乙女ゲームの隠しキャラです。裏
乙女ゲームの隠しキャラです。の異母兄視点です。
十歳の夏、母が死んだ。
夏風邪だから休んでいればすぐに良くなると言っていたのに、私が村近くの森で薬草を摘んで帰った時には既に息を引き取っていた。
今までの過労がたたったのかもしれない。
母はとても働き者だったから。
私は悔やんだ。
どうして私は母の側にいなかったんだ。
新鮮なものほど効果が高くても萎びた薬草ならまだ家にあったのに。
何より大切な母を一人で死なせてしまうなんて。
母さん、あなたは最後何を考えていた?
私のこと?
私達を捨てた男のこと?
苦労ばかりだったこれまでの人生だろうか?
私は唐突に思い出した。
家で唯一鍵のかかる引き出しに絹のハンカチに包んでいれていた小物入れ。
私がいないときに時折取り出しては懐かしそうに見ている母をこっそり見ていた。
あの中に父親に関するものが入っていると何となく気づいたが幼心にその事を聞いてはいけない、母が教えてくれるまで黙っていようと決めていた。
もう見ても構わないよな。
今を逃したら二度と見る機会はないかもしれない。
この村は成人していない子供に土地を貸し与えるほど甘くない。
簡単な葬儀はあげてもらえるかもしれないが、その後は村人総出で我が家の隅々まで引っくり返し金目のものなら形見ですら強奪していく。
ここはそれが許される村だった。
去年に続き今年も作物の育ちが悪いと村人が話していた。
このままじゃまた凶作だ、備蓄も出来ない、冬を越せないのでは?という不安が村にはあった。
母の死を知れば村人は泣いて喜ぶだろう。
これで金が手に入る、自分達の手を汚さなくて済むと。
そう、このまま誰も死ななければ不幸な事故が起きていた。
森で獣に襲われ死んでしまった誰かの手足に縄で縛られたあとがあっても誰も気にしない。
いかに自分の取り分を多くするかしか頭にないのだ。
たとえそれで恨まれて実行犯の誰かが殺されてもまた懐が温かくなるとしか思わない。
殺されたのが働き手じゃなければ旨味がないので腹いせに復讐した者を袋叩きにして殺す。
この村はおかしいのだ。
でもそれが日常化され村人は誰もおかしいと思わない。
そのため私と母は村はずれに住み、村人との交流を出来るだけ控えつつお金をためて早く出て行こうを口癖に働いていた。
母の死は村にとってまさに恵みの雨だ。
母と私が丹精込めて耕した畑や作物が丸ごと手に入るし、口封じついでに私を売れば金銭も手に入る。
村人は嬉し涙が止まらないだろう。
そんな村でなぜ私達が無事だったか。
それは母が男爵家の出だという噂のお陰だ。
真偽はどうあれ母の後ろにいるかもしれない実家を怖れ彼等は私達に手を出すことはなかった。
その母が死んだのだ。
目の前の金蔓を見逃す者はこの村にはいない。
私は決めた。
母の死が知られる前にこの村を出る。
森を抜けた先の町で冒険者になれば食い扶持は稼げるだろう。
母が教えてくれた野草の知識があればきっと何とかなる、いや、何とかしてみせる。
日持ちのする食料と夜営に必要なもの、母と二人で貯めた蓄えとハンカチに包まれた小物入れを袋にまとめて背負う。
家にはいつでも逃げ出せるよう最低限のものしか置いていなかった。
村人がいくら引っくり返そうが出てくるのは萎びた薬草だけ。
薬効のある粉末も野草の知識がなければただの灰。
母から口伝で教わった知識を披露すれば役に立つと村に置いてくれるかもしれないが、そんな気もさらさらない。
一刻も早くこの村から出ていきたかった。
眠っているような母の死に顔。
苦しまずに逝ってくれたことだけが救いだった。
この頃毎日のように夕方、村人が食事を目当てに訪ねてくる。
恐らく今日も来るだろう。
本当ならこの手で葬儀をしてあげたいけれど、今のうちに距離を稼がなければ追っ手だけでなく森の獣に襲われる危険も増える。
後ろ髪を引かれる思いで母の冥福を祈った私は家を出た。
無力な自分が情けなかった。
月明かりの美しい夜だった。
木の上で仮眠をとる前に母の残した小物入れの中身を見てみることにした。
鍵はかかっていなかった。
中には高そうな髪飾りと男の絵姿が入っていた。
これが私の父親?
他に何か情報がないかと裏返して震えた。
見慣れた母の字で私の父親がこの村から山を二つ越えた先にある国の王太子だと書いてあったのだ。
▲△
十一歳。
山を一つ越えた。
しばらく父親の国と隣接するこの大国で路銀を稼ごう。
街の情報通という男に父親の噂を聞いた。
曰く、女好きで気に入れば誰彼構わず召し上げるクソ野郎。
曰く、気性が荒くすぐに手を上げる。
曰く、かなりの浪費家で国が傾く寸前。
曰く、年々税が上がって国民は貧困に喘いでいる。
男は言った。
この国が申し出た援助を断り今や孤立無援のあの国は遠からず崩壊する。
わざわざそんな国になど行かないでここで一旗揚げればいい、と。
私は母を捨て、国民を虐げる父親が許せなかった。
一目会って文句を言うためにも今はお金を稼がなければ。
こんなに栄えている大国にも貧困に喘ぐ者達はいた。
貧しい者同士で助け合っているのかと思えばその中でも厳しい上下関係があり、特に体のいい使いっぱしりをさせられる子供達は皆ガリガリで服とは呼べない襤褸切れをまとっていた。
いつ滅びてもおかしくない他国よりも先にこの国の貧困問題を解決すべきでは?と情報通の男に言うと、分かってないなと鼻で笑われた。
アイツ等は必要なんだよ、俺たちが虐げられないためになと男は言った。
私は段々この男に不信感を抱くようになった。
男が紹介してくれた店の薬草等の買い取り額が正規のところに比べて極端に安いと気づいたからだ。
それを指摘すると他国の者はギルドを利用出来ないからこの値段じゃないと店の利益にならないと言われた。
それ以降私はギルドで買い取りをお願いするようになった。
男は情報通とは名ばかりで自分の都合の良いことを都合の良いように言っていると分かったからだ。
同時期何故か子分が出来た。
身寄りのない貧困街の子供達だ。
私がギルドを利用するようになると柄の悪い奴等によく絡まれるようになり、それを毎回返り討ちにする姿を見て付いていこうと思ったらしい。
親分、親分と慕ってくれるのでどうも突き放しにくい。
△▲
十二歳。
子分の数が五人に増えた。
最初ガリガリで襤褸切れをまとっていた子分達も今ではそこそこ肉が付き比較的身綺麗になった。
最近ではギルドで簡単な仕事を受けているようだ。
それなりに路銀も貯まったしそろそろ先に進もう。
山を一つ越えた。
目的地までもう少し。
子分達が全員着いてきたので賑やかな旅路だ。
途中補給によった村近くで追い剥ぎに遭ったのでいつものように催涙薬を投げつけ返り討ちにした。
顔を見ると町外れでよく絡んで来た奴等だった。
誰の差し金か聞いてもなかなか答えないので子分達に思い切り股間を蹴らせるとようやく情報通の男からの依頼だと白状した。
私を騙した金で懐が温くなっていたのに勝手にギルドを利用しだしたせいでろくに酒が買えなくなり、その腹いせに盗賊業も請け負う彼等を雇い私を殺して有り金を全部奪おうとしたらしい。
貧困街の子供達が反抗的になってきたことも気に入らないと言っていたそうだ。
脂汗を流しながら悶絶する男達に盗賊業は止めた方がいいと忠告し別れを告げた私達はついに父親の国の領土に足を踏み入れた。
そこで私はおかしなものを見た。
国境沿いに延々と続く私の背の高さくらいの──馬防柵だろうか?
それにしてはしっかり作られ過ぎているような?
このような形のものは隣国の大国にもなかった。
だが所詮は馬防柵。
隣国の軍馬は私の頭上を軽々飛び越える。
無意味でしかない。
私の父親はこんなもののために国民に重税を課しているのか?
大きな門の前の行列には馬の姿もあるがどれも痩せ細っている。
恐らくこの国の馬も大したことないだろう。
あの情報通の男の言っていたことは本当だったのかもしれない。
自分の利益に関わらない事に関しては、だが。
とりあえずこの国を調べてみよう。
子分達に情報収集を頼む。
母さん。
もし父親が噂通りの暴虐な王なら、私は──
▲△
十三歳。
子分が十人に増えた。
ほとんどが年下なので親分親分と騒がしい。
目に力を込めながら静かにさせる。
今日、この場所で極秘に軍事訓練が行われることを掴んだ。
父親も参加すると聞く。
やっと会えるという気持ちと、とうとう会ってしまうという気持ちで朝から落ち着かない。
この一年、どうしても会う決心がつかなかった。
この国は隣国と違いそこまで警備が厳しいわけじゃない。
忍び込もうと思えば忍び込めたと思う。
父親を始末する事だって出来ただろう。
けれどあと一歩が踏み出せなかった。
この国はどうも裏の顔があるようなのだ。
意図的に隠されている幾つかの事柄は噂とは真逆、弱小国ながら賢王が治める国という姿を浮かび上がらせる。
この国の国民は穏やかで噂話を好まない。
酒場で威勢の良いことを言っているのは大概他国の人間だった。
何か不満はないのか?と尋ねてようやく返ってきた事が、王子六歳の誕生日を祝いに王宮前広場に行ったが建物自体が低いので残念ながら姿を見ることができなかった、だった。
異母弟と言っても良いかはわからないが、王子の誕生日は私達も王宮が見える場所にいた。
父親の隣に立つ王妃に抱き抱えられたちんまりとした少年が国民に向けて元気よく両手をブンブン振っていた。
…………。
私の目がおかしいのだろうか?
目の前の光景が信じられない。
いや、信じたくないと言った方が正しいな。
三度見ても消えないちんまりとした少年に私は腹をくくった。
子分達を待機させ、軍列の前に飛び降りる。
慌てることなく即座に囲んでくる兵の錬度の高さに驚く。
馬も随分と毛並みが良いようだ。
誰何されるが黙秘する。
先程伝令が走ったので間もなく父親が現れるだろう。
父親は一目で私の正体を見抜いたようだ。
母の名を呟いたのが聞こえた。
馬から降りて近づいて来ようとするので荷馬車を指差し異母弟の状態──樽にはまって身動きが取れないようだと伝える。
その瞬間ふんぬっという声が聞こえて異母弟入りの樽が荷馬車から転げ落ちた。
慌てふためく集団をよそに転がる樽を追いかける父親。
子分に合図を送り私も走り出す。
もし捕まえることが出来たら行軍を止めた罰を問われないかもしれないと思ったのだ。
異母弟の楽しそうな声がだんだんと呻き声に変わっていく。
恐らく酔ったんだろう。
子分が仕掛けた罠に上手くかかり樽の速度が大きく落ちる。
気絶したのか異母弟の声が聞こえなくなった。
かなりの距離を走ったはずなのに息を切らすことなく父親が更に足を速めた。
置いていかれるのが悔しくて負けじと私も速度を上げる。
果たして異母弟は無事だった。
しかも私の姿を見て頬を膨らませながらもう少しだったのにと呟いた。
全く懲りていない。
父親が後ろを指差しながらもう少しで崖に衝突して危なかったんだよ?と教えると顔色が悪くなった。
ちんまりとした異母弟はどうしても上目遣いになるので、ふくふくとした姿と相まってこちらの毒気を抜いてくる。
羨ましいなんて気持ちがわくとは思わなかった。
気づけば何か言いたそうな父親に背を向け走り出していた。
胸に浮かぶもやもやとした感情はきっと良くないものだ。
△▲
十四歳。
子分が二十人に増えた。
どこで知ったのか最低限の護衛を連れた父親が会いに来た。
母との馴れ初めから私の存在を知らせずに姿を消すまでの話を聞いた。
一緒に暮らさないか?
そう言った父親の顔を見ることが出来なかった。
親分と慕われ腕っぷしも度胸も付いたはずなのに。
自分そっくりの父親を見ることが出来なかった。
じっくり考えて欲しい。
そう言って父親は帰った。
子分達が不安そうな顔をしていた。
私は親分だ。
子分を置いていくわけにはいかない。
大丈夫、行くわけないだろと笑うと下手くそな笑顔が返ってきた。
そんな折、盗賊業から足を洗ったはずの男達が訪ねてきた。
股間に強打を食らって悶絶していた奴等だ。
新たな事業を起こすらしい。
ここまで来たのだからと一応話を聞くと中身は盗賊業そのもの。
上手い隠れ蓑があるからバレない、あんたも一枚噛まないか?と言って来たが愚かとしか言いようがない。
彼等の濁った目には都合の良いことしか見えないのだろう。
ふと異母弟のきらきらした目を思い出した。
あの目に世界はどう映っているのだろう?
私はどう映ったのだろう?
気が付くと断っていた。
怒りながら出ていく薄汚れた背中の男達。
異母弟に兄と名乗ることはないが、せめて後ろ暗い事だけは止そうと思った。
▲△
十五歳。
親分、最近野菜の質がいいんですと子分が言った。
肉の質も上がってきましたよねと金勘定役の子分も言った。
確かに最近市場が賑やかになっていた。
王宮で確立したという栽培方法が国民に広まったのは去年のこと。
異母弟が体格のせいで全く忍べていないお忍びで各地の土の状態を調べていたのは知っている。
入手した教本には土地によって育てやすい作物と育ちにくい作物があると書いていた。
土に合った作付けをするなら種を無料で配布すると言ったのも大きかったのだろう。
必然的に肉用牛等に食べさせる餌も増え、肉の質も良くなりつつある。
今は繁殖に力を入れていると聞いているので遠からず値段が下がるかもしれない。
しかし何と言っても薬草だ。
野草から薬草まで広く扱う身としては王宮で品種改良したという上薬草や薬草改の流通が嬉しい。
しかも国は薬師を生業とする自国民に栽培方法まで惜しみなく開示した。
正気と思えないが国民性を考えると納得も出来る。
薬草はそのまま磨り潰して湯に溶かすだけでも効力はあるが途轍もなく不味い。
採り立てなら多少はましだが萎びたものは蜂蜜で練った薬丸にするなどしないととてもじゃないが飲めない。
しかし蜂蜜等の甘味は何れも高価で結局は不味いのを我慢して飲むしかなかった。
それがどうだ。
上薬草は言わずもがな、薬草改もえぐみや苦味がほとんどない。
更に薬草改は薬草よりも少量で同等の効果があり、値段もほぼ変わらないとくればそれが主流になるのも無理はなかった。
私は王宮に行くことにした。
離れてたって自分達は親分の子分ですと皆が背中を押してくれたのだ。
この一年で子分全員が新たな職を見つけた。
ギルドの職員になった者もいる。
これは別れではない。
会おうと思えばいつだって会えるのだから。
父親の話を鵜呑みにしたわけではない。
母がこの国を出る事になった原因も、あの村に住まざるを得なかった原因も結局は父親にある。
父親がいれば母は今も生きていた。
そう思ってしまうのだ。
けれど最近考えるようになった。
いつまでも過去に囚われる私を母はどう思うか?と。
母はきっと怒るだろう。
いい加減俯いてないでしゃんとしなさい!と言うはずだ。
だから私は王宮に行く。
それがきっと私の第一歩になるはずだから。
ですが父上、いきなり異母弟の従者というのは如何かと思いますよ?
…………。
異母弟のおねしょがひどい。
もう八歳のはずだよな?
調べてみると寝る前に果実水を飲んでいた。
しかも結構な量だ。
就寝前の果実水は控えるようにという私の言葉にぶーぶー言っていたが言うことは聞いてくれるようだ。
侍従長からお目目うるうる攻撃にはご注意をと言われた理由がわかった。
確かにこれは甘やかしてしまう。
私だけでも厳しくいかなければ。
▲△
十六歳。
異母弟が真剣な顔で男の浮気は責められるのに女の浮気は許さなきゃいけないのはどうして?と尋ねてきた。
お前まだ九歳だよな?
そんなの私にもわからない。
父親に聞けば教えてくれるかもと言ったら馬鹿正直に聞きに行った。
しかも王妃の同席している場所で。
目が笑っていない王妃と無邪気な異母弟。
これはバレている。
冷や汗をかく私と父親。
丸投げは良くないと思い知った一日だった。
△▲
十七歳。
昼からの帝王学の授業のための準備を終えて異母弟を呼びに行くと姿を消していた。
そろそろかと思っていたので焦りはない。
異母弟は分かりやすくて助かる。
いつも城門にいる兵士が困ったように日なたぼっこをしている猫のような異母弟の傍に立っていた。
どうやら途中で力尽きたらしい。
異母弟は決して体力がないわけではない。
ただ最初に飛ばしすぎるのだ。
考えて走れば城門にたどり着くことなど容易い。
大方私や侍従長に見つからないよう急いで自滅したんだろう。
もう歩けない。俺はここで終わるんだと言う異母弟を背負って帝王学を学ぶ部屋に連れていこうとすると、やれお爺さん先生じゃやる気が起きない、美人で胸の大きな女性に手取り足取り教えてもらいたい、ところでやっぱり童貞なの?──私は父親に異母弟が勉強をサボって逃走しようとしたことをチクった。
猫のような異母弟の姿にふと思い付いて部屋に箱を置いてみた。
夕食に呼びに行くとみっちり詰まっている異母弟がいた。
この箱は何だ?小さくて入れないぞ?と不思議そうに言う異母弟がバ──カわいいと思った。
▲△
十八歳。
異母弟がついに城門の外まで走れるようになった。
とは言えそこで力尽きたらしいが。
最近従者の私にも専用馬が与えられたので練習がてら迎えに行く。
異母弟が自分も馬に乗ると言った。
馬で城下町に下りる魂胆だろう。
しかし体格的に厳しい。
子馬で練習をしたが三日でベッドから出てこなくなった。
筋肉の痛みでぷるぷる震える異母弟に痛みが和らぐ果実水を飲ませたらおねしょした。
お前もう十一歳だよな?
流石にそろそろ直さないと不味いのではと思ったので父親に相談。
果実水をあまり飲ませない事になった。
愛馬の尻尾がおかしい。
複雑に編み込まれてリボンまでついている。
気性が穏やかなので暴れはしないが気になるようですぐに外してやろうと思ったが、よく見ると回りの馬全ての尻尾が飾り立てられていた。
この無駄に手の込んだ悪戯は異母弟の仕業だな。
数日後、王妃をはじめとする女性達の髪形があの尻尾の悪戯を更に複雑にしたものになっていた。
簡単だけど涼やかできちんと見えるとのことでどうやら城下にも広まりつつあるらしい。
△▲
十九歳。
最近やけに得意気な異母弟に頭を傾げていたが、ようやく理由がわかった。
国境沿いに建築されていた馬防柵。
父親と異母弟と共に見学に行くとあれが何と強固な城壁のための土台であることが判明したのだ。
子分達の情報で数年前まで隣国の辺境警備の者が時々監視に来ていたと聞いていたが、私のように馬防柵と勘違いしたらしく最近はめっきり姿を見なくなったらしい。
向こうは不作続きと聞くのでこの国を監視するための費用を捻出出来なくなったのかもしれない。
異母弟が胸を反らしながら皆を鼓舞していた。
体が柔らかいから箱に収まれるんだな。
▲△
二十歳。
異母弟が小型の荷馬車─リヤカーというらしい─を開発した。
小回りが利くので便利だが、恐らくこれで城下町に行くつもりだろうと備えていたら案の定馬に繋いで城下町に行った。
異母弟は軍馬と誤解していたがそれはただの馬だ。
最近は食料事情が良くなり、異母弟お手製の野菜のおこぼれももらえてすくすく育ったようだ。
ちんまりとした異母弟が乗ったリヤカーは国民に大好評。
特に養豚場や農家から多くの注文が入った。
まさか自国の王子を出荷される動物と混同したわけじゃないよな?
私はした。
異母弟は気分が乗ったらしく手押し車という更に小型な物も開発。
リヤカーと共に販売した。
この二つは様々な作業効率を上げて結果民の暮らしが良くなった。
まぁ異母弟だしな、が最近私の口癖だ。
△▲
二十一歳。
父親は異母弟の好みを把握していた。
年齢に似つかわしくない胸をもつ侯爵家の令嬢が異母弟の婚約者になった。
侯爵家と言っても主な仕事は酪農だ。
隣国と比べてはいけないと思うがあまり貴族らしくない。
異母弟そっちのけで私を媚びた目付きで見てくる令嬢。
揉み手をする侯爵の目があの情報通の男とどこか似通うものがあり、私は子分に調査を依頼することにした。
▲△
二十二歳。
異母弟が誘拐された。
黒幕は異母弟がメロン令嬢と呼んでいた婚約者の家だった。
予め警戒していたので父親と共に騎士団を率いて即座に制圧。
例の盗賊業に誘ってきた奴等も噛んでいたのでついでに潰すと芋づる式にもう二つ盗賊団を討伐できた。
子分達に股間を蹴られた痛みによる恐怖は未だ消えていなかったらしく聞いてもないのにべらべらとしゃべったのだ。
侯爵家は取り潰しの上揃って処刑。
あのメロン一回くらい揉みたかったとクッションを揉みながら言う異母弟は誘拐されたという実感がないのだろうか?
少しでも遅れれば拷問を受けていたというのに。
まぁ異母弟はこれでいいのかもしれない。
城壁の大半が完成し、今まで脇道を利用して通行税を免れていた者達からも税を取れるようになった。
未完成部分まで大回りして入国するより通行税を支払った方が得だと気づいたらしい。
今やこの国はほとんど他国からの食料輸入に頼らなくて良くなった。
萎びた高いものよりも新鮮で安価な物を購入するのは当然だ。
少しでも売り捌くために門に並ぶ彼等の姿を見て、この大門はそのためだったのかと気づいた。
異母弟は効率を重視する。
門番にあらゆる事態を想定した手引き書を配る姿はどこか頼もしかった。
成長が嬉しい。
だが異母弟よ、リヤカー改を開発したのはいいが何故わざわざ樽に入るんだ?
しかもその樽、中にクッションを敷いているだろう?
ますます家畜──いや、異母弟だからしょうがないか。
△▲
二十三歳。
父親が神妙な顔で私の出自を王妃に語った。
王妃の唸る右手に父親の意識が一瞬刈り取られたが、知っていました、いつ話してくださるのかずっと待ってましたのよ?と涼やかな顔で話す彼女に怒らせたら怖い人だと認識を改めた。
そのまま異母弟は王太子に、私は王位継承権第二位という身分になった。
後日正式に御披露目パーティーが開かれ子分全員がお祝いに駆け付けてくれた。
親分どう見ても陛下そっくりですもんねと笑う子分は皆いい顔をしていた。
あの時暗殺を決行しなくて良かったと心から思った。
異母弟の従者から外れることになったので今まで異母兄だと隠していてすまないと謝ると可愛い女の子紹介してくれたら許すと言われた。
もしかして気づいていないのか?
自分が顔の整った異性を前にすると置物のように大人しくなってしまうことを。
ハーレムだと息巻いているが性格的に恐らく無理だと思うぞ?
▲△
二十四歳。
隣国に留学する異母弟のお目付け役兼外交の勉強に私も同行することになった。
向こうの軽薄そうな王子との顔合わせの際、場に似つかわしくない女が何故か大量の萎びた薬草を渡してきた。
嫌がらせだろうか?
同級生となる異母弟を無視して私にばかり話しかけてくる。
その姿に引いている異母弟。
ああ、また異母弟の異性に対する苦手意識が増すじゃないか。
そろそろ新しい婚約者をと父親と話したばかりなのに。
物理的にも精神的にも鼻につく女を軽くいなし留学の話を進めようとするが明からさまにこちらを見下してくる態度に異母弟がキレた。
隣国が不作続きで困っているから農業の指導も兼ねて来たのにそんな態度を取るのなら帰ると宣言。
私も同意見だったので一日も滞在することなく隣国を後にした。
王子と違ってこの留学の重要性を知る者達が慌てて引き留めようとしたが知ったことじゃない。
こちらの好意を無にした事を精々悔やむがいい。
△▲
二十五歳。
宣戦布告なしに隣国が攻めてきた。
その情報は前もって伝えられていたので万全の状態で迎え撃つ。
完成した強固な城壁を目にし慌てる隣国の兵士の中に王子やあの薬草女の姿も見える。
異母弟が来る前に拾っていた石を城壁の合間からわざわざ背伸びして投げていた。
それが呼水になったのか相手が攻撃を仕掛けてくる。
全く届かない矢を見て高らかに笑う異母弟。
布で隠されていた兵器が登場したのを見て父親と目配せし合う。
あれは恐らく異母弟が開発したカタパルトと同じものだ。
こちらの物より稚拙な作りに見えるが当たれば大怪我は必須。
異母弟に下がるよう伝えるが興奮して聞こえていない。
慌てて後ろから引っ張ると父親も同様の事をしたため異母弟は面白いように転がって行った。
それを見た我が国の騎士達の士気が上がる。
カタパルトともう一つの兵器バリスタが隣国の兵を追いたてると程無く撤退して行った。
隣国の王子の初陣と聞いていたのでもう少し粘ると思ったが肩透かしだ。
異母弟も初陣だったが、こちらは先陣をきる立派な石投げだったとちやほやされていた。
まあ確かに先陣はきっていたな。
▲△
二十六歳。
隣国に不穏な動きありとのことでこちらから攻め込ませてもらった。
ろくな兵糧もない隣国はあっさり降伏。
しかし停戦協定を協議中にあの薬草女が王子達を率いて我が軍に特攻。
幸い被害は最小限に抑えられた。
あの馬鹿どものおかげで協定も我が国に有利なものを結べたしとりあえずの不安は去ったと見ていいだろう。
後は異母弟の婚約者だ。
私?
私は独り身でいい。
父親と王妃様に目をかけてもらえるし
「兄上!この箱やっぱり小さいぞ!?」
バカわいい異母弟の面倒を見るだけで精一杯だからな。
異母弟
王太子で転生者。
身長はいつ伸びるのか?
父親
二人の息子に分け隔てなく接する。
異母兄にも結婚して欲しいと思っているが毎回すげなく断られる。
ゲームでは異母兄に暗殺されるキャラだった。
王妃
隣国の大国に遠慮する形で婚期が遅れていた国王に一目惚れして嫁いできた。
当初ちんまりしていたが水があったのか野菜を食べたからか、今やすらりとした背の美女に。
いざという時共に戦えるよう鍛えていたため結構強い。
情報通の男
異母兄をずっと恨んでいた。
ゲームでは盗賊上がりの男達を唆し異母兄を隣国に連れてこさせたところで殺そうとするが返り討ちに遭い死亡。
男の率いていた盗賊団がそのまま異母兄のものになるという裏話があった。
ちなみに停戦協定後に異母弟誘拐事件に関与していた罪でサクッと処刑された。
子分達
親分命。
最近愛国心も芽生えてきた。