喧嘩は同じレベルでないと成立しないけど、見ている視点が違ってもそうだよね
クラスメイトに、自身も知らない隠された事実がある。
資料からいくつか見つけた三崎は、それを問題の文章として挙げてみる。
ところが、ここでまた頭を抱えてしまった。
部活に出ているクラスメイトの何人かに、隠れた才能が見え隠れする実績は確かにある。
しかし、人から褒められることばかりとは限らない。
たまたまそうなっただけ、という偶然の産物の物もあった。
奇妙にして興味深い話だが、褒められる実績を持つクラスメイトと比べて、割と見劣りするものがある。
「こいつに比べたら、お前のこれ、スケール小さすぎだろ」
などと茶化される原因になりそうなものでもある。
見下された時の立つ瀬のなさは、みじめなものだ。
その類の問題は没にすることに決めた。
となると、更に掲示する問題数が減る。
出題元になる人数も減る。
問題に採用された者とそうでない者がいたら、注目度にも当然違いが現れる。
もちろんそれを受け容れなければならない事情もある。
文化系は問題にしづらい。
それは自分に責任がある、と三崎は覚悟しているが、資料を取り寄せたという条件では同じ運動部でそんな違いが現れたことは、三崎にとっては不本意でやり切れない。
学祭の準備の日まで、あと二週間。
これまで一人で進めてきた企画の悩みを誰かに相談したところで、何の解決案も見つけられないだろう。
しかしこのまま作業を進めても、学祭当日に身内からそんな不満が出てしまっては成功とはいえない。
「七瀬さん、今、相談いいかな?」
「うん、いい……」
放課後、七瀬がすぐに席を立たないことから、生徒会での用事がないと見た三崎は彼女に近寄るのだが。
「あんたさぁ、いい加減にしなよ! 七瀬、疲れてるの分かんない? 気分転換もさせてあげられないわけ?」
七瀬の周りにいる女子達が三崎を睨む。
平木が率先して七瀬に近づけさせないように立ちはだかった。
「ちょっと平木。みんなも落ち着いて」
七瀬は宥めるが……。
「いい加減にしろよ。学祭が終わったらどうせ今回のこと、みんな忘れるさ。あと二週間くらいで日常に戻るんだ。それくらい我慢できるだろ。……もう面倒だからいいや。七瀬さん、相談相手を名乗るのは難しそうだね」
「三崎君、落ち着きなって。相談なら、時間空いたらのるって言ってるでしょ? それに平木もいきなりそんな喧嘩腰……」
七瀬は仲裁するも、平木の言葉を真に受けた三崎。
だが三崎は、やはり自分で抱えて解決すべき問題、と七瀬に背を向けて自分の席に戻りかけた。
するとその時。
「平木さん、三崎君の用事って、そんなに時間かからないだろうから、ちょっと待ってあげたら?」
三崎に助け舟を出したのは、パソコン部の酒井だった。
彼女は七瀬とはそんなに親しくはないが、七瀬の後ろの席のため否が応でもその諍いは目に入った。
「関係ない人は口出さないでよ!」
「関係は……なくはないかなぁ」
目の前の席で平木と三崎の争いは見たことがある。
が、確かにあまり関係のない酒井は見て見ぬふりをしていたし、酒井のそれを咎めるお節介も難癖をつける者もいない。
もちろん酒井に限らず、見て見ぬふりをしていたクラスメイトは何人もいた。
ただ、今回に限って口を出してくることには、平木ばかりじゃなく七瀬もある意味の困惑はあった。
が、酒井には口を出す理由ができてしまった。
「放課後、しばらくうちの部活の部屋に顔出してたもんね。三崎君、何してるのかなー? ってちらっと様子見にいってみたら、高校の部活の大会の映像見てて、うちのクラスの場面に注目してたもんね。それで、学祭絡みの作業かなって」
※※※※※ ※※※※※
前回のクラス会議の時に、田宮が三崎に意見を出した。
それを聞いた時から三崎の目つきが若干変わったのを、酒井は感じ取っていた。
その時は、面倒事を押し付けられた目立たないクラスメイトが、何やらやる気を出しただけ、としか見えていなかった。
ところがその次の日からいきなり自分らの部室であるパソコンルームにやってきたのだ。
しかも滅多に聞かないはっきりとした声と、あの目つきのままで。
「川内君。三崎君、なんか雰囲気変わったような気がする」
「立川と長浜以外誰も絡まないっていう意味では……俺はそうは思わんけどな。それよりこっちの、学祭に向けてのゲーム、とっとと完成させないとまずいぞ?」
「え? あ、うん、こっちは順調だよ?」
「マジか。俺が一番遅れとってるのか? くそっ」
部活で同じクラスメイトの川内とは違い、酒井には十分余裕があったようで、三崎が集中している作業に興味を持つようになった。
※※※※※ ※※※※※
「あたしは三崎君に特に肩入れするつもりはないよ? でも、だから三崎君の作業にも邪魔する気もないし、クラスの催し物は、やるなら成功する方がいいんじゃない? って程度しか思ってない。けどそれ以上に、三崎君の仕事を絶対邪魔してやるって気はないし、会話禁止ってのもどうかと思うよ? そんな指図が通るようになったら、そのうちあたしも一々行動に指図されるようになっちゃうじゃない」
酒井もなかなか極端な話をする。
「なんであたしがあんたのことを指図しなきゃなんないのさ」
「じゃあ三崎君には七瀬さんと会話しちゃダメって言っといて、他のクラスメイトには言わないの?」
「あのさ……なんであたしが一々みんなにそんな事言わなきゃなんないのよ」
「平木さんって、三崎君と何か特別な関係?」
「なっ……!」
平木の顔が赤くなる。
対して三崎は普段通り。
むしろ無表情に近い。
「飼い主のことを無視するペットみたいな感じ? 何か世話とかしてたりするの?」
「……何でそうなるの?」
ようやく口を開いた三崎の一言がこれ。
まるで他人事を聞かされてる気分になっている。
「あんたはどうなのよ! 三崎に何か気でもあるの?!」
「あたしは長浜君たちほど三崎君には関心はないから、七瀬さんと会話してようが気にもならない。平木さん以上に、三崎君のことはどうでもいい。ただ、部室に出入りしてるから気になってるだけ」
淡々とした酒井の口調に比べ、平木は不快な感情を露わにした。
「……もういいわよ!」
クラス内の一部で、不穏な火種はくすぶり始めた。
だが、その大元は……。
「あ、三崎君、あなたあたしに……」
七瀬が三崎に声をかけたときには、相談事を諦めたかすでに三崎は教室を出てしまっていた。




