03.帰宅
コタとシンは隣の家に住む幼なじみの双子である。
名を大泉 孝太郎と進太郎という。
俺と双子の誕生日は一週間違い。生まれたときからお隣さんだったので、それぞれをイチ、コタ、シンと呼びあい、ほぼ兄弟のように育ってきた。
この双子はホントにヤバイ双子だ。喋るときは殆ど同時に同じことを言う。仕草も同じ。おじさん、おばさんとうちの両親、そして俺は見分けられるが、他の人は全く見分けられない。それぐらいそっくりだ。
風邪をひくのもインフルエンザになるのも、何かに躓いてこけるタイミングもほぼ同時。良くここまで同じだなと思っていつも感心していた。
でも、こんな致死率70%の病気にかかるのまで同時じゃなくて良いと思うんだ。
おじさん、おばさんはさぞ心配しているだろう。
そんな、何でもほぼ同時の双子が、ほぼ同時に同じ事を呟いて目を覚ました。こんな時までヤバイ双子なんだな。
「コタ!シン!おまえらこんな時まで同時かよ!」
そう言って茶化そうとしたが、ぶっちゃけ嬉しくて涙がボロボロ出てきた。
「「なんだよイチ、泣くほどにオレ達が恋しかったんデチュカ?(笑)」」
いつもはイラッとするけど、今はこいつらが喋っているということがただ素直に嬉しかった。
「おまえら何だよ、二人揃ってスーパーサ●ヤ人になれそうだって……。」
俺がそう言うと、双子は台本があるかのように交互に口を開く。
「いや、だってさ、」「からだの奥からこう、」「「グワッと」」「元気玉が」「あふれてきそうって言うか……。」
「「なぁ。うんうん。」」
わっかんねぇ……。
でもとりあえず無事そうだ。
「あれだけ喉が渇いて死にそうだったのに」
「今は何ともないよな。」
「「イチがなんか飲ませてくれてた?」」
やっぱ双子も喉の渇き、無くなってるのか。何なんだ?
「俺は昨日目が覚めたんだけど、二人には昨日、口元を湿らす程度に、ほんの少しだけスポーツドリンクを飲ませた。でもそれだけだ。
俺も死ぬ前はしこたま喉が渇いていたけど、起きたらそんなの無くなってた。」
「「一応生きてるから!」」
「あぁ生きてるなwww」
「しかし、運ばれたのも目が覚めたのもイチが一日早かったんだな。こんな時まで兄貴風かよ。」
シンがそんなことを言う。
「俺だって好きで先にインフルになったんじゃねぇ!」
やっぱ本気で拳骨叩き込んどくんだったかな。
「オレ達、生き延びたって事だよな?」
コタがそんなことを言う。
俺だって確証は無いけど、でも実際、昨日より更に体が楽になっているからきっと大丈夫なはずだ。
「大丈夫だよ。大分体が楽になってるだろ。俺達は死なないよ。」
その翌々日、俺達はスマホを返され、帰宅を許可された。
ようやく家に帰れる。それは只々嬉しい。
でも、家に帰った瞬間の事を思うと憂鬱で仕方がない。
いっそこのまま双子の家に行こうか?とも思ったが、やっぱ心配してるだろうしなぁ……!。
ってなことを考えていたらもう家についてしまった。
しゃーない。俺も男だからな。覚悟を決めるしかないな。
そう思って、家のピンポンを鳴らす。
ピンポ~ン♪
すると奥から「は~い」という声と共にドアの鍵を解錠する音が聞こえる。
おいおい、不用心すぎるだろ!と思っているうちにドアが開く。
「どちらさ……いっちゃん……?」
「ただいま。インフル、治ったってさ。」
「………………いっぢゃ~んふぇぇぇぇ~ん!」
この奇妙な鳴き方をして俺に抱きついてきたのは俺の母親、鈴木 麗。身長148センチのミニマムサイズ。しかし胸は身長の小ささに反して何カップかはわからないが、でかい。双子とはいつもワールドカップなどと言ってふざけている。顔のつくりが童顔なので30歳位に見えなくも無いが、43歳である。43歳である。大事なことなので2回言っとく。
「いっちゃあ~んよがっだよぉ~いぎでだぁぁぁぁ……ふぇぇぇぇん。」
決してズーズー弁では無い。泣きながら喋ってるだけなんだ。
「拓ちゃんからは覚悟を決めろって言われちゃったし、もう会えないかと思ったよぉ……ふぇぇぇぇん!」
「ちょ、おかん!鼻水つけんな~!」
「だってぇぇぇ~じんじゃうがどおぼっだんだぼ~~ん~ふぇぇぇぇん!」
43歳にもなって「ふぇぇぇぇ~ん」と泣くのは勘弁して欲しいが、そうは言っても致死率70%のインフルだからな。俺だって両親がこんなことで死んだら、「ふぇぇぇぇ~ん」とは言わないものの、すんげー泣くと思う。
因みに「拓ちゃん」とは、俺の父さんの鈴木 拓也。御年46歳だが、クソマッチョの為年齢より若く見える。ってか年齢不詳だけど、40代後半に突入したとは思えない感じだ。
「ふぇぇぇぇ~ん」と泣きながら、このちっちゃいおかんのどこにそんな力があるのかと思うような、ゴリラにでも抱き着かれてるんじゃないかって力で抱き着かれる。
「お…おかん…くるし…し…死ぬぅぅ…」
ようやく絞り出した言葉に反応して、力を緩めてくれたおかん。が、離してくれる気配はない。
「いっちゃん…ママはね、何度も何度も、うららちゃんって呼ぶように言ったよね!何でおかんだなんて呼ぶのよぉぉぉぉ!!!」
そういってまたちょっと泣き出すかと思ったところで
「「うららちゃん」」
双子ナイス!
「「とりあえず寒いから、イチを家の中に入れたげて。俺たちももう家に入るからさ。」」
双子たちも、家にいたおばさんと感動の再会をしていた。うちのおかんの扱いにも慣れたもので、とりあえず中で話そうって段階で助け舟を出してくれたってわけだ。
双子にまた後でとあいさつをして、久々の家に入る。
生きて帰ってこれたんだな。
いや、冒険に行ったり何したりってわけじゃないんだけど、やっぱ、日本を大混乱に陥れている死ぬ人の方が多い新型インフルにかかって、家から強制的に運び出されたら、ね。感慨深くもなるよね。
「いっちゃん、ココアど~ぞ。でも…生きててよかったよぉぉぉ。」
リビングに入るや否や、すぐにおかんがココアを入れて持ってきてくれた。
やっぱココアはバンホーテンっしょ!
そして、別に狭くも無いのに、俺の横にぴったりとひっついて座ってきた。
「体育館…どうだった?」
しばらく無言だったおかんがぽつりと質問してきた。
「うん………。体育館いっぱいに、人が寝かされてた。人がいっぱい過ぎて看護師さん、何にもできないって言ってた。水もオシッコもセルフサービスだったんだ。ひっでーだろ。
隣に柳君がいてさ。覚えてる?小学校の時の。俺が連れてかれて4日目に、隣で死んだんだ…。それで…俺も死ぬのかなって思って…。」
そこから言葉が出なくなった。
すると恋人かよ!って感じで俺の肩に頭をのせて来るおかん。俺と父さんに対しては、いつも恋人みたいな振る舞いをしてくる。
「うん、わかった。思い出させてごめんね。でも、いっちゃんが無事で、戻ってきてくれて、ママ、本当にうれしいんだからね。ホントのホントにうれしいんだからね。ふえぇぇぇぇん…」
また泣き出してしまった。
しばらくして、おかんが落ち着いてきた所で質問する。
「それはそうと、父さんはどうなの?大丈夫なの?」
「あっ!そうだ!拓ちゃんにもメールしないと!!あ、拓ちゃんはなんとも無いって!昨日もメールが来たよ。」
父さんは自衛官だ。なんでも防衛大学に行って自衛官になって、46歳まで勤めてきているので、割とえらいさんらしい。よく知らんけど。
この日本の危機の時に、当然家に帰る事などできず、今は新型インフルの患者の隔離の為にどこかで働いているらしい。
スマホに電話してすぐに喋れるわけも無く、えらいさんなので休憩時間…と思っていても緊急の連絡で休憩も取れず…という事がよくあるらしく、基本的に連絡はメールでというのが我が家の方針だった。
母親がメールを打っている間に、俺も父さんにメールを打っておこう。
『無事に生き返って、今日家に帰ってきた。心配かけてごめん。』