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それでも彼には、熱を入れる理由があった

 意見箱の中身を初めて取り出した。

 七通のメモのうちの二通は、責任者の三崎の心を挫く目的としか思えない内容だった。

 その場に居合わせた立川と長浜、そして初めて言葉を交わしたクラスメイトの田宮の三人は不快感を示した。

 しかし当の三崎は、そんな物にはお構いなしとばかりにそれを胸のポケットに入れ、何食わぬ顔で学祭準備の作業を始める。


「……まぁ……お前が気にしないってんなら、俺らもどうこう言う筋合いじゃないけどよ」

「思い直して、何か一言でも文句言いたくなったら相談しろよ?」


 長浜と立川は励ますが、田宮はまだ三崎との距離感を掴めてないせいか、何となく不安げな顔。


「……まぁなんだ、他にも採用してもらえそうなものがあったら持ってくるよ」


 それでも自分なりに元気づけるつもりの言葉をかけて、二人と一緒に教室を出た。

 三崎の耳には確実に入っていたはず。

 なのに三崎は、ノートに何やら書き続けている。


 よく言えば、平然としている。

 悪く言えば、何を考えてるか分からない。

 そんな三崎の様子。


 しかし、何も思わないわけではなかった。


 好きなイベントを聞かれ、それに答えた。

 その結果、責任者の役目を押し付けられ、そのままやり通す分には何の文句もなかった。

 なのに、押し付けられた役目を果たそうとしている自分を、無記名の投書にまでも貶す言葉が書かれている。

 普通ならまず最初に、何のためにこの仕事をしているのか、と誰ともなしに疑問をぶつけ、そして腹を立てるところだろう。

 三崎とて、それくらいの感情は持ち合わせている。

 が、それでも平然とした素振りをしていたのは、それよりも大事なことがあったから。


 三崎は、小学校時代は意外にも成績は良かった。

 しかし父親が厳しかったあまり、好成績であっても答案にミスが一つでもあると叱責を受けた。

 褒められたことはあったかもしれない。しかしその記憶はなかった。

 つまり三崎には、誰かから褒められたことはない、ということでもある。


 小学校中学年の当たりから、クイズ番組に関心を持ち始めた。

 解答者よりも先に正解する三崎は、家族から驚かれた。

 三崎にしてみれば、適当に読み漁った本で得た知識を引っ張り出しただけ。

 つまり彼にとっては、努力せずに実績を上げたとも言える。

 そして中学生になって、隣町のクイズ大会に出場。

 大人に囲まれながらも圧倒的な正解数で、これもあっさりと優勝。

 滅多に褒められたことのない彼にとって、数少ないうれしい思い出だ。

 それ以前もそれ以降も、依然として父親から褒められたことはなく、いつも叱られてばかりだった。


 そして、そのような機会はそれ以来存在せず、クイズ番組を見るたびに出場者をうらやむようになっていく。


 そこで、参加したいイベントはありますか? というクラス委員長からの質問だ。

 答えずにいられない。


 だから、今作業しているクイズ大会の準備は、できれば三崎自身が参加したかったイベントだ。

 だが主催の責任者の立場になってしまった以上、その望みは叶えられることはなくなった。

 けれども、万が一にも参加できるチャンスは、ひょっとしたらあるのかもしれない。

 どの道、参加できるようになるためには、どうしてもそのイベントを開催し、無事に終了させる必要がある。


 参加したい。

 でも参加できないかもしれない。


 しかしラッキーなことに、自分が参加したいイベントを、自分の手で一から作り上げることができる環境が整った。

 クラスメイトからの協力を得られない、ということは、自分の思う通りのイベントを実行させてもらえるよううになったのだから。


 前の会議の時には、補助費のことで文句を言われた。

 自腹を切っても構わないつもりでいた。

 好きなことに参加させてもらえるのかもしれないのだから、それを差し引いても自分の損にはならない。

 それくらいの意気込みを持っていた。

 ましてや投書の文句の一つや二つが、そんな彼にとって何の妨げになろうか。

 そんなことでへこたれてる場合じゃない。

 そんなことで凹むわけがない。

 むしろ、そんな物でやる気が削がれるはずもない。


 教室に一人だけになってもそれに気付かず、三崎は授業中よりも真剣な目つきでノートに書き込み続けた。


 ※※※※※ ※※※※※


 学祭のクラス会議が初めて行われたのは、その日まで一か月半。

 そしてそろそろ一か月になろうとしている。

 三崎は壁にぶつかっていた。

 放課後、三崎はいつものように弁当を食べ、計画を思案中。

 ノート上で試行錯誤を続けている。


 問題点は、大会の進行の仕方。

 このイベントに何人参加してくれるか、どれくらいのペースでやってくるのか、全く見当がつかない。

 テレビ番組のような人数を揃えて大会を始める形式は、こちらの予定通りに進められるかどうか、全く見通しがつかない。


「あら? まだ残ってたの?」


 話しかけてきたのは、生徒会での会合が終わって教室に戻ってきた七瀬だった。

 夢中になって考えていた三崎は、空が夕焼けになっているのにも気付かなかった。


「あ……う……うん……」

「で、計画は進んでるの?」


 その質問を聞いた三崎は、軽くため息をついた。

 眉間にしわを寄せている彼の表情を見て、七瀬は不安を感じた。

 現在三崎は進行の仕方に頭を悩ませている最中。

 足踏み状態ではあるが、現状はと言えば……。


「問題数は……十分揃ったから……それは、もう……問題ないけど……」


 七瀬が感じた不安は、ある程度解消された。

 まったく手につかない状態ではないし、まだ期間はある。

 余裕があるとは言えないが、進んでいるのなら深刻になる必要もないだろう。

 けど、最後の物言いが気にかかる。


「別のことで手間取ってる?」

「う……うん……まぁ……。でもまぁ……何とか……」


 長浜と立川なら、その返事で普段とは違う様子を感じ取れただろう。

 だがそこまで親しくはない七瀬は、三崎の返事を聞き流した。


「そう。でも、今まで何回も言ったように、困ったことがあったらいつでも相談していいからね。いつでも相談に乗れるとは限らないけど……込み入った相談事なら文面で報告してくれる? 箇条書きにしたら分かりやすくなると思うから」

「あ……うん……」

「で、まだ帰らないの? 電気、消さないとだめだからね?」

「あ、うん、今、帰る……」


 二人は一緒に教室を出た。

 しかし互いに特別な感情はなく、共通の話題は学祭のみ。

 それ以外に話すこともない二人は、玄関まで特に会話することもなかった。

 というより、特に三崎にはそんな余裕はないようだった。

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