第5話 吸血鬼という存在が物語に出てくるときってだいたい恐ろしい振りしていいやつだけど
学校からの帰り道のこと。学校から家までの距離は徒歩15分程度。いつもはルーシーちゃんと一緒に登下校をしている私だけど、今日は1人でした。ルーシーちゃんもいつも通り誘ったのだけれど、用事があるとのことで断られました。
いったいどんな用事があったのだろう。ルーシーちゃんに下校の誘いを断られることは滅多にありません。思い返せば、このことがこの後起こるできごとの前触れだったのでしょう。
その日、帰り道は私以外だれもいませんでした。私は美少女です。
もしかしたら、あまりの可愛さに、私をかどわかそうとする人がいるかもしれません。
それを懸念して、いつもは人通りの多い道を歩き、1人にならないよう努めます。
いつも通り、人通りの多い道を歩いていたにもかかわらず、人がだれ一人いません。
不安に思った私は、急いでその場所を離れようといます。
早く帰らなきゃ。今日は大好きなハンバーグだとお母さんは言っていました。
「止まれ」
「……っ!」
背後から、男か女かわからない声が聞こえます。
私は唐突に聞こえたその声に従い、足を止めてしまいました。
誰かわからない人から、こんな人のいない場所で声をかけられる恐怖。
今の私は10歳の非力なか弱い美少女。
声をかけてきた人が害をなそうとした場合、私には抗いきれません。
「……間違いない。貴様だな」
声をかけてきた存在が、後ろから近づいてくるのを感じます。
その速さは歩み程度ですが、いっそゆっくり近づいてくる方が恐怖を感じるというものです。
どうしましょう、いっそ勇気をもって振り返ってみましょうか。
「くっ……!」
迷った私は決死の覚悟で振り返ります。
そこにいたのは、吸血鬼でした。
女の吸血鬼です。
いや、本当に吸血鬼かどうかわかりませんが、私のイメージする吸血鬼という存在を、そのまま表現したような姿をしていました。ただ、髪の色は銀ですが。
目は血のように赤く、人間と比べて異常に発達した犬歯を覗かせこちらをなめるような目つきで見ている吸血鬼。
身長は160cm前後程度で、真っ黒なぼろぼろのマントで身を包み、その銀色の髪は地面につかんとする勢い。そして、とんでもなく美人。
マントで隠れてよく見えませんが、スレンダーで色白で、男受けしそうな顔つきをしています。
プロポーションからは考えられませんが、実はサキュバスの可能性もありますね。
「ひとつ、ききたい」
「はい……なんでしょうか」
「貴様は人間か?」
「……はい、人間ですが」
なんでしょうこの人は。こんな美少女を捕まえて、人間かどうかを疑いなんて。というか、初対面の人に感じ悪いですね。あなたこそ、人間なのかって話ですよ。
「そうか……やはり聞いていた情報通りだな。いやしかし……今代は人間の身体に宿ったとでも言うのか?そんなことがありうるのか?」
「……それで、私に何か用でしょうか。用がなければ帰らせていただきます」
ちょっとイラっとしましたが、危険なかおりがするので早いところ帰りたいです。
何やらぶつくさいっているうちに、踵を返して撤退です。
……まぁこの流れで帰れるとは思いませんが。
「まて、用事はまだある」
「……手短にお願いします」
「貴様は、神の声が聞こえるか?」
「はい?」
何を言っているのでしょうこの人は。神……マコト様のことでしょうか。
この方はおそらく魔物。神聖な存在であるマコト様の情報を、ここで伝えてもよいのか。
ここは一度撤退し、今日の夜にでもマコト様に謁見して連絡と指示を仰いだ方がよいのでは?
「いいえ、きこえませんが」
「……ほう、神という存在を知っているのか。やはり……」
えっと……。
「我々魔族には伝説があってな。魔王となる存在は神なる存在の声を聞くことができると。その神の声に導かれて、魔族の繁栄を成し遂げるであろうと」
「は、はぁ……」
となると、私の解答の正解は「神って何ですか?」と尋ねることだったということでしょうかね。そんなの、神って名前の人が私の知り合いにいるかもしれないじゃないですか!そう聞き返してこなかったぐらいで魔族であることや、伝承を口にするとか、情報セキュリティが甘くないですか!
「とりあえず……帰らせていただきます!」
「あっ!まて!!」
聞きたくない言葉を聞いてしまった。このままでは、私は帰れずに連れ去られるか殺されるかするのが目に見えます。
さっきの問答も、言っていることがめちゃくちゃです。
言っていることがめちゃくちゃっていうことは、私と会話すること自体に意味を見出していないということ。
何が目的かはわかりませんが、私を目的の人物とみなすことをすでに決めているようです。
今のこの会話は、私の反応をみて何かを知ろうとしていると。
それが何かはわかりませんが、不吉な予感がします。
その気になれば、マコト様から頂いた最強クラスの魔力を用いて撃退することは可能だと思いますが、できるだけ穏便に事を運びたいものです。
これ以上会話をするのは危険ですので、人がいるところまで私は全速力で駆けます。
「っと、そう慌てて逃げなくても、悪いようにはしない」
私は急ブレーキをかける。目の前には背にしたはずの女吸血鬼が回り込んでいる。
なんという速さでしょう。
私の全速力では全く勝てる気がしません。
もうほとんど瞬間移動でした。
嫌な汗が頬を伝います。
「いや、あなたって人間じゃないですよね?大人しくしろなんて言われて大人しくできないんですけど、怖いです」
「確かに私は人間ではない。魔族だ。魔族という存在は聞いたことがあるだろう?」
魔族……。
あまり詳しくは知らないけれど、基本的には人間の敵と聞いています。
魔族とは、魔王と呼ばれる存在の下に集っている集団のことであり、魔王より力を与えられているため、人間を大幅に超える力を持っていると。
先ほどみせた瞬発力もそれによるものでしょうか……。
「魔族は人類の敵だと教わっております」
「ふむ。まぁすべての魔族がそうとは限らないが、その認識で問題はない」
「そうですか、それじゃ私の敵ですね。やはりなんとか逃げたいのですが」
「慌てるな。私に貴様を害する気はない。少し話を聞かせてもらいたいだけだ」