責任者にさせられたけど、嫌な仕事を押し付けられた、というのが実情
「みんなから意見を求めるべきと思いますが、この時間も長くとれないことと、早く決めないと準備の時間が減ってしまうこともあるし、その催し物の説明などをしてもらいたいと思いますので決議を取りたいと思います。クイズ大会に全員一致で賛成、と言うことでいいですか?」
その後に沸く拍手。
拍手が鎮まった後、クラス会議の議長をしている委員長の提言が続いた。
三崎は、その現状についていけなくなっている。
三崎の立場に立てば、好きなイベントは何か? という質問に、単にクイズが好きと答えただけ。
そして、大会があったから大人達に混じって出てみたら、中学生ながら優勝した、という実績がある。
ただそれだけのことなのに、その流れでまさかクラスの催し物の責任者にさせられた。
「では、発案者の三崎君に指揮を執ってもらいたいと思います。では三崎君。妄想の段階でもいいので、前に出てきてちょっと話してもらえるかな?」
七瀬の言葉が、三崎に重く響いた。
自分の身に何が起きているか分からない上に、みんなの前に立って話をしなければならない。
三崎は、そんな目立つ行為とは無縁でいたかった。
七瀬から壇上に来るように促されるが、三崎は経ったまま微動だにしない。
彼なりの精一杯の抵抗だったが、誰に対しても何の効果もない。
「時間がもったいないから早く来なさい!」
まるで保護者が叱りつけるときに出るような厳しい命令口調。
結局三崎は項垂れて、言われるがままに七瀬の隣に移動する。
司会進行を七瀬から代わった形だが、何を言えばいいのか分からない。
「挨拶はいらないから。催し物を無事に終了させるために必要な事を話し合って」
横から七瀬が助言してくれるが、そのために何をしたらいいか分からない。
授業で分からないところがある。けど、分からないところが分からない、というのと似たようなもの。
話し合って、と言われても、何をどうすればいいのか。
情けない表情を全員に晒している。
それに比べて七瀬は、何をすべきか分かってそうな顔。
責任者は自分にしたとしても、司会進行は七瀬で続行すれば滞りなく進むはずだろうに、と恨みがましく七瀬を見る。
が、その七瀬は教室内全体を見渡し、三崎の方には目もくれない。
「な、何から喋ればいいんだよ」
三崎はそれでも、小声で七瀬に助けを求める。
「さっき言ったように、大まかな形式を説明して、手伝ってほしいことを言えばいいんじゃない?」
七瀬も小声で返すが、目線は少しも変えることなく、動じもしない。
三崎は七瀬からの助け舟を諦め、伏し目がちでおどおどしながらも、それでも前を向いて話を始める。
「えっと、クイズ大会……しようと、思うんですが……」
真っ白な頭の中。
それでも必死に頭の回転を回そうとする。
しかし何も出てこない。
問題作成は、自分の頭で解決できる。
形式と言われても、人数が揃ったら始めるのか、入室者一人一人にクイズを出すのか、それすらも決められない。
ところがである。
「手伝えませーん」
誰かの声が上がる。
「私もちょっと無理―」
「俺も難しいわ」
それに同調する発言が次々と上がる。
三崎は初めて全員を見渡すが、誰もがやる気のない顔をしている。
七瀬は三崎のことを、窓の外を見てボーッとしている、と言っていたが、みんなにも当てはまるじゃないか、と心の中で憤慨した。
第一、さっきまで催し物の責任者にふさわしい、と賛同し拍手する者までいた。
それが、なぜこんなにも手の平返しをするのか。
「え……えっと……」
「俺、野球部の方でもイベントやるみたいなんだよな。そっちにもつきっきりになるから、あんまり……つか、ほとんどこっちに顔出せないかもな」
三崎の思考は再び止まる。
「あれ? 三崎君は知らないんだっけ? 説明するとね……」
七瀬からの話を聞いて愕然とした。
彼女の話を要約すると……。
全校生徒には、放課後の課外活動は義務付けられている。
明英高校は競技などがある部活には力を入れている。
体育系の大会ばかりではなく、文化系のコンクールやコンテストも、毎回誰かが入賞できるレベル。
そのような競技がない課外活動もある。
放送部や新聞部は、部という名称はついてはいるが、部活ではなく委員会扱いだ。
いずれ、学祭においては委員会扱いの部は、学祭の様子の記録を撮ったり、来客への案内などの役割が課せられる。
部活はそれぞれの紹介とイベントを担当しなければならない。
ということらしい。
三崎はなぜ知らなかったのかと言うと、彼は囲碁将棋同好会に所属している。
が、校内で唯一の同好会。
しかも会員は三崎一人。
一年時は三年生が三人所属していた。
五人以上所属し、実績を残せば部活として学校側から認められる。
実績はあるのだが、人数が満たされず同好会扱いに留まっている。
顧問の先生もいるのだが、今年度になってからは、あまり気をかけなくなっていた。
だから学祭に絡んだ部活の情報も全く入ってきていない。
三崎はそこでようやく気づいた。
誰もやりたがらないクラスの催し物の責任者という役割を、みんなから押し付けられたのだ、と。
「七瀬さん。いきなり三崎君が責任者になったわけだから、話し合おうにもプランなんかないでしょ? 誰だってそうよ? だから、今回のクラス会議は、学祭でこのクラスは何をするか、それと責任者は誰がするか、を決めて終わりにしたら? 何について話し合うのか決めてから二回目の会議をしたらいいと思うんたけど」
「そうだな。そろそろ部活も始まると思うし、いつまでもここにいられないよ」
三崎は安堵した。
この場に立つことに耐えられなくなってきたタイミングだったから。
今回はこれで終わり。
けど、次はいつするのか全く分からない。
責任者にされたとは言え、そう言うことも勝手に決めていいのだろうか、と逡巡する。
「そうね。とりあえずこんかいはここまでにしましょう。あ、三崎君は席に戻っていいわよ」
一番いたくない場所から解放されても、三崎の気分は重いまま。
その役を歓迎されたと思ったら、押し付けられ、さらにみんなから避けられた。
話し合いで明るい展望なんか見えやしない。
しかも、みんなの前に立たされたはいいが、結局何もしていない。
自分が引き受けて事を成し遂げたとしても、それに価値を見出せない。
条件反射で七瀬の質問に答えたのが事の発端。
結局、悪いのは自分自身だった、というだけのこと。
気分が重くなるのも無理はない。
「それと、意見箱を設置してメモを用意します。何か意見があったら、無記名でもいいのでメモに書いて投函してください。箱をどっかにやったり壊したり、勝手に中身取り出さないようにしてください。開けていいのはクラス委員長のあたしと責任者の三崎君のみとします」
七瀬の説明は、いくらか三崎の気持ちを軽くした。
自分の意義がそこでようやく出てきたような気がしたから。
けれども、次回の話し合いはいつにすればいいのやら。
適材適所からかけ離れた人材なのに、と三崎は心の中で愚痴をこぼす。
しかし、状況は何も変わらない。
学祭が終わるまで、下手をすれば学祭が終わった後もこんな気分が続くのか、と自席に戻ってため息をっいた。