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五芒星の血印  作者: 亮
18/23

「鬼、だと」

「正確には『鬼を真似た式神』というのが正しいか。陰気でできているという点は何とも言い難いがな」

ただの陰気ではない。相当に濃縮されているようで、陽気で形作られるこの世の者たちの何倍という圧力を感じる。

しかし、言ってしまえばそれまでである。陽気で構成される式神と大きな違いはなく、わざわざこの世では扱いにくい陰気を使う必要などない。

 ならばやることは変わらない。足止めに尽きる。

「ここで高明君に質問しよう」

「は?」

「式神とは人ならざる者と術者との間に契約を交わすことで主従に近い関係を持つことで生まれる従者に近いもののことを言う」

「それがどうした」

「陽気を使って簡易的に作り出す場合もあれば、陽気を中心とする妖に近い存在を調伏して支配下に置く場合もある。陰陽庁はこの式神の使用を厳しく制限するが、それはなぜか知っているか?」

「式神とは、ただの主従関係ではなく、その関係を確立するために霊力の一部をつなぎ合わせているから、だ。つまり人ならざるものとつながり続けるという危険な状態を続けるのは一定以上の霊力を持った人間に限っているということ」

「そのとおりだな。霊力の結合は式神を使役するのには必要なことだからな」

 突然に、道満が右手を振った。

 反射的に高明は二三歩下がる。しかしその手には札が握られているというわけではない。

 何も起きない。一瞬高明は道満の行動の真意を測りかねた。 

 次の瞬間、道満の体を半球状の結界が包んだ。とほぼ同時だった。その背後にいた鬼が脈打つように震えた。そして一歩前に、道満をまたいで出てくる。

 その太い腕がゆっくりと振り上げられた。ここまで来て、高明はその狙いが自分であることを悟った。

「!」

 かろうじて地面に転がることでこれを回避する。

「高明殿!」

 背後から日月が飛び出してきた。倒れた高明を飛び越し、渾身の一撃を鬼の腕に見舞う。

 がきんっ、という鈍い音。傷一つ入っていない。

「……かたいですね。おっと」

 虫でも払うように鬼が腕を払う。高明はその勢いに逆らわず転がることで距離をとる。日月も後ろへ飛ぶことで衝撃を殺したようだ。

「一撃は重いが、速くはない」

「そうですね。しかし」

 日月が何か言いかけたところで、鬼がこちらに突撃を敢行してきた。たいした速度でもないが、二人の目を引いたのはその無軌道に振りまわされる腕だった。

 二つの拳が立て続けに落ちてくる。

「これはいったいどういうことでしょう」

「あまりに無軌道すぎるぞ」

 鬼は拳を躱されたとみるや、大して周囲を確認することもなく、乱暴に腕を振り回し始めた。道満のように最小限の動きで確実に仕留めるようなことはしない。

「まるで暴れ牛だな」

 暴走する鬼はとどまるところを知らず、周りの木や塀を破壊するのも関わらず、二人にむけてある時は拳を、ある時は蹴りを、と暴れまわっている。

 しかし、日月は幾度か見ただけでこの鬼の攻撃を見切っていた。高明よりも前に立つと、木刀一本でこれらの攻撃をすべていなし続けているのだ。

 こうなっては高明のすることは決まっている。

「五行開放、急急如律令。我が命に応じよ」

 一切の手加減なしの火行符。日月の脇を抜けた符は鬼の直前で爆ぜる。炎と爆風の混じった符の破壊力は、鬼をひるませるには十分である。

「高明殿、金行符を」

「了解」

 日月の剣が再びきれいな銀色に染まる。突撃の威力を殺さぬままに、鬼に切り込んだ。

「やあっ」

 日月の行動は早かった。金属製の木刀を鬼の腹に叩きこむ。

 鬼が音もなく動きを止めた。初めて隙らしい隙ができた。

 高明は素早くあたりを確認する。式神を相手するのならば、それを使役しているはずの術者のほうを叩くのも同じことだ。が、

「……いない」

 姿を隠したのか、結界に潜ったのか。道満の姿は見えない。


 次の瞬間、信じられないことが起こった。

 高明の背後、忠成が丹念に張っていたはずの結界が音もなく崩れた。



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