高明、出る
夏休みのせいで曜日感覚が狂う→更新の日を一日勘違い→どうせなのでぴったり一日遅れにする
といった経緯で一日遅れの更新です
申し訳ありません
「いいんですか。陰陽師になることを拒否していたのに。それよりも危険なことに挑むんですか」
「でも今こいつを止められるのは僕だけだろ」
「止られるなんておこがましいとは思いますが」
「訂正する。僕たちだけだろ」
日月は一瞬目を見張ったが、やがてふっと笑って木刀を構えなおした。
「初めからそういえばいいんです」
高明も笑いをこぼす。懐から札を取り出すと、日月の前に出る。
「日月、僕が正面を抑える。札を持っているであろう右手を狙え」
日月は止めない。止めても止まらないだろう。
「それでは盾はお任せします」
「一撃で決めろ」
二人は目も合わさずに、しかしぴったり同時に飛び出した。
やることは前回のときと変わらない。とにかく符を投げあう戦いでは勝ち目はない。接近戦に持ち込むために煙幕代わりの術を打つ。
「五行開放、我が命に応じよ、急急如律令!」
早口の式句と共に符を投じる。符は火行。炎で目隠しをする手だ。
爆炎が爆ぜる。狩衣の袖を顔に当てると火の粉を払いながら手に残している金行符を構える。攻撃は日月に任せるとは言ったが、陽動とはいえ隙があれば致命傷を入れてやる勢いである。
「しっ」
炎を抜ける直前、道満の首があるであろう場所にあたりをつけて金行符を振る。
一瞬遅れて、きんっという乾いた音と共に攻撃が受け流される感覚がする。
しかしそこで止まるわけにはいかない。もう一歩踏み込みながら今度は太ももを狙って手を振り下ろす。が、ここで高明は手の中の感触がやけに軽いことに気が付いた。
折れている。先ほどの衝突のときであろう。高明の手の中の金行符は見事に折れていた。
武器がないのでは仕方ない。高明は今度こそ後ろに下がる。
とほぼ同時。炎の煙幕を迂回するようにして日月が飛び込んできた。
完全な不意打ち。木刀はきれいに道満の右腕を打ち据えた。
容赦のない一撃だった。が、しかし道満の顔は余裕そのものだった。
「なんだ、その程度か」
打ち据えられたはずの右腕をかばう様子もなく、その右腕で木刀ごと日月を払いのけた。
日月もとっさに下がろうとするが、体重を乗せて打ち込んだ代償として当然下がるのも遅れる。木刀を押し込まれた勢いで後ろへ吹き飛ぶ。
「五行ってのは何も符を介してだけ使えるものではない。この世のものすべてが五行からなるのだからそれを使えばよいのだ」
「なるほど、右腕に金行を集めて盾にしたのか」
よく見ると高明の攻撃を防いだであろう右手の金行符は紙に戻っている。金行符にあった金行を手に流したということで間違いなさそうだ。
「……勉強になった」
「それはよかった」
皮肉を交わしながらにらみ合う二人。そんな中でも高明は視界の隅で日月が体を起こすのを見逃さなかった。道満からは死角になっている、絶好の好機。
「日月!」
「はい」
高明の合図に日月が再び道満を狙う。今度は右手などという生ぬるい攻撃ではない。首を狙った完全な殺しの一撃。
日月が飛び出すと同時に高明も符を投じる。狙いは道満ではない。その背後の日月である。
「おっと」
道満は日月の攻撃にすぐに気づいた。そして振り向きもせずに右腕を上げ、日月の剣を受け止める、はずだった。
「なっ」
めりっ、と道満の腕が嫌な音を立てる。
「うらぁ」
それでも日月は剣を止めない。一気に振りぬいた今度は道満を体ごと弾き飛ばした。
もちろんそれでは止まらない。二撃三撃と追撃が道満を襲う。道満も態勢を崩しながらもことごとくこれをかわしながら距離を取ろうとする。
「なるほどね、さっきの符はそういうことか」
道満は逃げながらも、わざとらしく感心した表情を見せた。
日月の振る剣は先ほどまで確かに木刀だった。しかし今は鈍い光を放つ、明らかな金属の凶器と化している。
「金行符で金属の刀に変えたと」
「そういうことだ。そしてそれで終わりじゃない」
高明は日月の追撃をかわし続ける道満を睨みつける。
「我が命に応じよ、急急如律令!」
次の瞬間、ふわっと道満の足元が崩れた。そこにあったはずのない小さな段差ができている。足を取られた道満を日月が見逃すわけもない。体を沈めると、地についている方の足を思いっきり薙いだ。
そこからは高明も目を見張るような動きだった。空中に浮いた道満の体を一瞬で引き倒した日月はその上に片膝をつくと、喉元に金属刀を突き付けた。
「最後のは土行の応用かな。いやあ、手掛かりを与えただけなのにここまでの応用を聞かせるとは。さすがは安倍の血筋といったところか」
いつ喉を突かれてもおかしくない状況に置かれても、いまだ危機感のないしゃべり。
「いいのかい、日月とやら。この刀じゃなくて、腰の奴を使って首をはねといた方がいいと思うんだけど」
「余計なお世話です。それにあなたを殺すというのであればこの刀でも十分です」
「そうかならば……」
その時、高明はこれまでにない悪寒を感じる。背筋が心底冷え込むような感覚。そのもとは言うまでもなく日月のもとで地面に縫い留められている道満。
「日月、そいつから離れろ!まだ奥の手を持ってる」
「へっ」
日月が思わず高明を振り返った瞬間だった。
高明には道満の懐が膨れ上がるような錯覚が見えた。それは爆発するように、馬乗りになっていた日月を跳ね飛ばした。
「日月!」
先ほどの比ではない。大きく吹き飛ばされた日月は高明の背後、結界に衝突してようやく止まった。
「そちらの心配などしてもいいのかい」
道満が立ち上がる。その懐からあふれ出ているのは通常の札の五行ではない。
「陰気……」
禍々しい陰気を纏いながら道満は高明に向かって一歩踏み出す。
「できれば使いたくはなかったんだがな。これで高明、あんたの守っているものはことごとくお前の手をすり抜ける。日月も、英姫も、そして後ろの方で隠れているであろうあやという少女も」
また道満が一歩踏み出す。別に怖いというわけではない。そんな感情は今更である。しかし高明の本能が高明を下がらせる。そもそもこの世のものではない陰気など人間が扱えるものではない。
また一歩、また一歩と高明は下がっていく。その中で、道満を覆う陰気に何か変化が出ていることに気付く。なにかの形を成すようにまとまり始めているのだ
「おい、それは」
「おう、気付いたか。見せてやろう、これこそが私が独自に開発した、安部ですら使えない術だ」
煙のように揺らめきながら形を作る陰気。やがて高明も見たことのある姿を現した。
「これは……鬼か」
「陰気の別名を知っているか」
「別名だと」
「そうだ。陰陽術師はみなこれを“陰気”と呼ぶが、巷での呼び名は、むしろ“妖気”という呼び方のほうが一般的なようだ」
つまりだ、と道満は得意げに続けた。
「こうして陰気を使うことで、妖を自由自在に扱うことができるというのだ」
絵巻物でしか見たことのない、しかし明らかにそれよりも恐ろしい、鬼の姿が道満の背後に現れた。
読んでいただきありがとうございます
感想や評価をお待ちしております
次週からはいつもどおり、火曜の午前二時に更新できるはずです(多分)




