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五芒星の血印  作者: 亮
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忠成の結界

「父上がこれまでに講じてきた策ですか」

「はい、後学のためにぜひ聞かせていただきたいのですが」

 御簾のむこうで人が動く気配がする。少し考え込んでいるようだ。

「私は陰陽術についてはあまり詳しくはないので、以前に父から聞いたことをお話しできる程度ですが」

 そう前置きをすると、御簾が内側から軽くつつかれて揺れた。

「例えば、高明殿もよく知っておられるこの御簾に囲まれた範囲に張られた結界は私のため込んだ五行の力を得るために群がるものを一切の判別なく拒絶する結界だそうです」

「それ、進入禁止の結界だったのですか。てっきり姫の五行が外に漏れるのを防ぐものと思っていましたが」

「両方の性質があるようですが、どちらかと言えばそちらに近いようです。ほかにも、元の私の部屋全体に薄く張られていた結界は、陰気を持つものを拒絶するもので、普通の人間なら普通に通れるもので、陰気を持つ妖怪は入れないという仕組みのようです」

 なるほど、高明も何度も通ったあの部屋全体にも結界は張られていたようである。

「しかし、それでは、姫様の体からあふれ出る五行の気配を隠していた結界はどこにあったのですか」

 御簾の奥で、袖を振るようなしぐさをする英姫。意味が分からないというような顔をする高明。

「着物です。この着物には符を織り込んでいるんです。結界というよりも陰陽術の一種に近いそうですが、私の服は全てこれと同じような布で作られているんです」

「服に術式を仕込んでおけば、設置型の結界のように移動を制限されるということはないということですか」

「そういうことです。もっとも、こちらは妖怪を防ぐものではありませんから、私は大半の時間をここで過ごしているわけですが」

「なるほど、確かに生活の便利を考えればそちらの方が合理的ですね、その服、良ければ僕にも見せてもらってもいいですか、後学のためにも」

 それまで、ゆったりとしていた場の空気が、一瞬凍り付いた。

「え、なにかまずいこと言いましたか」

 何がわかったかわからない高明は、自分が失言したと悟ってはいるが、何が失言であるか全く理解していない。

 確かにいきなり女性に服を見せてくれとはいいすぎたかもしれないが、そこまでまずいことだったのだろうか。

 しかし、凍り付いた空気を砕くように御簾の向こうから恥じらいを満載した声が聞こえた。

「……先ほども言いましたように、この術式は結界ではないので、空間を指定して五行の流れを止めているわけではなく、肌に直接触れることで、体が五行を放出するのを抑えているんです」

 高明の頬がひきつった。

「……肌に触れる、ということはつまり……」

「……そんなに見たいというのなら持ってこさせますが」

「……」

「……」

 数舜の静寂。

「……だれか私の襦袢を」

 我に返った高明は、正座を正して、膝の前の床に額を叩きつけた。

「申し訳ありませんでした!」




「へっくし」

「どうした、日月。今の時期にそんなに寒いということはないだろう」

「誰かが噂しているのかもしれませんね」

 都の中枢、大内裏の前。

 ついに往年のお尋ね者である蘆屋道満のしっぽを掴んだということで、陰陽庁は本格的にその捕縛を目指して動き出した。そしてそれに伴って、参内を免除されている忠成やそのほかの大物陰陽師にも応援の要請がかかったのだ。

「しかし、悪いな、日月。こんなところまで荷物持ちをしてもらって」

「いえ、高明殿が結界に籠ってしまってこちらも暇でしたから。それに一応私も今は賀茂家の使用人なんですからこき使ってもらっても大丈夫です」

「ははは、そうだったな」

 楽しそうに門の前で会話を交わす二人だったが、門番は気が気ではないようだ。何しろ何やら面妖な服装をして刀を差した少女が門の前にいるのだ。思わず腰の太刀に手をやりたくなるのも分かる。

「おっと、そろそろいかなくては。日月、お前はここからは入らないほうがいいから、帰りたまえ」

 忠成は門番の兵士に目線を送りながら、日月の持っていた荷物を持ち上げた。

 このまま大内裏の中まで荷物持ちをやらせていては、いつ後ろから弓でいられるか分かったものではない。

「わかりました。それでは、御武運を」

「戦に行くわけでもあるまいし。まあ頑張るさ」

 そういうと忠成は門番に、大丈夫大丈夫という手真似を見せながら、大門の奥へ消えていった。


読んでいただきありがとうございます

試験の関係で一日遅れの投稿となって申し訳ありません

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