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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【駅】ホラー2020

ハトと青年

作者: 鷹野 進

 

 ホームの端を、灰色のハトが歩いている。


 新卒採用の筆記試験を終えて、午後一時。立っていると暑い。アスファルトから陽炎が見える。


 白シャツの胸元をつまんで風を送る。


 ホームの待合室で待てばいい話だが、電車はあと四分で到着する。冷房の効いた車内の座席に座るためだ。夏の猛暑に耐えてみせる。


 クールビズのお蔭で、ネクタイがなくてよかった。それでも熱気は駅のホームを包む。暑い。


 暑さのせいか、名札を首から提げたままだったことに、いま気づいた。恥ずかしい。


 鳩原という少し珍しい名字だから、きっと通りすがりの人たちに変に覚えられただろう。恥ずかしい。どうせ覚えてもらうなら、好印象で採用担当者がいい。

 

 ため息をつく。

 灰色のハトが一羽、ホームを歩いている。


 頭部をせわしなく前後に振り、ピンク色の鱗の脚で闊歩していた。僕の足元に近寄って来る。クックック、と喉を鳴らす。

 正直、ハトは苦手だ。


「キモいよな、ハトって」

 至近距離の声に心臓が止まるかと思った。


「あ、悪ぃ。驚かせた?」

 リクルートスーツに紅いネクタイをした男が隣りに立っていた。

 いつの間に。


「なんつーの? 頭の動きってか、妙に馴れ馴れしいじゃん?」

 馴れ馴れしさは彼にも言えることだが、曖昧に頷いて見せた。


「オレさ、ハトにフンされたことあんの。この駅で。ひどくね? おろしたてのスーツだったんだぜ」

「それは……災難だったね」

「だろ? だからハトが嫌いになった。まあ、もともと好きでもねーし」


 男が近寄って来たハトに向けて蹴りを放つ。

 ハトは驚いて飛び退いた。それでも、飛んで逃げることはしない。ふてぶてしい。


「あとさ、ハトはユーレイが見えるんだと。意味わかんねーよな」

「ふうん。初耳だ」


 クックック、と灰色のハトは喉を鳴らしながら、僕たちの周りを回る。

 彼が蹴る。ハトが避ける。

 チッ、と彼が舌打ちをした。


「やっぱ、二度目は無理か」

「どういうこと?」

 頭を振って歩くハトを目で追いながら、彼が言う。


「就活もうまくいかなくて、イラついてたからさ。蹴り飛ばしてやったんだよ」

「それは……」

 動物虐待ではなかろうか。


「別にいいだろ。みんなやってるし」

 リアクションに困って、頭上の電光掲示板を見た。もうすぐ電車がやって来る。


「そしたらさ、逆襲されたんだよ」

 彼が不貞腐れたように唇を尖らせた。


「逆襲? ハトに襲われたの?」

「そー。マジ、最悪だったわ」


 電車の到着を知らせるアナウンス。

 それらに混じって、彼の声が鼓膜に届く。


「電車待ちしてたらさ、背中に体当たりされて。あ、と思ったら、落ちた」


 電車が来る。ホームに人の数が増える。ざわめき。

 ハトが立ち止まり、紅いその目で僕を見ている。


「……ハト、に、押されたの?」

「そー、こんな感じ」


 彼が僕の胸を押した。

 簡単に、体は宙を舞う。

 女性の悲鳴、人々の大声がホームに響く。


 赤茶けた線路に頭を打った。痛い。


「なん、で……?」


 灼熱の夏に、リクルートスーツ。紅いネクタイ。

 どう見たって季節が違う。


 気配もなく隣りに立った彼。

 ――ハトはユーレイが見えるんだと。

 ホームから見下ろした彼が嗤う。


「言っただろ。ハトが嫌いだからさ」


 近づく銀色の車体。

 耳をつんざく警笛。

 鉄の軋むブレーキ音。


 灰色のハトが空に羽ばたいた。



『ハトと青年』



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― 新着の感想 ―
[良い点] 首から下げたままの名札に、主人公の苗字。 散りばめられた伏線が綺麗に機能していますね。 鳩原さんもサッサと名札を外していたら、リクルートスーツの男に目を付けられなくて済んだでしょうに… […
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