日月を救え
「日月? どうしたんだよ」
倒れたままの日月。高明にはその体から五行が漏れているのが感じられた。体を構成している五行が漏れているというのとは、その存在自体が危ういということで、一刻の猶予もないのだ。
「どうにか五行をつなぎ留めないと」
しかし高明に単独で結界を張れる力などない。原因すらわからないのだから、五行の漏れを止めるというのは無論不可能である。
高明の力では何も手は打てない。
しかし、高明は似たような話を聞いてことがあった。
「もしかしたら」
苦しむこともなく、ただ動きを止めている日月を一瞥してから、決心したように彼女に背を向ける。向かう先は道満の攻撃でばらばらの瓦礫の山になった高明と英姫の避難所である。
瓦礫を押しのけて、英姫の部屋があったあたりを掘る。当然だが英姫の姿はなく、建物の倒壊寸前で妖たちに連れ去られたとみて間違いないだろう。
やがて高明は目当てのものを掘りあてた。
崩れた瓦礫の中でもきっちりと形を保った行李。見れば薄く結界が張られており、見た目に反して非常に頑丈にできているようだ。
高明はそっとその行李の蓋を持ち上げた。蓋は簡単に持ち上がり、中に入っている何枚もの襦袢が確認できる。
「やっぱり持ってきてた」
英姫の襦袢である。以前に聞いた話が正しいというのなら、この襦袢は『聖女』の体質を持つ英姫の五行が外に漏れだすのを防いでいる、いわば内向きの簡易結界である。結界の内に閉じこもる英姫がこの結界襦袢を使い続けているかどうかはわからなかったが、どうやら持ってきていたようだ。
「これで何とかなればいいけど」
高明は行李に手を突っ込み、数枚を乱暴にひっつかんだ。
それを引っ張り出して踵を返す。日月から漏れる五行はとどまるところを知らず、高明が襦袢をもって戻る間にもじわじわと漏れ続けている。
「頼むぞ、何とかなってくれ」
高明は襦袢を地面に広げると、その上に日月を転がした。少々乱暴だとは思いながらもそのまま簀巻きにするように日月を包んだ。
はたして、日月から漏れる五行は目に見えて少なくなった。これほどの効果であれば英姫がこれまで外を歩くことができたというのもうなずける。
念のために持ってきた襦袢を全部使って日月を二重三重にくるむ。
「……これが限界なのか」
日月から漏れる五行は減った。しかしそれでもなくなってはいない。このまま置いておけば間違いなく消えてしまうだろう。これでは何の解決にもならない。
高明は先ほど忠成の式を消されてしまったことを今更ながらに悔やんだ。あの式がいれば、少なくとも忠成に解決策を問うことはできたはずである。
「忠成殿……」
高明は恩人の陰陽師の名を知らず知らずのうちに呟いた。
と、そのひとりごとに答える声があった。かすかな声だが確かに人の言葉を話している。
「……刀を……鞘に……」
その声が語る意味を理解した高明は反射にも近い反応で動いた。鬼を倒したあと、地面に転がっていた日月の刀。原理は良く分からないが、最後の戦いのときに霊力を持っているように見えたのは錯覚ではなかったのかもしれない。何か力を持ったものなのかもしれない。
刀を拾う。普通の刀でないことは高明にもわかった。
しかし今は刀の事を考えている場合ではない。
高明は急いで日月のもとに戻る。先ほど巻き付けた襦袢をはぎ取って鞘を探し出す。再び五行の流出は大きくなるが、今はこっちにかけるしかない。声の言ったとおりに鞘に刀を戻した。
途端に信じられないことが起こった。刀が鞘に収まると同時に日月の五行は急に安定したのだ。それこそ、まるで刀が鞘に収まるように、漏れる五行はなくなった。
「日月……? 大丈夫なのか」
「うっ……あっ……」
それまで身動き一つ取らなかった日月がうめき声をもらした。
「日月!」
高明は慌てて彼女を抱き起した。
軽い。五行が抜けているからなのか、疲弊しているからなのか、日月の体は妙に軽い。
高明は懐から残った符をすべて取り出した。どれも単純な五行符で治癒術用に調整されたものではない。しかし今はこれで何とかするしかない。
「五行開放、我が命に従え、急急如律令」
解放した五行で日月の体を覆い、強引に流し込む。怪我をしたのなら怪我の治癒を早めの木行符を傷口に流し込むところだが、今回の日月の様子はそれとは違っていた。
とにかくさっき漏れた分の五行を補充しなければ、彼女の存在自体が怪しいのだ。
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