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五芒星の血印  作者: 亮
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陰陽師・加茂忠成

前回の回想回との同時投稿です

「……んっ」

「あ、お目覚めですか」

見えたのは木張りの天井と、自分を覗き込む見知った少女の顔だった。

「日月……」

 彼女の顔を見ながら、高明の意識は鮮明に現実へと引き戻されていく。どうやらここは自分が寝泊まりしている部屋らしい、と思うと同時に高明はがばっと上半身を起こした。額にのっていた冷えた手拭いが飛ぶ。

高明の脳裏には倒れる直前まで戦っていた術師の姿が鮮明に映っていたのだ。

「奴はどうなった。姫は……」

 高明は素早く体を起こして高明との衝突を避けた日月に必死の形相で迫った。

「高明殿が倒れられるのと同時に私と忠成殿が駆けつけましたから。相手も分が悪いとみて逃げました。ですから姫様も無事です」

「そうか……」

 高明はひとまず胸をなでおろした。

 体に違和感はない。倒れた後にもかかわらず、ただ寝て起きただけのような感覚だった。

 枕元に正座していた日月があきれたようなしぐさをしながら立ち上がった。

「それだけ元気ならば体のほうは問題ないようですね。目が覚めたなら問題はないでしょう。私は忠成殿のところへ行ってきます。忠成殿の話ではもうじき陰陽庁のほうから人員が派遣されてくるそうです。おそらく高明殿の話も聞きたいというでしょうから身なりを整え次第出てきて下さい」

 そういって日月は水の入った桶に、先刻高明の額から飛んだ手拭いを放りこむとそれを小脇に抱えて出て行った。

 日月のいつになく冷めた態度に高明は疑問を感じながらも、布団から這い出す。

 普段から優しいというわけではないが、常に彼女は高明のそばをふらふらしている気がする。平時ならともかく、以前火行符で火傷を負ったときに必死に手当てをしてくれた彼女にしては今日の態度は少しおかしい、と高明は思う。

 しかし、今はそれどころではない。高明は切り替えると、日月の件を頭から追い出す。寝具を片付けて服装を整えると、部屋を出て日月の後を追う。



「なるほど。正体不明の陰陽術師ですか。それはまた物騒な事件でございましたな」

「おう。目的は我が娘の英であると思われるが、偵察ならともかく我が屋敷の見習い術師に喧嘩を吹っ掛けた上に庭の一角と池がこの有様だからな」

 屋敷の主人であり、当代でも十の指に入るとうたわれる陰陽師、賀茂忠行。陰陽の名門賀茂家の血筋であり、修業時代の兄弟子には当代きっての陰陽師安倍清明がいるという英才教育のもとで育ち、今は陰陽庁の戦闘班にいる。その実力は折り紙付きで、朝廷の官位を持ちながら有事のとき以外は出勤が免除されているほどである。

「忠成様は実際にその術師と対峙されたのですか?」

「ああ。最も向こうも見習に喧嘩吹っ掛けるのはともかく、私では分が悪いと思ったのだろう。すぐに結界に隠れて退散していったようだがな」

 つまり術は交えていない。これでは犯人の特定どころか、人かどうかすら判断に迷う。

「姿かたちは簡単にごまかせるので参考にはならないかもしれませんが、一応外見とか教えてもらえますか」

「白い狩衣に指貫。烏帽子はなかったがごく一般的な陰陽師の中流といったところだ」

 一般的過ぎてなんの役にも立たない。

「式神は使っていましたか?あれは陰陽庁の陰陽師にしか許されないものですし、もし陰陽師であればその式神は陰陽庁のほうに記録されています」

「それは私も知っているさ。私も陰陽師なのだし」

 それはそうだ。出勤しないうえにたまに顔を合わせる部下に対してもこの調子なのでつい忘れてしまう。

「流派は」

「術を見ていないから何とも。ただ感覚として安倍や加茂ではないと思うな」

 やはり、一瞬しか対峙していないこの男ではらちが明かない。やはり直接術を交わしたという見習い陰陽術師の少年の話を聞きたい。

「詳しい状況を聞きたいので、その見習いとやらにも話を聞きたいのですが」

「それがな、我々が駆けつける直前に意識を失ってな。起きたらまた話させる」

 そうですか、と忠成から事件の概要を聞きに来ていた陰陽庁の捜査官が腰を上げようとしたとき、まるで狙っていたかのように入口の襖が、捜査官の背後で開いた。

「忠成殿、高明殿が目覚めました」

 少女の声に捜査官は振り返る。珍妙な格好をした年端もいかぬ少女の姿に一瞬声を上げそうになるが、そこは歴戦の陰陽師である。驚きを呑み込んで平静を装う。

「おう、日月か。ありがとう。できるだけ早く高明を通してくれ」

「かしこまりました」

 そういってまた襖が閉まる。捜査官は思い出したように、上げかけた腰をもう一度床に落ちつけた。

「忠成様、今のは」

「ん、ああ、小間使いで雇っておる子だ。気にするな」

「しかし、あれは……」

彼女はただ者ではない。珍妙な格好だからではない。根本的な何かが違う。そう直感した捜査官は忠成を追求しようとする。

しかし、その直後。正体不明の力が捜査官の口を封じた。

口が動かせないわけではない。しかし声を出す気が起きない。出そうとすれば目の前の忠成に殺されるのではないか、という恐怖にかられる。

「ここは陰陽師の高家である賀茂家の屋敷。外に漏らせぬ秘密の一つや二つあって当然ではないか」

 決して威圧するような声色ではない。しかし言い知れぬ何かがこもっていた。

「……つまらぬことをお聞きしました。今のは見なかったことにいたします」

「そうしてくれるとありがたい」

 忠成は満足げにうなずいた。

「して、高明に話を聞いて、下手人は特定できそうなのか」

「いえ、なんとも。まだ捜査は初期段階ですから。ここのところは陰陽庁のほうで危険視しているような人物も特にいませんし」

 忠成は、少し考え込むようなそぶりを見せる。戦闘班で彼ほどの高官ともなれば、ある程度の独断専行も黙認される。もちろん、あまり褒められた行為ではない。庁の下部組織として活動する捜査班などにとっては大概の場合いい迷惑にしかならない。もっとも出勤しないのだから独断専行を取り締まるというのも無理な話ではあるが。

「……わかった。私はこれから行くところができた」

 唐突である。捜査官もこの上司がどのような人物かはよく知っている。

「どちらへ行かれるんですか。また私たちの邪魔をしようって言うんですか。いくら独断の活動が認められているとはいえ、忠成殿のは度を越しています」

 しかし、部下のそんな言葉は自由奔放な上司の耳には届かない。案の定、彼は部下の言葉を完全に無視する。

「そろそろ高明も来るだろう。あとは二人でやってくれ。まあ私も捜査には全面協力するよう指令が出るだろうからまた来るといい」

 そういうと忠成は我に返ってあたふたする捜査官を尻目にさっさと退室していった。

「ちょ、待ってくださいよ。忠成様が陰陽庁に秘密でいろいろやってるのについてはもはや庁内でも噂なんですよ」

 襖がぴしゃっ、と閉じられる。

 残された捜査官は高明が来るまでのわずかな時間、理不尽な上司への不満を反芻するのだった。



「失礼します」

「ああ、どうぞ。待っていましたよ、高明君」

 部屋に座っていたのは若い狩衣の男だけだった。板張りの部屋の奥に置かれた畳はもぬけの殻でそこに座るべき屋敷の主人はどういうわけか不在だった。

「あの」

「ああ、忠成様なら先ほど出ていかれましたよ。自分は独自捜査をやるそうです」

 高明の言葉をさえぎってでも言いたかったのはどうやら後半部分のようだ。やけに熱がこもっていた。

 しかし、捜査官も上司の愚痴を同居人とはいえ見習いの子供に垂れ流すのはさすがに大人げないと思ったようで、姿勢を正すと懐から紙と筆、壺に入った墨汁を取り出した。どうやら高明の言を書留めておくようだ。

「ええと、僕が見た人についていえばいいんですよね」

「はい。ありのままに。陰陽師相手の場合、何が手掛かりになるかわかりませんから」

 外見は、と高明は語り始める。とはいえ、まったくもって人物を特定するような情報は持っていない。相手が使っていた術も高明が使うものと大差なく、これといった特徴はなかった。

「うむ……やはり手掛かりを残すような術は使ってないですか。強いて言うならば気配を絶って高明君に接近した結界術だが」

 一通り聴取を終えた捜査官は、目の前の墨だらけになった紙を睨みつける。

「あの、目星もつかないのですか?京広しと言えどもあれだけの霊力の持ち主も珍しいと思いますが」

 高明の問いに、捜査官は不愉快そうに首を横に振る。

「霊力が強い人間であっても、陰陽庁に入るのは陰陽師の家系であることが前提となることが多い。我々も陰陽庁内部の人間ならいざ知らず外部とまでになると、式神を使うようなやつでないと把握しきれていないと思います」

「式神、ですか」

 陰陽術の中ではときたま出てくるが、見習い以下である高明にはなじみのない単語。

「でも、式神は確か……」

「陰陽庁勤務の、いわゆる『陰陽師』でなければ使用は許可されない。いくら霊力が強くても危険が伴う部分が多いからです。陰陽庁でも私のような実働部隊の人々か、宮仕えでも高位の人しか持てない」

 だからこそ、誰かを特定するときにはほぼ絶対的な決定打になるといえるんだけどね、といいながら、捜査官は懐からいくらかの符を取り出した。高明や、例の陰陽術師がつかっているような、ありったけに五行を詰めたものではない。

「ちょうど必要だから使って見せます。飯綱、我が命に応じよ、急急如律令」

 ふわり、と札から複雑な五行があふれ出す。そして一瞬渦巻いたかとおもうと人型に形をとった。

現れたのは男とも女ともとれるような童だった。年は五、六歳に見える。

「これは」

「私が使っている式神、飯綱です。捜査官は必然的に事件の前線に立つことが多いですから、結構な割合の人が持っていると思います」

 式神、と言われて高明はまじまじとその童を見る。

 一見変哲もない、どこにでもいそうな子だ。服装もいたって普通で、これならば日月のほうがよほど怪しい存在に思える。

「……どうしました?まじまじと」

「いえ。普通の童と大差ないなと思って」

「それはそうじゃ。五行の組成まで含めて、人間の童とたいした差はないのじゃからな。……どうした、わしがしゃべるのがそんなに珍しいか」

 答えたのは主である捜査官ではない。脇に座っている当の式神だった。

 いえ、口調が体躯と合っていなので珍妙だなと思いまして、という本音をすんでのところでこらえる。その態度に何を感じたのか、童、もとい式神飯綱はふいっと高明から目をそらすと捜査官に不服そうな目を向ける。

「主殿、よもやこの者に見せびらかすために実体化させたのではないな」

「見せびらかすって……彼だって陰陽師の卵かもしれないんだし、見せてあげてもいいだろう。それに、ちゃんと仕事もあるんだから」

 陰陽師の卵、という言葉が高明の胸にぐさりと刺さった。

 あいかわらず見た目相応にもない口調で式神に迫られながらも、捜査官は先ほどまで聴取を書き込んでいた紙を丸めると、飯綱に渡した。

「陰陽庁の本部へ頼む。今回の件についての調書だ」

「承った……おぬし、いつまで見て居おるのじゃ」

「え、あ、いやその……ごめんなさい」

 突然、不機嫌のとばっちりが飛んできた高明は慌てて目線をそらすと捜査官のほうに向きなおった。こちらは不機嫌な式神にひやひや、というような表情を浮かべながらも、高明には愛想笑いによる無言の謝罪を返してきた。

 立ち上がった式神は、ふん、と鼻息荒く、外へと歩を向けた。と思うと、出現したときと同じようにふいっと掻き消えた。

「あれは飯綱、つまり鎌鼬の式神です。ゆえに普段は風に紛れて実体を消しておるのですが、専用の五行を与えてやると、その五行で実体を現すのです。ただ、本能的に他人に見られるのを嫌っているので」

「いえ、僕のためにわざわざありがとうございました。おかげで貴重な体験ができました」

「そういってもらえると嬉しいですよ。私のほうはもう少し現場を調査しますが、高明君はもう結構ですよ」

 捜査官はそういって腰を上げる。どうやら高明と例の術師が対峙したところを見に行くようだ。高明が池の水をぶちまけているので庭としては体裁も何もあってものではない。

 どうせ、このまま部屋に戻ったところですることもない。それならば、と庭へ下りた捜査官の後を追おうとしたとき

「高明様、少しよろしいでしょうか」

 今しがた客人が出て行った襖が再び開いた。

 女性の声に、一瞬日月が来たかと思った。基本的に、屋敷の中で高明や忠成の周りにいる使用人は男だ。厨房に行けば話は別だが、忠成の部屋の傍までやってくる女性と言えば、数人しかいない。忠成に特別扱いされている日月か、忠成の娘である英姫の付き人である。入ってきたのはいたって真っ当な小袿を纏った妙齢の女性だった。どうやら後者のようだ。

「英姫様がお呼びです。お時間がございましたら是非来てほしいと」


読んでいただきありがとうございます

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