02.生還
目が覚めたのは2日後だった。
あれだけ感じていた喉の渇きは無くなっている。しかも体が大分楽になっていた。
ってか何となく、今なら何でもできる気がする。
とは言っても最高潮にしんどい時から比べたら楽になっているというだけであって、まだめちゃめちゃしんどい事には変わりなかった。なのでできれば動きたくなかったし、家に帰って良いですよと言われてもたどり着く自信は無い。
それでも、2日前より随分楽になっているのは事実だ。
「死なないかも…。」
そう呟くと、まだ怠い体を起こして周囲を見渡す。
少し離れたところに幼馴染2人が寝ている。生きてる…よな?
柳君の後に運ばれてきた右隣の人も寝ている。…よな?
左隣には小学生の男の子がいた。この上なくしんどそうにゼーハーしながら泣いている。うん、この上なくしんどいのは俺も体験済だ。特にまだ小学生なのに、こんな死ぬかもしれない病気になったのに母親に看病もしてもらえないんだもんな。泣きたいのもよくわかるよ。
そう思っていたら、通りかかった看護師さんに声をかけられる。
「あら、もしかして目が覚めた?具合少しましになったかしら?」
そんなことを話ながら枕元に置かれた小さなカラーコーンを青から緑に変えていた。
「あの……それは?」
「ん?あぁ、カラーコーン?さっきまでの青が昏睡状態、緑はそれを脱したって目印よ。」
そんな風に教えてくれたので双子の方を見てみると、二人は青だった。双子の隣には赤いコーンが置かれている人がいた。
「赤は?」
そう尋ねると、看護師は言いにくそうではあったが教えてくれる。
「赤……赤はね、危篤状態の患者さんよ。血の泡を吹いていたり、鼻や耳から出血があったりする患者さん。」
確かに、柳君は最後に血の混じった泡を吹いていた。なるほど。
「あの、俺、良くなったんでしょうか?」
体は楽になったが何と言っても致死率70%のインフルエンザだ。ここからと言うこともあるかもしれない。ましてや周りは患者ばかりだし。
「絶対とは言えないけど、おそらく大丈夫よ。昏睡から目が覚めた患者さんは例外なく回復してる。ちゃんと回復するために、もう一眠りしなさい。」
そうか、俺、助かるのか!
じわじわと嬉しさと安堵が拡がってくる。じゃぁもう一眠りするか。
あ、そういえば意識を失う前にめっちゃ喉が乾いてたけど、今それが無いな。それに意識無いとはいえ色々と排泄するものもあっただろうし。
喉の渇きやら寝間着と布団の汚れがないのは、看護師が看病してくれてたんだろう。お礼言わなきゃな。
「あの、スポーツドリンク飲ませてくれたり、したんですよね。ありがとうございます。」
そういうと、看護師さんの顔がキョトンとした。何の話?って顔をしてる。
「あの……ごめんなさいね。私たち、受け入れの人数が多すぎて、個々に看護はとても出来ないのよ。
あなたも、目が覚めてくれて良かったけど、何かを飲ませたり、点滴したり、排泄物のお世話をしたりは、申し訳ないけど一切していないの。ごめんなさいね。」
そう言って看護師は他の患者を見廻りに行った。
スポーツドリンク、飲ませてくれてないのか?なら何で喉の乾きが無くなってるんだろうか。
今だってそんなに喉が渇いているとは感じないし、トイレに行きたくて仕方がないとも思わない。
不審には思うが、不思議な事もあるのだと無理矢理納得し、スポーツドリンクを飲んでもう少し眠る事にする。
大分楽になったとはいえ、まだしんどいからな。
目が覚めた時には辺りは薄暗かった。体育館の電気が少ししかついていなかった為だろう。外はもう真っ暗だ。
枕元にはコンビニのおにぎりが2個と、グレープフルーツのパック、それにいつものスポーツドリンクと尿瓶が置かれていた……。
食べるのはセルフサービスということだろう。隣のナニガシは見なかったことにする。
座ってそのおにぎりを頬張る。病み上がりにこんな固形物はどうなのかとは思うが、空っぽの胃に久々の米は……染み渡るなぁ~。
グレープフルーツも完食し、ふと双子の波方を見る。カラーコーンはまだ青のままだ。目が覚めていないんだろうか?ってか生きてるだろうか?
そう思ったとき、ちょうど看護師さんが通りかかったので声をかける。
「あの、すみません。向こうに知り合いがいるんですが、行っても良いですか?」
すると看護師さんがニッコリ笑って答える。
「もちろん、構いませんよ。でも、しんどい方やお休みになっている方もいますから、大きな声でお話しするのは避けてくださいね。」
なんて可愛い看護師ちゃんなんだ……。この死の病を乗り越えたご褒美をおねだりしたい!
という願望は心の奥底に仕舞い込んで双子のところへ向かう。
「おい、コタ!シン!」
そう声をかけても反応が無い。二人とも寝ている。ってか、昏睡状態なんだな。
でも柳君の最期みたいに、血の泡は吹いていないから、まだ二人は大丈夫なんだろう。そう信じて二人の口にスポーツドリンクを含ませた。きっと、意識を失う前の俺みたいに喉が渇いているだろうから。
30分位双子の側にいたが、俺自身も病み上がりだし、いい加減体が冷えてきたので自分の布団に戻ることにする。
いつ自宅に帰れるんだろうと、そんなことを思いつつ眠りについた。
翌朝。朝というより昼前だが。目が覚めた俺の枕元には、またおにぎりとスポーツドリンクが置かれていた。果物は無く、代わりに野菜ジュースが置かれていた。
それを手早く平らげ、双子のところへ向かう。
まだ起きてはいないようだったので、暫く枕元にいようと思う。
ずっとこいつらの寝顔を見る羽目になるのかな。そう思うと一発殴ってやりたい衝動に駆られたので、双子のおでこを同時にペチッと叩き話しかける。
「おい、コタ!シン!いい加減起きろよ!」
そう言った瞬間、俺は全身がものすごい虚脱感に襲われた。が、双子が同時に、ゆっくりと瞼を開けた。
「「生きてる……なんかスーパーサ●ヤ人になれそうだ……。」」
こんなときも、いつも通りのユニゾンだった。