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学校祭のクラスの催し物を決めます

 事件は明英高校の二年A組のクラス会議中に起きた。

 議題は、一ヶ月半後に行われる学校祭の、クラスの催し物についての第一回目。


 最大の被害者は、窓際の席の三崎敬太。

 自分の席で、呆然と立っている。


 事の発端はこうだ。


 議事進行役であるクラス委員長の七瀬美幸は頭を悩ませていた。

 クラスで何をやるか、という最初の議題。

 そこから議論が進まず、時間は無駄に消化している。


 候補に上がったのは、軽食喫茶店とお化け屋敷。

 だがこの二つは、他の全クラスでも候補に挙げられているのは容易に想像がつく。


「他に何かありませんか?」


 と、何度もクラス委員長は全員に発言を促すが、机の上に突っ伏す者、腕組みをして天井を見上げる者、机の上に片肘をついて頬杖している者、窓の外をぼんやりと眺めている者、と、その態度はまちまちだ。

 明らかに誰もがこの会議に対し、誰もやる気を見せなくなっている。

 会議の開始直後は、誰もがそれなりに真面目に委員長の話を聞いていたのだが、定番と思われるものが挙がってからは、次第に無気力な発言が増えていく。


「もう案は出ないよ」

「そのどっちかでいいんじゃない?」


 いわゆるネタ切れである。

 何度も同じ言葉で聞かれても、出ないものは出ない。

 七瀬も、次第に不機嫌になっていく。

 こっちだって、言いたくて言ってるわけではないのだ、と。

 しかしこのままでは、他のクラスと内容が被ってしまう。

 被るとはいえそうはならないだろう、と思われるが、全クラスがお化け屋敷、あるいは喫茶店となる可能性もある。

 学祭とは、いわゆるお祭りだ。

 来てくれる人達を大いに楽しませる場のはず。

 しかし催し物がどれも似たり寄ったりなら、楽しませるどころか飽きさせ、退屈にさせてしまうのは目に見えている。

 七瀬はクラス委員長として、何としても目新しい催し物の案を求めていた。

 ただのクラス委員であるなら、そこまでその役目としての責任を背負い込む必要はない。

 だが彼女は、生徒会役員の書記の一人でもある。

 こんなありきたりな催し物はできれば避けたい、という焦りがあった。


「みんなが何かハマってる趣味とかないの?」


 と七瀬はみんなに尋ねる。

 だがその質問は迂闊だった。

 自分しか楽しめない趣味を挙げよう者なら、間違いなく責任者にさせられる、と思わせてしまう発言だ。当然積極的な発言の数も減る。


「喫茶店の中身で差をつける方がいいんじゃない?」


 という誰かの発言が、倦怠感が漂う教室内の雰囲気をやや軽くした。

 だが、他のクラスとの違いを見せられるネタが浮かばない。


 その発言の無責任さが、さらに委員長の感情を逆撫でにする。

 が、中立の立場だから感情を露にできない。

 彼女だって、生徒会の書記、クラス委員長、部活、勉強と、ただでさえ時間のやりくりに一苦労しているのだ。


 この会議が終われば、誰もがこの束縛から解放される。

 しかしこのままでは、明るい気持ちで会議を終わらせそうにない。


「じゃあやりたいことじゃなく、どんなことをやってたら入ってみたい? 学祭に限らず、町中のお祭りとかのイベントでもいいわ」


 学業成績が優秀ということも、彼女がクラス委員長に推薦された理由の一つ。

 この発想の転換も、成績が優良な彼女の器量ならでは、だろう。

 彼女は、とにかく催し物の案が欲しかった。

 だがクラスメイト達は、その発言を深読みしていた。

 新しい案を出したら、その責任者にさせられるに違いない、と思い込んでいた。

 ただ一人、ぼんやりと外を眺めていた三崎敬太を除いて。


「三崎君、何かありますか?」

「は、はいっ?」


 三崎は、驚いて思わず立ち上がる。

 しかし七瀬はただ単純に、窓際最前列から順に名前を呼び、全員から意見を求めるつもりでいただけだった。

 ところがほとんど話を聞いていなかった三崎は、自分の名前を呼ばれる前の一言「じゃあ次」という言葉は耳に入っていなかった。

 三崎は突然名前を呼ばれたとしか思えないのだが、七瀬やクラスメイト全員には、順番が回ってきたのだから三崎の名前が呼ばれたのには何ら不思議はない。

 しかし三崎は何に対してどう答えていいか分からない。


「えっと……分かりません」


 あちこちから失笑の声があがる。

 何度同じことを言わせるのだろうか、七瀬は恨めしい眼差しで三崎を睨む。


「どんなイベントがあったら参加してみたいと思いますか? って聞いてるの!」


 三崎は普段の授業でも、ボーっと窓の外を見ることが多い。

 小学生ならともかくも、ここにいる誰もが義務教育を終えたあとの教育課程の、高校生なのだ。

 例え将来の目的に明確なものがなかったとしても、在学中に将来の目標、あるいは在学中の目標を誰もがそれなりに持っているものだ。

 なのに、ただ時間を浪費しているとしか思えない彼の態度に、七瀬はいらいらする。

 三崎とは、クラスメイトになったことはなかったが小学校、中学校は同じ学校に通っていた。

 だからその頃の三崎の様子はほとんど知らない。

 だが高校となれば話は別だ。

 七瀬は、もっとしっかりしろ、と叱り飛ばしたくなった。



 だがその不快な表情は、三崎の次の発言で一気に明るくなった。


「えっと……クイズ大会、かなぁ」


 テレビのクイズ番組は欠かさず好んで見ているし、雑学やトリビア、クイズの本は、数えきれない冊数を読破している。

 休み時間、昼食の時間など、寸暇を惜しんでそんな本を読んでいる姿は、授業中とは百八十度違い、まさに真剣そのもの。

 だからそんな知識は無駄に多く持っているが、学業成績は言わずと知れたもの。

 常に学年最下位を競ってる感じ。

 もっともその競争相手は毎回違うのだが。

 学校に何しに来てるんだか、と三崎を馬鹿にするクラスメイトもいれば、軽蔑する者もいる。

 いないものとする者もいて、いずれも見下されることは多かった。


 そんな三崎の発言は、クラス内の失笑やざわつきを一気に消した。


「……そいえばお前、結構その手の本読んでるもんな」


 と、三崎の後ろの席の立川武司が声をかける。

 三崎の前の席に座っている長浜豊と共に、休日で暇な時間がある時は、仲良く遊ぶ数少ないクラスメイトだ。

 その長浜は振り返る。


「クイズ大会、出たい、とも言ってたよな。クイズの実力はありそうだが、メンバーが集まらないって嘆いてたもんな」


 それを聞いた七瀬は、中学時代の噂を思い出した。


「そういえば、三崎君って……中学時代、隣町主催のクイズ大会で優勝したとか言ってなかった? 社会人も混ざって参加してたって言ってたわよね」


 静まり返っていた教室内が、再び一気に騒ぎ出す。

 同じ中学校に通ってたクラスメイト達は「そう言えば聞いたことがある」と七瀬に同調。

 初耳だった生徒達は、彼への評価を手の平返し。

 ここぞとばかりに三崎への称賛の声が上がる。

 そのほとんどの声の目的はただ一つ。


 三崎は、できればなるべく目立たないように高校生活を送ってきた。

 事実、成績が特別に悪く、授業の態度も良くないこと以外は、特に注目を浴びることはなく、平々凡々な一学年を過ごしてきた。

 悪く目立つのは、馬鹿にされるくらいで済む。

 だが良く目立つのは、妬みを買うこともある。

 そこからいじめが始まることもある。

 それだけは避けたいという理由だけ。


 だが、まさか自分の趣味でこんなに注目を浴びるとは思わなかった三崎は、こっちを見るのは勘弁してくれとばかりに首をすくめ、体も猫背気味にして身構えた。

 が、まんざらではなさそうな顔。

 明らかに照れている。

 照れ隠しで身じろいでいるような動きを見たクラスメイト達は、自身それぞれの思惑故に三崎が滑稽に見えて、思わず嘲笑の声が上がる。


 そして、その中から出た発言が、三崎の目の前を暗くした。


「はーい、委員長。クイズ大会なんて他のクラスでは採用どころか発案もないだろうから、それにしたらいいと思います。責任者も三崎が適任だと思いまーす」

「え?」


 約一か月半までの間だけとは言え、三崎は自由気ままな高校生活にいきなり制限をかけられてしまった。


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