第6話 鬼や魔王に捕らわれるくらいなら、美女に捕らわれた方がワクワクできて得した気分になれる
「話……もう十分したと思うのですが」
嫌な予感が止まりません。
じりじりと後退しますが、果たしてわつぃは無事に家に帰ることができるのでしょうか。
「まぁそう身構えるな。大したことはない。ちょっとこれをもって欲しいだけだ」
目の前にはたいそう美人な女吸血鬼。
銀髪美少女なその魔族は、見事な犬歯さえなければぜひともお友達になりたいほど輝いてみえます。
人様のことを貴様と呼ぶお方と仲良くなることは難しそうですが。
吸血鬼は懐から水晶石を出してきました。
……これは受け取っていいものなのでしょうか。
1年生の頃、水晶石を使用したテストでは、私が持った水晶石が黒い砂と化しました。
これを受け取ると、あの時と同じ現象が起きるのでしょうか。
「……断ってもいいですか?」
「ほう、なぜだ。これは何の変哲もない、ただの魔力結晶だぞ」
「それには嫌な思い出があるのです。水晶石を見るだけでもう鳥肌が」
とはいえ、簡単には逃がしてくれなさそうですね。
走って逃げても逃げ切れる気がしません。
人払いがされているのかというくらい、周りには人がいません。
いや、魔族が平気で歩いているくらいです。
なんらかの方法で人払いがされていると思った方がいいでしょう。
このまま待っていても助けが来る気がしません。
こういうときこそ、マコト様から頂いた魔力の才能を活用する時では?
マコト様!見てくれているんでしょ!ぜひ私を助けてください!
さぁ!覚醒するタイミングはここですよ!!
「……しかし、仲間は来なかった」
「ん?なんだ?」
「何でもありません。一応聞いてみるんですけど、私がその水晶石を触らずに無事に帰れるパターンはありますか?」
「ないな」
「そうですか。それじゃせめて理由を聞かせてくれませんか?理由によっては無理をしてもいいかなと思います」
「残念だが、それは答えられない」
「そうですか」
救いはありません。
なんで私は力に覚醒しないのでしょうか。
あれですかね、危機感が足りてないのでしょうか。
命の危機に晒されたことがないからか、魔族を目の前にしても恐怖心があまり沸いていません。
これが現代っ子の闇といったところでしょうか。
「……実は我々魔族が探している存在が、貴様である可能性がある。我が国に訪れた占い師がそう言っていた」
「占い師ですか……」
「あぁ、突如現れてな。あまりに怪しいので信じていないのだが、物は試しと従ってみたわけだ。暇だったからな」
占い師……いったい何者なんでしょう。
しかし、暇つぶしで私のところに顔を出すなんて、迷惑な話です。
魔族と人間は古くから戦争を繰り返している仲。
そんなに気安く関係は持てないと思うのですが。
「よくわからないですが、あなたが探している存在がその水晶石を持つと、何かが起きるということですか?」
「そう思ってもらって構わない。別に取って食うわけではない。我々魔族も、年端も行かない女児を捕まえて何かするほど落ちぶれてはいない。試しに持ってもらえば、それで帰るさ」
占い師も気になりますが、目的は教えてもらいました。
どうせ逆らえないわけですし、言うことを聞いて水晶石を持ってみましょう。
「わかりました。ちょっとだけですよ?」
「あぁ」
そういって水晶石を私に差し出してきた。
私は唾をのみ、その水晶石を受け取ります。
いったい何が起きるのでしょう。
占い師が何をみたのか知りませんが、ある意味私は神に選ばれし存在。
そういうと偉そうですが、魔族が探している存在が私の可能性もあります。
おかしいですね。
私は美人になって人生イージーで生きたいだけなのですが。
「……何も起きないですね」
想像したようなことは何も起きませんね。
黒くなることもなければ砂になることもない。
……ただなんでしょう。
あったかいですね。
ほんわかと何かを発しているような、そんな感覚がします。
気のせいだと思うことにしますが。
「ふむ。そのようだな」
私の手元をじっくりと見てくる吸血鬼。
うっ、なにか特殊なフェロモンでも出ているのでしょうか。
その美貌を間近で見ていると、何だかドキドキしますね。
魔族に魅了される……闇落ちは嫌いな展開ではないですが。
「どうやら、貴様ではなかったようだ。迷惑をかけたな」
そういって私から水晶石を取り上げる吸血鬼。
あっさりしたものです。
吸血鬼と離れて軽く意識を取り戻します。
「いえいえ、それじゃおやすみなさい」
そういって私は挨拶もそこそこに急いで帰ります。
これ以上長居は無用。
帰れそうなうちに早く帰らなくてはなりません。
もう吸血鬼を背にして振り返りません。
いったいなんだったのでしょうか。
大胆な行動をとった割にはあっさり帰してくれましたが。
「――っ」
ふと首に衝撃が走ります。
え?なんですか?意識がもうろうとします。
こ、これはあれですか。
首トンですか。
思ったよりも痛くないのですね。
相変わらず危機感を感じないまま、私は意識を失いました。
「すまないな。だが覚えておくといい。魔族はうそつきなんだ」
「おっと、無事に捕まえることができましたか?」
「あぁ、お前はあの時の。なぜこんなところに?そもそもどうやって入ってきた?」
「わたしはどこにもいなくて、どこにでもいます。どうやって入ったかと聞かれれば、歩いて入ってきましたよ」
「ふん、まぁそれほど強固な結界ではなかったからな。あまり強い結界を張ると、無意味に目立ってしまう。その辺の人間を相手にするには十分だとは思ったが」
「わたしはその辺の人間ではなかったということですね。さて、なぜ来たかと理由を問われれば、エリスちゃんを見に来ました」
「この娘はエリスというのか。……いい名前だと思うが、存外似合わない名前だな」
「こんな美少女を捕まえてなんてことを言うんですか!あぁ、見ているだけで癒されます。それでいてこんなに強大な力を秘めて……能力的にも美貌的にも将来が楽しみで仕方がないですね!」
「ふっ、エリスがこれから歩む人生を思うと、楽しみとは言いにくいがな」
「それもいいではないですか!薄幸な美少女というものは絵になりますよ!いつか王子様が助けに来てくれるかもしれません!」
「この国の軟弱な王子には期待できんがな。さて、無駄話をしている暇はない。目立つ前に退却したい」
「そうですね。それではまた後程」