限界
「ごくろうさま」
崩れる結界の脇に姿を現したのは紛れもなく道満だった。
「やはり緻密な結界だな。破壊するのには苦労した」
今の崩れ方はどう見ても力業ではない。結界の構造から崩したようである。
「式神を使役しながらそんなこともできるとは、さすがは陰陽庁に伝わる『災害』ですね」
皮肉を込めた敬語調。そんな皮肉も道満はふいっと笑い飛ばした。
「そう思っている時点で君の負けだ」
鬼がゆっくりと身を起こす。それに合わせて日月も後ろへ下がって高明と背中合わせの状態になる。
「高明殿、残念ですがあの鬼に致命傷を負わせるのは難しいです」
「さっきの感じからして相当五行の密度が高い。術者を叩く方がいいとは思う」
「それも難しいとは思いますがね」
まがい物とはいえその力は十分と言える鬼か、陰陽庁も恐れる術師道満か。
「結界を破られた以上、鬼を倒しても道満が姫を連れ去ってしまう。本末転倒だ。道満を叩くしかあるまい」
「わかりました。私が先行します」
言うが早いか、日月は高明の背中から飛び出す。道満との間の距離を一瞬で駆け抜けた。
高明もそれに即応した。金行符を走る日月に向けて投げる。日月の剣が三度銀色に輝く。
しかし今回は道満も驚かない。冷静に日月との距離を取ると剣撃を回避。同時に土行符を地面に叩きつけると、二撃目を狙う日月に対して土柱を形成して対抗した。
「こんなもの……」
土柱を真っ向から突破して三撃目を狙う日月。しかし直後、土柱がさらなる動きを見せる。土柱からさらに水平な土塊が生まれた。土塊は高速で伸び、体当たりで突破を図ろうとした日月を確実にとらえた。
「ぐっ」
自分も前に出ようとしていたところを正面から殴られた日月は、ひとたまりもない。その体を宙に浮かせ、高明の前あたりまで吹き飛ばされた。
道満は間髪を入れず、追撃の火行符を投じる。しかし高明もこれを見逃さない。日月をかばうように前に出ると、水行符を展開して炎の渦を相殺しようとする。
「ほう。なかなかやるな」
余裕を見せる道満。現に彼の霊力には余裕があるのだ。
さらに三枚、火行符を投じて、炎で炎を後押しする。本来であれば五行相克の理に従って水克火、つまり水行が火行を抑え込むはずであるが、二人の間にはいかんともしがたい霊力の差がある。運用できる五行の総量が違うのだ。
「くっ」
高明も水行符を取り出すが、そこから放出される水行には高明の管制下に入りきらずに水になってあふれ出る物まで出るありさまである。
「まだだっ」
高明の霊力はすでに限界である。が、そこを踏ん張る。
気が遠くなるような感覚が高明を襲う。以前のときと同じ。このまま霊力を使い続けては意識を手放す結果となる。
「……今は倒れられないっ」
足元に散っていた水が水行として高明の管制のもとに戻る。水行の盾がさらに膨張して炎を呑み込む。
しかし同時に炎は水行を跳ね飛ばし、湯気へと変えていく。
霧のように立ち込めた湯気が晴れた時、二人の陰陽術師が直立不動のままでにらみ合っていた。
「……ほう、今回は倒れなかったか」
「今倒れたらだれがあんたを止めるんだ」
「しかし、もはや息も絶え絶えではないか。私を止めるなど不可能ではないのか」
その通り。次に同じ事をすれば間違いなく倒れる。正直立っているのもやっとなのだ。
背後では鬼の動く音がする。動きが鈍いのが幸いだが、鬼か道満が攻撃に転じれば間違いなく致命傷を受けることになる。
体を少し開いて背後にも警戒を張る。足元に倒れている日月も体を起こそうとはするがうまく起こせないようだ。よほどきれいに攻撃が入ったらしい。
詰んだ。
高明がそう思った時であった。
空から一匹の烏が降り立った。その烏が一枚の紙を加えていた。人型である。
烏が人型を口から放す。人型は烏や地面から五行を吸収するように、人の成りをしたものの核となっていく。
「これは……式神か」
やがて人の形を成したものは高明の見知った顔をした人へと変貌した。
「待たせたな、高明。陰陽師賀茂忠成、推して参る」
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