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五芒星の血印  作者: 亮
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賀茂家の姫

「英姫様がって、高明殿って貴族のお姫様とお話ができるほど高い身分でしたっけ」

「いや、これまでにも何度もお会いしてるよ?」

 御簾越しだけど、と高明は心の中で付け足した。

「……と言うか、日月は呼ばれてないんだし来なくてもいいんだぞ」

 英姫の傍付きの女性を通じて、英姫に呼び出された高明は断る理由もなく、彼女の部屋へと向かった。のだが、それを目ざとく見つけたのが日月だった。

 心なしかはずんで見える高明の足取りを咎めるように、いつにない速さで間合いを詰めると、高明の行き先を聞き出し、同行を申し出たのだ。

「私だって、姫様の事が心配ですから。それとも、私がいると何か不都合ですか?」

「いや、そういうわけではないけどな」

 高明はついっと隣の日月から目をそらす。どうも調子が狂う。英姫の前に出ればいつも通りに戻るのだが、英姫に会う前の日月はいつもこんな感じだ。

「別に仲が悪いわけではないと思うんだがなあ」

 高明は目をそらしたまま、ひそかにため息をこぼした。

「そういえば、英姫様ってほとんど屋敷の奥から出てきませんよね」

「ああ。あの方は体質がな」

 高明の言葉に、日月は首を傾げた。

「体質というと、例の『聖女』というやつですか?名前からして悪いものではないようですが」

「なんだ。知らないのか」

 高明は少し誇らしげに日月を振り返った。

「その顔は腹が立ちますが……私もこの家の使用人ですし、差支えがなければ教えていただけますか」

 ふふん、と高明は得意げに懐から何やら紙を取り出す。

 横に並んできた日月にも見えるように広げた紙には、一筆書きにされた星とその周囲に触れるように描かれた円が見えた。星と円の交わる部分にはそれぞれ木、火、土、金、水の文字がある。

「これは何か知ってるな?」

 高明は足を止めずに日月に尋ねる。

「馬鹿にしないでください。陰陽道の基本である『五行』の相性、つまり相克関係を表したものですよね。安倍家の紋章としても使われてますし」

「その通り。この世の中には、木火土金水の五つの力が混ざり合って漂っている。そしてその力は時々、見える形で発現する」

「それが高明殿がやっているような」

「木行を使って木を成長させたり、火行を使って炎を生み出したり、水行を使って池の水を操ったり。もっとも、自然に漂っている力だけでは、相当な霊力がないと五行を集められないから、大概の陰陽術師はあらかじめ札に封じておいた五行を解放して使うけどね」

 なるほどなるほど、というように日月はうなずく。わざとらしくも見えるが、聞いているという意思を主張したいようにも見える。高明はそれを見て、さらに得意げになった。

「で、肝心の『聖女』だけど、これは主に女性に現れる体質で、体内に一般人よりも多くの五行をため込んでしまう体質なんだ。普通、人間は体内に五行の力をある程度ためていて、それを使って成長したり、怪我を治癒させたりする。五行の力というのは生きる物にはなくてはならない力だ」

「五行は命の源というわけですね。でもそれなら、大量にため込めるのはいいことじゃないんですか?」

 高明は、日月の問いに顔をわずかに曇らせた。

「……確かに、五行をたくさんため込むというのは、生命力が強くなることに直結する。だけど、日月。物事には必ず、裏と表、すなわち陰と陽が存在するんだ」

 陰陽道というのがそもそもそこに端を発する学問である。高明はそこで言葉を切ると、袖をまくって腕を日月の前に差し出した。

「たとえば僕の腕は、五行によって形づくられている。これはこの世の生命、そしてこの世の裏であるあの世の生命も同じなんだ」

「裏側の、あの世……」

「そう。陰陽道では『陰』と表わされるんだけど、僕たちの見る『陽』の世界とは理の違う世界。陰の五行で形作られる生物は、『妖怪』や『怨霊』と呼ばれるもので、普段は陽と陰が関わりあうことはない。ところが彼らはよく陽の世界にも姿を現す」

「それが『妖怪』として人々に恐れられているんですね」

「彼らは五行を求めて『陽』の世界に現れる。こちらのほうが多くの生き物がいるからね。そういった奴らは五行を得るために人を襲うこともある」

「なるほど、五行を求めて人を襲うということは」

 日月ははたと気づいたように目線を足元から元の高さに戻す。五行をため込むという特異体質の危険性に気付いたようである。

「彼女にとって幸運だったといえるのは、自身の親が陰陽師の家系だったということだ。そのおかげで、彼女は今でも生きていることができる」

「姫様、高明様が参られました」

 忠成の部屋よりも二回りほど小さい板張りの間の奥に、御簾に囲まれた二畳ほどの空間がある。付き人の声に応じて、その奥から本を閉じる音が生じる。

「お通しして」

 相変わらずきれいな声だ、と部屋の外で待つ高明は思う。物静かな、しかし弱弱しい感じは全くしない。部屋には入ると御簾越しに背中側に垂れる長い髪と、鮮やかな単衣装束が見えた。

日月も決して醜いというわけではないが、英姫は別格だ。そんなことを思いながら高明はちらりと左に並ぶ日月に目をやる。しかし、顔を盗み見たつもりが、どういうわけかしっかりと目が合ってしまった。

「高明殿、どういうつもりで私を見たのですか」

 日月の目が細くなる。無言のままに目をそらした。しかし、目をそらすことに精神力を使ったためか、口からはその睨んだ顔に対する本音がこぼれる。

「気品の差か……」

 瞬間、日月の右手が閃いた。高明の脇腹に強烈な一撃を見舞って、目にも止まらぬ速さで、元の直立不動に戻った。

「……!」

 腕だけで打ったとは思えない威力に声も出ず、倒れかけながらも、姫の前であることを思い出した高明は、必死の思いで踏ん張る。

 が、日月は容赦しない。今度は踏ん張った足に、先ほど同様、電光石火の足払いをかけた。踏ん張っていた支えを失った高明の体は、今度こそ、盛大に床に転がった。

 そんな高明を尻目に、日月は御簾に向きなおると白々しく言い放つ。

「姫様、よからぬことを考えておりました不埒ものは成敗いたしました。ご用件のほどを何なりと」

「よからぬことって……」

 脇腹を抑えながら、必死で反論しようとする高明に、日月は高明にだけ聞こえるように口を動かした。が、日月はそれをさえぎる。

「鼻の下が伸びておりましたよ、高明殿」

 反論を続ける高明が言葉に詰まる。どうやら、高明の本心はしっかりと顔に出ていたようだ。

 ふふっ、と御簾の中から忍び笑いが起こる。御簾に映る影から、口元を隠すような動作が見て取れた。

「お二人とも、仲がよろしいのですね。うらやましいです」

 姫の前であるにもかかわらず、無言でにらみ合っていた二人が我に返る。一旦視線をそらして、もう一度ばつが悪そうに顔を見合わせる。図らずも同調するその動きは、傍目に見れば微笑ましい仲良しの二人だ。最も、本人らは、指摘されても認めることはないだろうが。

「姫様、失礼いたしました。して、私を呼んだ要件とは」

「高明殿、焦らなくてもよいではないですか。こう見えても私は退屈していますのよ?少しぐらい会話に付き合ってくださいな」

 貴族の娘は人前に出ることはない。この都では当然のことだが、英姫に関しては御簾に囲まれた牛車での外出すら、まったくと言っていいほど許されない。この部屋に限って強力な結界が彼女を守っているが、外出するとなるとそうもいかないのだ。

「会話と言われましても……」

「では、姫様のお相手は私がいたします。高明殿は先に確認のほうを」

 言葉に詰まる高明に代わって日月が高明の斜め後ろから、ずいっと前に出た。英姫との間に割り込むような形だ。言葉は丁寧だが、その行動と雰囲気には有無を言わせぬ強さがあった。ため息一つ、高明は立ち上がった。

「わかった。姫様、私はいつも通り部屋の結界を確認しておきます。日月、粗相がないように」

「わかってますよ」

 御簾の四隅の柱には幾枚もの札が張ってある。古来より、四つの柱に囲まれた空間というのは陰陽道に限らず、神道や仏教でも神聖とされてきた。理由はいくつかあるが、その一つが、邪気、すなわち陰陽道で言うところの陰気を防ぐ結界は四か所を起点にしてその内を守るのが基本だとされているからである。

 高明は御簾の柱に張られた札を一枚一枚調べる。家主である陰陽師賀茂忠成が施した結界は半人前の高明から見ても相当に手の込んだ代物で、よほどの霊力をぶつけない限り姫はおろか御簾に傷を入れることすらできないだろう。現に御簾に近づけた高明の手は、不可視の壁によってそれ以上先へ進むことを許されなかった。英姫の体質の危険さを物語っている。

 しかし、本来は遠目に見ることすら許されない身分にある英姫とこうして話ができるのは、忙しい忠成に代わって高明が定期的に結界の確認を行うためにこの部屋を訪れているからである。

 それでも素顔を見ることは許されなかったが、家族でもない男がこれほど貴族の女性に近づくことなど本来は許されないことだ。

「人生塞翁が馬というがなあ」

 記憶喪失になってこの邸宅に来なければ、日月とも、英姫とも会うことはなかっただろう。陰陽師の名家である安倍家の子息としての生活と引き換えに手に入れた出会いかも知れないが決して損ばかりではなかった、と高明は思っている。

「高明殿、終わりましたらこちらへどうぞ。殿方だからと言って遠慮することはありませんよ」

「ですってよ、高明殿」

「はいはい、ただいま」

「結局のところ、今回の騒ぎについて聞きたかっただけのようですね。そのために一刻程おしゃべりの相手をさせられましたが」

「姫もあそこから出られないとなるとやっぱり寂しいのだろうな。おしとやかで可憐な貴族の令嬢を演じてるけど、今回みたいに僕にいろいろと語らせることもあるくらいの好奇心旺盛な人だからね」

 実は高明はこれまでにも何度も姫直々の呼び出しをくらっていた。むろん高明としては姫に会える数少ない機会なのだからと断る理由もなくそのたびに姫の部屋を訪れている。ただ要件については今回のように部屋の外での騒ぎなどの話を聞きたかっただけだったり、それこそただの暇つぶしのために呼ばれたこともある。

「好奇心のために、居候とはいえ、使用人以外の人間を呼びつけるとは……それともあれですか、お年頃の高明殿は女性と話せるのがうれしくて断ることもせずに通い詰めているのですか」

 うっ、と、心を見透かしたかのような日月の言葉に高明は思わず喉を鳴らした。耳ざとくそれを聞きつけた日月の目がすっ、と細くなる。

「いや、その、貴族でもない僕があんな高貴な人と話せる機会なんてそうそうない訳で、いや、日月が下賤というわけでは決してなくて……」

 しゃべれば喋るほどに墓穴を掘っていく高明に、日月はため息をこぼした。

「確かに使用人の私と貴族の娘である英姫様では格が違いますからね」

「わるい、日月……」

 混乱のあまり、冷静さを失っていた高明は己の発言を顧みて、日月に頭を下げた。そんな高明の殊勝な態度に、日月も矛を収めることにした。

「大丈夫です。気にしてませんから。あと、埋め合わせがしたいというのでしたら」

 日月は少し中空に視線を漂わせる。そしてためらうようなそぶりを見せながらも、先ほどまでの攻撃的な表情を一変させて笑顔で高明の顔を覗き込んだ。

「ちょおっと付き合ってもらえませんか」


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