期待している声よりも期待してない声が強い。それだけでも気力が萎えることはよくある話
学祭の催し物で、喫茶店とお化け屋敷をよく見かけるのには、実は理由がある。
来客を常に受け入れることが可能。
混まない限り、時間を問わず入室可能な催し物である。
おそらく明英高校二年A組の中で、そのことに気付いたのは三崎敬太ただ一人。
三崎が考えたような類は、人や時間の制限がどうしてもついてまわる。
自主映画を上映するクラスもあるようだが、時間の制限はあっても上映時間の長さは決まっているため予定は立てやすい。
宣伝に力を入れさえすれば、その問題はおそらくクリアできる。
満員だろうが客数ゼロだろうが、放映してしまえば予定通りに進行できる企画だからだ。
三崎の発案のクイズ大会は、そうはいかない。
参加者ゼロなら、イベントとして成立しない。
一人だけでも、それはそれで問題だ。
賞品を用意するとしたら、参加者は何もせずに受け取ることができる。
そうなるともう、賞品ではなくて景品だ。
しかも外れがない一回だけのガチャ。
どこにも楽しみがない。
「はぁ……」
昼休みも、そして放課後もそれに頭を悩ませているところ。
大会の形式をどうするか。
両肘をついて手の平に額を当てて考え込む三崎。
ため息を出したところで解決する訳もない。
が、つい出てしまうのは人としての本能か。
そんな三崎に誰かが近寄ってくる気配があった。
「ちょっといい?」
手から額を離して、声がする方を見る。
そこに一人の女子が腕組みをして見下ろしていた。
「ん……。え?」
クラスメイトの大部分の男子とは、普通の会話を交わしたことがない。
女子ならなおさらだ。
女子から話しかけられる謂れどころか接点もないはず。
なのに、七瀬以外の女子から話しかけられたのは、三崎にとっては心外だった。
「え……えっと……」
「あのさ、七瀬のことなんだけど」
「あ、はい……」
いかにも見下してる目つきと口調。
髪の毛をやや茶色に染めている女子が近い距離にいる。
脅されるのだろうか、と三崎はやはり慄く。
「あいつ、生徒会に行く日があるの、知ってるよね」
「あ……う、うん……」
「その日は、真っ先にあんたの所に来て、一言二言何か言って教室出んのよ」
彼女の言う通り、七瀬はそんな感じに動いてた。
「生徒会のない日も、あんたと何かしら話するよね」
それもその通り。
問題を揃えてからの準備の進展は、ほとんどない。
状況が変わらなくても、七瀬はいちいち聞きに来る。
特に進展がないことを報告するのが、次第に心苦しくなってくる。
できれば七瀬に、来る日にちはもう少し間を空けてほしいと思っていた。
「あたしらと遊んだり勉強したりする時間、削られんのよ」
「あ……はい……」
イライラした表情をむき出しにしたその女子が、間の抜けた返事をした三崎に怒鳴った。
「いい加減にしろっての! 一人きりで頑張ってますポーズなんて、ウザいんだよ! 七瀬を煩わせんな!」
その七瀬は、教室にはいないようだ。
いないところを見計らって、この女子は三崎にけん制しにきた、といったところか。
しかしそうは言われても、三崎はどうしたらいいか分からないし、彼女にどう言い返していいかも分からない。
七瀬が勝手に近寄ってくるのだ。
来るなというわけにもいかないし、こっちが用事ある時に来いとも言えない。
「あんた、昼休みにはどっかに行くみたいだけどさ、放課後もどっかでやんなよ。図書室でも作業できるよね」
まるで教室から追い出すようなことを言う。
しかし図書室だって、いつでも使えるとは限らない。
「そ、それは……」
三崎は、無理、と言おうとしたが、既に女子はそこから離れ、他の女子もたむろしている七瀬の席に戻っていった。
問答無用、もしくは答えは必要ないとでも言いたげな行動。
しかし考えてみれば、三崎は七瀬に行動に規制をかけられないように、三崎もあの女子から規制をかけられる謂れはない。
再度考え事に集中する三崎。
女子の集団から何やら視線を感じるが、間もなくそれを忘れるほどに、再び難問に没頭していった。
※※※※※ ※※※※※
大会の形式を決めかねたまま、残り一か月を切ってしまった。
七瀬の取り巻きの女子たちからは執拗に絡まれている。
その手前、七瀬に相談に行く機会もなく、七瀬からは質問されることはあるが、三崎にはその気も失せてしまった。
とりあえず、早押しボタンは用意して、どんな形式でも対応できるようにさえすれば文句は言われないはず、と踏んだ。
それはそれとして、他に必要な物は、と考える。
だが今は昼休み。
さっさと屋上に移動して、一人考え事に集中して計画をどんどん進めなければ、と立ち上がる。
「なぁ、三崎。ちょっといいか?」
今度は背の高い男子生徒が近寄ってきた。
「い……あ……」
「返事はいらねぇ。お前さ、七瀬に馴れ馴れしいよな」
「……は?」
馴れ馴れしいも何も、いくら女子たちからけん制されても、必要な連絡事項のやり取りは欠かせない。
馴れ馴れしくなるかどうかの前に、まずはそれが必須。
「あのさ、容姿も、学校の成績も、部活の功績も、全部七瀬さんとは釣り合わないって分かってるよな?」
三崎は記憶をたどる。
この男子は、確か、久保山壮一。男子バスケ所属。
身長は一メートル八十台。
下手すれば身長差は二十センチくらいある。
「近寄り過ぎなんだよ。七瀬さんに。自分の立場を利用して接近を考えてるんだろうが、学祭終わったら接点は何もないっての、分かってるよな?」
「あ……え……」
異性としての意識は持ってはいない。
とは言っても、彼女が男子と会話してるところはあまり見たことがない。
そう考えると、決まった男子生徒と会話してる回数が一番多いのは、まぎれもなく三崎だった。
しかし今までクラスメイト達にあまり関心を向けていなかった三崎は、七瀬が男子の誰かと一緒にいる、という事態や話にも無関心。
だから久保山からそんなことを言われても、自分に何を伝えたいのか見当もつかない。
「……ちっ」
舌打ちをしてその場から離れる久保山。
今の彼の言動に何の意味があるのか、と首を傾げつつ、この日もノートと筆記具を持って屋上に向かった。
屋上に着くと、やはり今日も自分一人きり。
夏場は暑いが、心地よい風が吹いてくる人気の場所。
だがこの季節になると、日差しが良くても気温が下がってくる。
そんな場所に好んでくる生徒はいない。
「さて……」
とノートを広げるが、何となくやる気が出ない。
先日の女子、そして今しがたの久保山。
自分への態度は、どう考えても好意を持った言動ではない。
そして、自分の役割に期待を込めたものでもない。
自分の好きなように企画ができるイベントだから、自分ができる範囲で自由にさせてもらえる分熱は入る。
しかし、投書のあの二通しかり、女子に久保山しかり。
綿密な計画を立てなくても、誰からも期待されてないなら、適当に事を進めてけば、それはそれで……失敗とは言えない限り、問題はないのではなかろうか?
そんな思いも湧き上がる。
「……意見箱……全部確認してみようかな……」
凹まされる投書ばかりであったとしても、それもそれで自分への意見の一つであることには違いない。
しかしそれは、三崎が自分の企画をリタイアする理由付けの一つにしようとしているも同然。
ただ本人は、その自覚はないようである。




