弁してくれ」

「つまり、俺と三崎君は義理の兄弟……」

「もういいから。俺のライフはゼロになっちまう」


 七瀬は学祭の後からずっと三崎の勉強につきっきりだった。

 普通に考えれば、そこから彼氏彼女の関係になるものと思うだろう。

 ところが、三年になって、七瀬は生徒会の副会長になり、校内選挙によって生徒会会長になった男子生徒とくっついたのだった。

 それでも七瀬が三崎の面倒を見たがったのは……。


「馬鹿な子ほどかわいい……って……七瀬さんからは子ども扱いって……」

「目に見えて成長していくのを見るのは楽しいものだろうしな。それに三崎君は確か、サッカー部と……何だっけ?」

「卓球部とラグビー部。ラグビーはこれからだけど、サッカーと卓球は、いきなり効果が出てるっぽい。交流戦とか新人戦とかでは、県内に敵はいないんじゃないかな?」


 受験対策の一つとして、部活のアドバイザー的な役目を始めた三崎は、その手腕をすぐに発揮させた。

 野球部、バレー部なども明英は強い方だが、そっちには見向きもしない。

 三崎を嫌っていたかつてのクラスメイト達が所属していたからだ。

 しかし、嫌われているから入らなかったのではない。

 三崎が思いついた戦略や人選の指示を、素直に受け入れ、従ってくれるか不安だったためだ。

 その指示には向かった結果成績が芳しくなかった場合、その原因を擦り付けられるかもしれない、と思った三崎は、当時三年の先輩達にきっぱりと断りを入れた。

 それらの部の先輩達はがっかりしていたが、期待外れと言われるよりは互いにましである。


 斯くして、その成果を出した結果、何と……。


「それにしても、何で俺も生徒会に入らされてるのか分からんのだが」

「部の実力の成長のキーマンになってるからだよ。重要人物をほったらかしにする手はないしな」

「いいじゃない。あたし達二人から勉強教わってるんだよ? しかも生徒会所属だから、どんなに短い時間も無駄にせずに済むし」


 監視の目が一人分増えたことに閉口するが、何かの役に立っている評価を受けることもまんざらではない。

 受験を控えたこの一年間はかなりきついかもしれないが、充実した一年になりそうである。




 了

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