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五芒星の血印  作者: 亮
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市の少女

 数日後、高明と日月の姿は屋敷から離れた定期市にあった。

 月に幾度か日を決めて開かれる市は、大層な賑わいを見せている。

 にぎやかな雰囲気とは裏腹に高明の気は晴れない。その原因はその背中に張り付く、大量の荷物を積載した背負子だろう。

「……で、これ、ただの荷物持ちだよな」

「いいじゃないですか。どうせ暇でしょ。居候なんですからたまには使用人の仕事を手伝ってくれてもいいじゃないですか」

 都には大きく分けて二つの市場がある。すなわち西市と東市である。国の中心である都には全国から多くの物資や商品が集まる。それを効率よく動かすために、中央機関が定めた場所で、中央機関の保護を受けて開かれているのが都の西と東に設置されている二つの市である。

 定期的に開かれるこの市は庶民をはじめ、貴族やその用心棒も集まるにぎやかな場所となる。賀茂家の使用人である日月もここを訪れて買い物をしている。

 が、今日は普段よりも多めの銭を袋に入れ、高明を引き連れて市へとやってきていた。

「料理担当の使用人は女性が多いので、一度に買い物をしようと思うと誰かに頼まなければならないんです。ことに男の人は貴重な戦力です」

「今、戦力って言ったよな。荷物持ちやらす気満々だろ。……というか日月、いつもその格好で出歩いてるんだな……」

 高明が屋敷の中の狩衣とは全く違う庶民服に着替えているのに対して、日月は屋敷の中と変わらない、極端に裾を切った小袖に短い髪、さらには腰に大層な刀をはくのではなく指しているという、ならず者も驚きの出で立ちである。現に大通りにあって好奇と警戒の目を大いに集めている。

「ええ。まあ護身用です。都はいろいろと物騒ですから。あ、そっちの塩ください」

「あいよ」

 店舗の主人は顔見知りのようで、日月の出で立ちに驚くこともなく塩を升に測り始めた。器用に刀を抑えながら代金と塩を交換する。つまりは常に刀に手をやっているということで。高明はその後姿を見ながらつぶやく。

「僕にはお前が一番物騒に見えるんだがな……」

 やがて、無事に塩を袋にいれて日月が戻ってくる。そして当たり前のように高明の背中にある背負子に結び付けた。そこにはすでに野菜や米を始めとする食料品から、陰陽術に使用する紙や墨まで乗っている。

「そろそろ重いんだけど……」

「大丈夫です、そろそろおしまいですから。あと二、三軒行ってきますから、ここで待っていてください」

 おしまいってこの後の帰り道はどうなるんだよ、と高明は自分の後ろを振り返る。街道の両脇にずらりと並んだ市。その中を買い物をしながら歩いてきたわけだが、振り返ってみれば相当な距離を歩いている。人通りも多く、かさばる背負子をしょって歩くには苦労しそうだ。

 やっぱり都合よく使われただけな気がする。日月のほうは一切の荷物を持たずに、小柄な体ですいすいと人ごみの中を駆け抜けて買い物を片付けていく。人ごみなど一切の障害にならないようだ。

 よく考えれば、ここにいるのだって日月に半ば冤罪のようなでっち上げをかぶせられ、その謝罪という名目で強引に駆り出されているのだ。高明は不意にむなしいような気持ちにかられた。

 そんな高明の耳に、突然怒号が聞こえてきた。男の野太い声。一瞬、喧嘩かと思った。人通りの多いこの辺りでは血気盛んな若者や、酔っ払い同士による喧嘩はよくある話だ。しかし、しばらく聞いていると、男の怒号の間に女の、しかもそれほど年がいっていない少女の声が挟まっていることに気が付いた。真っ先に思いつきたのは、この往来を刀を差して歩き回っている、使用人の少女だ。しかし慌てて耳を澄ませた高明は、まずその声が日月のものでないことを確認して、一息ついた。

 しかし、日月でないとすれば普通の少女と大の大人が言い争っているということになる。あまり褒められたことではない。

「やれやれ……」

 高明は人ごみをかき分けて声のするほうへと向かった。

 果たして、人垣に囲まれて言い争いを繰り広げているのは、いかにも喧嘩に強そうな大男と、その男を前にしても一切怖気づかない様子で男の顔を見上げる少女だった。

「あの、これなにがあったんですか」

 高明は人垣を先頭までかき分けると、そこにいた野次馬の男に状況を尋ねた。

「それがもうねえ。ほら、あの男と女の子がぶつかったんだけどね、それで男のほうが言い掛かりつけるもんだから女の子もむきになっちゃってさあ」

 なるほど、よくある諍いだろう。通常ならば、一方が、もしくは両方が謝って何事もなくすむ話だろう。しかし、たまに自分の非を認めず喧嘩ごしに突っかかってくる輩もいるという。そういう相手には下手に出て素早くそこから離れるのが得策と言えるだろう。少なくとも突っかかってきた相手をそのまま受け止めることはない。

 高明は少女と言い合う男に目を向ける。群衆から頭一つ抜ける長身に鍛えられた体、そこに走る無数の傷。典型的な『そういう』輩の風貌だ。

「……あの男、もしかして荒くれ物で有名だったりしますか?」

「それはもう。あやつにああやって反抗するやつは見たことがない」

 はあ、と高明はため息をついた。そんな男にああやって啖呵をきるなど、度胸を超えて無謀が過ぎるというものだ。別に助ける義理などない訳なのだが。

 何かが引っ掛かる、と高明は違和感を感じた。言い争う少女の声に何か聞き覚えのようなものを感じた。もしかすると、四年前になくしている記憶の中にあるものなのかもしれない。

 勘違いかもしれないが、一度話して確かめる価値はある。そのたまにはまず

「……助けたほうがいいのかな」

「え、ちょっと兄さん、やめといたほうが」

 忠告を無視して、高明は人垣のさらに前へと歩を進めた。言い争う二人の声は、ますます激しくなる。

「だから何度も言っているじゃないですか。先ほどの状況からみても私に一切の非はありません。謝罪を求めるのは間違っています」

「一言謝れば、許すっつってんだろうが」

 男の怒りはもはや爆発寸前のようで、この場にこもる怒気がだんだんと濃くなる。女の子のほうもよほどの世間知らずと見えて、これだけの殺気を受けながらも一切引く気配がない。このままでは男が暴力に訴えるのも時間の問題だろう。

「お二方、少しよろしいか」

 高明は飄々とした態度を装って、二人に声をかけた。

「ああ?」

「なによ」

 高明は内心ため息をついた。男のほうはともかく、女の子のほうは今から助けてやろうというのにこの態度だ。かわいさも何もあったものじゃない。

 まあいいか、かわいげのない女には慣れている。当の本人が聞いたら、間違いなく地面に付すこととなる心の声を抑え込む。二人の間に割って入る寸前、高明は二歩分の距離を一気に詰めた。

 そして無言のままに、今までだらんと下げていた両腕を男の目の前に伸ばした。

 と、同時にぱしっ、という乾いた音と共に掌が打ち合わされた。俗にいう猫だまし。しかもただの猫だましではない。高明が歩いてきた空間に存在したわずかな火行が、打ち合わされた手の先で爆発して小さな火花を作り出す。

 猫だましだけならともかく、眼前で炎が上がったとなれば大の大人であろうともただでは済まない。男は突然のことに、足をもつれさせ、そのまま立て直すこともできずに倒れ伏した。

「逃げるぞ。稼げる時間は一瞬だ」

 少女にだけ聞こえるようにそう呟くと、高明は唐突に少女の手首をつかんで駆けだした。

「ちょ……何のつもりよ」

 少女は面を食らいながらも手を振り払うことはせず、高明に引かれた手に従って体を反転させた。が、駆けだそうとした途端、彼女の体が前につんのめった。

「!……しぶといな」

 男が倒れながらも少女の足首をつかんでいる。

 仕方ない、と高明は懐から土行符を取り出して少女の足元に狙いを定める。少し痛い目にあってもらう。

「五行解ほ……」

「高明殿、何をやってるんですか。こういう輩は多少手荒に扱ってもいいんです」

 途端、高明が狙いを定めた男の太い腕の上に勢いよくわらじをはいた足がたたきつけられた。本当に容赦なかったようで、男の腕は半ば歪みながら少女の足から離れた。

「がっ……貴様……」

 男の目が、高明からその足の主に移るのがはっきりと感じられた。それを感じ取った高明は少女の手首を握りなおし、一気に距離をとる。少女を背後に回すと、男のほうを振り返ったがもはや男の意識はこちらにはない。

 これはこれでまずい気がする。振り返って確認した状況に高明は直感でそう思った。声をかけられた時点でわかってはいたが、男の手を踏んでいるのは正真正銘の刀を腰に差した、なじみの少女である。騒ぎが大きくなるのは目に見えているが、しかし、今自分の後ろにいるのはごく普通の娘だ。

 そんな高明の心配をよそに、男が自分の手を踏んでいる足を払いのけて立ち上がる。日月は足を払われたにもかかわらず何事もなかったかのように腰をおとして身構える。

「……やばいな」

 ここにいると喧嘩に巻き込まれて関係者だと思われかねない。男の関係者ならまだしも、今の状況で日月の関係者だと思われては少女に話を聞くどころではなくなる。そうなってはたまったものではない。

「失礼。逃げるよ」

 高明は踵を返すと、背中の背負子の重さも忘れて後ろにかばっていた少女の手を握りなおすと、人ごみの中に分け入った。


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