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五芒星の血印  作者: 亮
15/23

あやと日月と開戦と

 忠成の屋敷の一角に、結界が張られてから二回目の朝である。

「ほう、高明殿がそのような落ち度を」

「……弁明の余地はないよ」

 結界の切れ目、ちょうど縁側にあたるところに座った高明の前に立つ日月はあきれたようにため息をついた。

 どうやら剣の鍛練の途中だったようで、その手には頑丈そうな木刀が握られている。

「結界がなければ手を出してるかもしれませんが。……試しに壊しにかかってもいいですか」

「いいわけないだろう。ないとは思うが、壊れたら大惨事じゃすまないぞ」

「一発ぐらいは打ち込んでみたいものですけどねえ」

「おまえなあ……」

 相変わらずの日月にあきれながらも、日常の安心感を覚える高明。しかし、都は今が最大級の警戒態勢に入っているという。

 高明と対峙した相手が道満である可能性が高いと分かった時から、忠成だけでなく、陰陽庁自体が動いているという。

 日月の話によれば、この屋敷の周りにもいくらかの陰陽師が護衛についているようだ。

「陰陽庁総出となると、道満というのはよほど警戒されているんだな」

「生きた大妖怪みたいなものですからね。彼が本気を出せば都が大混乱に陥るという話すらあるくらいです」

「……それは忠成殿が出ざるおえなくなるわけだな」

「陰陽庁も対策を決めかねているようですからね」

「攻めるなら今なのかもしれないな……」

 と、その時、高明が正面の日月からその背後に視線を移した。

 そこにいたのは見覚えのある、日月と並ぶほどに髪を短く切った少女。

「あや……なんでここに」

「以前にここの場所を教えてくれたじゃない」

 そういえば初めて会ったときに、素性を探りかねて、詳しい話を聞くためにこの屋敷を訪ねるように言った記憶がある。

「門番もいたはずだけど」

「高明君の名前を言えば通してくれるって言ったの忘れたの?」

 次の瞬間、日月が目にもとまらぬ速度で動いた。一瞬で高明に背を向けて、あやに正面から木刀を突き付ける。

「今の状況で門番が人を通すはずがない。お前、何者だ」

「日月」

「黙っててください。今のこの屋敷には勝手を知った一部の者しか入れなくなっているんです。つまりこいつは門以外のどこかから入ってきたうえに、嘘をついたんです」

「わかってる。だけど、そうも威圧されたんじゃいい訳の一つもできにだろう。話ぐらいは聞いてやってもいいんじゃないか」



 話はいたって単純だった。

 高明の言っていたことを思い出した日月は気まぐれで屋敷を訪ねたところ、門で高明の名前を出しても通してもらえなかったそうだ。それで仕方なく塀を強引に超えて入ってきたのだという。

「嘘をついたのは謝るから……ごめんなさい」

「……今の話だってあなたの作り話かもしれないわけだから、私は信用しません。よって妙な挙動を見せたら問答無用で叩き伏せます」

「……悪いな、あや。今はいろいろと緊迫しててな」

 以前に会った時とあまりにも違う日月の対応に戸惑うあやに、高明はまたため息をついた。

「いろいろあって僕もこの結界からは出られないし、悪いけど、今日は帰ってもらってもいいかな」

「良く分かりませんが、立て込んでるみたいですね」

 あやは縁側に座る高明の正面の庭に腰を下ろした。

「……これが、陰陽師の結界というやつ?初めて見た」

「触ったら即座に攻撃します。それ以上近づかないで」

「日月も警戒しすぎだろ。せっかく来てくれてるんだし」

「高明殿が無警戒過ぎるんですよ。彼女の素性について怪しいという話はしたじゃないですか。彼女が道満と関係ないという保証はないんですよ」

 むう、と高明は日月の勢いに口を紡ぐんだ。

 高明とて、あやに全く無警戒に気を許しているわけではない。しかし、彼女と話しているとよく分からない既視感と、それに伴った安心感を覚えるのだ。彼女は少なくとも害にはならない、高明は心のどこかで確信すらしていた。

「まあまあ、落ち着け、日月。今ここで問い詰めたところでどうにもならんだろ。見たところ妙な五行の流れは感じられないし」

 と、すいっとあやの全身を五行を確認しながら見渡す。

 ところが、その視線があやとは違ったところに焦点を当てたまま止まった。

「高明殿?」

 日月がいぶかしげな顔で首をかしげる。

 別にあやが怪しいものを隠し持っていたというわけではない。

 その視線ははるか先の上空を凝視する。

「……高明殿?」

「今、何か見えた気がする」

 しかし、空は青く、なんの変哲も見つからない。それでも高明は確信していた。高明のように霊力を持ち合わせる者にしか感じられないこの感覚に、高明は覚えがあった。

「これは、五行……しかも陽気じゃない。これは陰気か」

 民衆には感じることもできない、しかし確かに迫りくる何か。

 今、都のはずれで吹き出すように発生した陰気。

 唐突に、戦の開戦ののろしが上がった。




「都の周り数か所で陰気の渦を確認したとのこと。至急戦線に合流していただきたいということ」

 高明の感じた陰気の発生の報は、安倍本家の屋敷にいた清明と忠成のもとに、文字通り風のごとくもたらされた。

「……忠成殿、こちらはどちら様で。飯綱の類の式神とお見受けしたが」

「私の形式上の部下になっている陰陽庁戦闘班の陰陽師が使ってるものだ。あ、もう消えてもいいぞ」

 忠成の言葉が終るか終わらないかのうちに童の姿をした式神は、わずかな風を巻き起こして姿をかき消した。

「本来はあんまり人前に実体化するのを嫌うやつでな。まあ無礼は許してやってくれ」

「まあそれはよいのですが……しかし、周辺に数か所出たといいましたか」

「予想通りというか、なんというか。とりあえず陰気に妖どもが寄ってくる前に陰気の放出を止めるのが最善手だが」

 清明が難しい顔をしてそこから先を引き継いだ。

「それでは手遅れになる可能性が高い。となると次善の策ですね」

 都の外周は、塀を持たない開放的な作りになっているが、民の安全も考え、薄いながらも低級の妖怪であれば食い止められる程度の結界が張られている。だがそれでは物流や陰陽庁の活動に支障が出る。ゆえにこの結界には切れ目が作られている。それが東西に八本、南北に十一本通った『大路』と呼ばれる道の端に設けられた門である。

「門を閉じ、結界の隙間を物理的に封鎖しましょう」

「うむ。その上でそこを防衛線として妖を殲滅する。それでいいな」

「いいでしょう。陰陽庁も同じ考えだと思いますが、一応上奏しておきます」

 そういうと清明は鳥の形を模した型紙に息を吹きかける。瞬く間に生命を得たかのように羽ばたき始めた鳥は、部屋の中を二、三周飛び回ると縁側から外へと飛びぬけていく。

「それでは私たちもいこうか。とりあえず全体的に見て陰気の強いあたりへ向かう」

「わかりました」

 清明は一度脇に置いていた鏡をもう一度手に取る。

「現状では中央の街道の南の羅城門ですかね」

「大きい川も流れているし、陰気の供給も豊富だろう。門もでかいし目につく」

「ではそこへ向かうということで」

「おう。久しぶりに腕が鳴るな」

「奇遇ですね、私もです」


読んでいただきありがとうございます

感想や評価をお待ちしております


物語もようやくメインの部分に入ってきました

書き始めた時から書きたかったバトルもこれからたくさん書けると思います

どうか一段落つくまでお付き合いください

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