尼ケ崎 冴恵 [下2]
あの親子の場を離れてから私の札が貼られている控え室に戻ると、専属スタッフがおどおど落ち着かない様子で慌てて此方に近付いてきた。
「尼ケ崎様!!駄目ですよ!1人で出歩いて!何かあったら私はもう!!」
何を大袈裟な。私は世界一の画家だ。
知名度も高いし、それなりに運動神経もあるし
頭も回る方だ。
なのに、何をこんなに慌てる必要があるのか。。
「大丈夫よ。私は大抵の事は1人で出来ちゃうもの」
「そんな事を言ってるのではありません!もし!もしですよ!?変な輩にナンパでもされたらと思うと私はもう!!貴方を独占したいのです!!私は尼ケ崎様のメイドです!ちゃんと私を見てください!!」
何を言ってるのか理解出来なかったのだが、なんとなくその全てが分かってしまう私が怖かった。
恐らくこの専属スタッフは私に惚れているのだろう。
そして、変な輩に取られないかを心配しているだろう。
そこまで理解してしまえば、もはや笑いが出てしまう。
「ナンパなんてされないよ。ここが何処かわかっているの?そもそも私を知らない人はこの場にはいないと思うし、下心があって声をかけてくる人なんてこの場にはいないわ。だってここはそういう所だもの」
「それはそうですが・・・私は尼ケ崎様のメイドです!!どこかに行く時は世話係として、着いていかなければならない義務があります!!どうか、連れていってください!!」
本当にこの子は元画家だったのかどうか分からなくなりそうな程の熱意で懇願されたので、仕方なく、その場は1人になること無く、一緒に居ることにした。
その様子の時の専属スタッフはとても嬉しそうな顔していて目が輝き、胸を張って居たのだった。
「ところで、神崎先生の娘さんの絵は見たの?」
「あ!そうです。それです。見ました。あれはなんと言うか…凄い上手なのですが、中身がありませんでした。とてもとはいえ、尼ケ崎様が気にする程でもないかと思います。」
やはり、元画家なのは間違いないらしい。
あの絵をちゃんと見極めた上で私との絵を見比べたのだ。
それは分かりきっているのだが、問題はそこじゃない。
絵ではなく、描く人が問題なのだ。
「当たり前じゃない。あんなお粗末と言える絵が私に届くはずがない。だけど、あの絵を書いたのが初めてだそうよ?」
とだけ伝えると、スタッフは固まり、その場で動かなくなり、先程のまでの笑顔が消えていた。
やはり、そういう反応になるだろうと思っていたものの、
画家にとって、描き始めの絵は日々が経つにつれ、あるいは上達してくるのが感じ始めると、その絵を恥とさえ思えるようになってくるのだ。
「初めて…とはどういう…?」
「言葉通りよ。正真正銘、絵を書いたのがあれで初めてって事よ。」
言い直す必要は無いと思ったのだが、
改めて言い直したのだ。
「…はは。嘘ですよね?私も色んな絵を書いてきました。ですが、1番初めは本当に素人で、絵の書き方も知らず、なにも教わらずに書きました。それでも必死に模写したり、想像で書いたりして10年近く練習して、ようやくこの出展にも出せるようになりました。あれが初めて…?」
「その気持ちはよく分かるわ。私も描き始めて11年。あの子は神崎先生の遺伝子と才能をそのまま持っていったんでしょうね。努力で頑張る私たちとは住む世界がちがうでしょう」
そうやってフォローすると、青ざめた顔は少し良くなり、
いつもの調子を取り戻していく。
「それは違います。私ならいざ知らず、尼ケ崎様はその子とも戦えると、私は信じたいです。さて、そろそろオークションの時間ですし、控え室に戻りましょうか!」
その期待に対して、私はどうすべきなのだろうか?
違うな。
私はその期待には答えるつもりは無い。
私は描きたい絵を描くだけの事だからだ。
オークションが始まり、私たち画家は特別席でその様子を見守る。
これで私たち画家が書いた絵に対して相応の対価を出してもらい、順位が決まる。
それぞれ画家の絵の値段が決して行く。
全部で28枚。
画家の名前が呼ばれ、観客に見せられていく。
欲しい人は値段を提示し、それ以上に欲しい人はそれ以上の値段を提示する。
これで、順位が決まっていくのだ。
それぞれの画家の名前が呼ばれ、美麗ちゃんの名前が呼ばれた。
値段が提示されては覆されまた提示される。
そして値段が決まり、購入されていく。
美麗ちゃんの絵。その額。2億6000万
初めて書かれたその絵に2億6000万の値段が付いたのだ。
そして、私の絵はと言うと、7億7000万。
2位の額は3億2000万。
ぶっちぎりの1位であった。
期待はしていたが、まぁそうだろうと分かりきっていたのだ。
あれだけ頑張ったのだ。そうでなくちゃ困るのだ。
美麗ちゃんの順位は4位。
初めての絵でこれは異常だ。
「2億!お父様!私の絵に2億の値段が着きました!すごいですね。。」
と、驚く程にテンションがあがっていたのだった。
私との間には3倍近くの差があるのだが、何故か嬉しいとも、思わなかったのだ。
2位の方を見てみると私とのレベルの差を感じたのか、嬉しそうにはしていなかった。
3億という数字は決して少ない数字では無いはずだが、
それでも、私を越えれない事に気付き、落胆しているようだった。
それを見て嬉しい気持ちが響き渡った。
だがしかし、何故だろう?気持ちが晴れないのだ。