第13話 人間には適応する力があるから、求められることはそれをいかに信じることができるかということ
「エリスちゃんはアーレンパレスにいるよ。魔族領でも最奥の地にある城」
「……なんでそんなところに?」
「エリスちゃんは人間にとっては不要な存在だからさ。このままだとエリスちゃんは殺されてしまうかもしれない。そう思った優しい魔族はエリスちゃんを助けたのさ」
エリスちゃんが殺される?
そんなこと、あり得ないんだけど。
「あれ?信じた?もっと疑われるかと思ったんだけど」
「不思議なんだけどね、わたしにはわかるんだ。相手が嘘をついたかどうかが」
勇者としての力のひとつだって、神様は言っていた。
とりあえず、この怪しいやつ……おそらく魔族が言っていることは真実だ。
直ぐに魔族領に向かって、エリスちゃんを助けに行かないと。
「アーレンパレスへの行き方はわかる?」
「わからないけど……連れて行ってくれるの?」
「連れて行くわけがないじゃない。聞いてみただけ」
「あ、そう」
やはり殺してやろうかこいつ。
そう思い、ゆっくりと魔族に近づいていく。
「おっと、わたしもまだ死にたくないからね。それ以上近づくのはやめてもらえるかな」
「それじゃもう消えていいよ。わたしはこれから忙しいから」
なぜ魔族がエリスちゃんの居場所を教えてくれたのかはわからない。
わたしが勇者であることを知っている?
今までだれにも教えたことがないのに……。
まぁでも、先生方はわかっているっぽいけど。
魔族の奴らにも感づかれている?
「言われなくても消えるさ。君にエリスちゃんの居場所を教えたのは、下手に行動されて死なれても困るからさ。何の備えもなく魔族領、しかもアーレンパレスに行くと命を落とすよ。エリスちゃんが大事に思っている君に死なれると、こちらも困ることになるのさ」
「ふうん。まぁわたしは行くけど。そっちでせいぜいわたしを殺さないように気をつけてほしいもんだよ」
まぁ、どっちかといえば殺されないように気を付けて欲しいけどね。
「君が来るとなると、こちらもある程度戦力をそろえないといけない。エリスちゃんは手厚く保護するから、一度様子を見てもらうことはできないかな」
「嫌だ。エリスちゃんはわたしの大事な友達だ。エリスちゃんと離れ離れなんて考えられない。絶対に助ける。魔族なんて滅ぼしてやる」
「めったなことを口にするもんじゃないよ。そんな禍々しいオーラを放って……わたしじゃなかったら耐えられないよ」
「失礼な。神聖なオーラの間違いでしょ」
なんて言ったって勇者のオーラなんだから。
いつまでもこんな魔族と会話している場合じゃない。
時間がもったいない。
どうしよう、お父さんやお母さんに言ったら反対されると思う。
それに、1人で向かっても失敗することが目に見えている。
何とか一緒に向かってくれる仲間を見つけないと。
ギルドにいる冒険者の人に協力をお願いしようか。
いや、いっそわたしもこの機会に冒険者として登録をしてしまおうか。
10歳の場合は保護者の承認がいるからやはりお父さん、お母さんの説得は必須かな。
「ふふ、それじゃ身体には十分気を付けてね」
これからのことを考えながら歩いているうちに、魔族はどこか消えていった。
ふう……。
こうしていなくなると、昂っていた気持ちが落ち着いてきた。
初めて魔族をみたけど、これが先生から習った殺したくなる感覚かぁ。
さっきの魔族、強そうだったな……。
負ける気はしないけど、戦いになったら勝てたのだろうか……。
エリスちゃんは大事だけど、さっきの魔族が安全を保障してくれたし、それが嘘じゃないことも確認できた。
一度、修行してからの方がいいだろうか……。
とりあえず、家に帰ったらお母さんに話をしてみよう。
どうしてもエリスちゃんを探しに行きたいんだって。
きっとわかってくれる。
―――――――◆◆◆―――――――
ここに連れてこられてからどれだけ経ったかはわかりませんが、すっかり慣れてしまいました。
人には適応する力がある。
住めば都とはよく言ったものです。
ここで出してもらえる紅茶の美味しいこと。
鎮静の効果があるのか、毎日美味しい紅茶を飲みながらゆっくりする。
それだけでここにいてもいいのではないかという気がしてきます。
実は怪しい薬が入っているとかだったらやばいですが。
「ふう、ただいま」
「アリア、お帰りなさい。どこへ行っていたの?」
先ほど突然、用事があると言って出かけて行ったアリア。
帰ってきた姿はひどく汗をかいていて、様子がかなりおかしいです。
どこで何をしてきたのでしょうか。
「んー、ちょっと今代の勇者に用事があって挨拶をしに行ってきた」
「勇者……」
たしか学校で習ったときは魔王を倒せる唯一の存在とのことだった気がします。
やはりいるのですか。
なぜそんな存在を魔族であるアリアが知っているのかは謎ですが、まぁ占いの結果なのでしょう。
「ひどく汗をかいていますが、勇者と戦ってきたのですか?」
「戦ったわけじゃないんだけど、ほら、わたしたち魔族って人間をみると殺したくなるって話をしたじゃない?堪えるのが大変だったの」
「なるほど。殺さなかったのですか?」
「うん、ちょっとね。殺すわけにはいかなくて」
「そうですか」
魔族だったら勇者をみかけようものなら何も考えずに殺し合いを始めそうなものですが。
まぁ、それはわたしのイメージでしかないですからいいですが、それでは何をしにいったのでしょうか。
「まぁエリスちゃんは気にしないで。申し訳ないけど、エリスちゃんには勇者の情報はあげられないから何か聞かれても答えてあげられないよ」
「そうですか」
それでは聞いても無駄ですか。
わたしが将来的に魔王を産むのであれば、勇者と出会う日も来るでしょう。
できればあらかじめ情報を仕入れておきたいところですが。
まぁ慌てることはありません。
今日のところは紅茶を飲んで落ち着きましょう。




